五十一話 試験の結果Ⅰ
薬を作り始めてからかなり時間がたち、かなりの量の薬ができてきた。それに満足しながら、ワロウはある薬の調合を始めていた。この薬は基本的に調合作業を始めると途中で中断することはできない。最後まで続けるしかないのだ。
そしてワロウが刻んだ薬草を鍋につぎ込もうとしたその瞬間、部屋の扉が開いた。
「おう、ワロウ。やってるみたいだな」
「あん?何の用だボルドー。今、見ての通り忙しいんだけどよ」
「こっちから頼んでおいて悪いが、少し時間をくれ」
入ってきたのはギルドマスターのボルドーだった。ここにワロウがいるということを知っていたようだから、ジークから話を聞いていたのだろう。そしてなにやらワロウに用事があるようだ。
「お前の弟子たちが戻ってきた。合否の決定自体は別にお前がいなくても大丈夫だが、聞いておきたいだろう?」
「...そうか。戻ったんだな。おい、ケリー! 今日はこれが終わったらしまいにしよう。期限には間に合いそうだろ?」
「そうですね。ワロウさんのおかげで結構進みましたから。後片付けはやっておくので彼らのところへ早く行ってあげてください」
「わりいな。頼んだぜ」
後片付けはケリーがやってくれると言ってくれたが、今の作業を中止するわけにはいかない。作業が終わったらすぐにギルド長室へと向かうと告げて、ボルドーには先に部屋へ戻ってもらった。
そうしてボルドーと一旦別れた後、薬を作り上げてギルド長室に向かった。こうしてワロウは3人と再会したのであった。
「誰がにおうだ失礼なやつめ。さっきまで調合してたからそのにおいだっつーの」
「言われてみれば、なんかにおい草のにおいがするっすねえ」
「ギルドの薬部屋で調合?も、もしかして依頼...ですか?」
シェリーは、ワロウがギルドの調合室を使っていたことを疑問に思ったようだ。確かに今はまだ一般冒険者のワロウが個人的な理由で薬部屋を使うことはできない。ということはギルドから何らかの依頼があったのだろうと勘づいたようだ。
「なかなかいい推理じゃねえか。ま、ご指摘の通りだぜ」
「その話はまた今度でいいだろう。今は試験について、だ」
ボルドーのその言葉に、薄れてきていた緊張感が戻ってくる。試験の結果が今から発表されるのだ。誰も言葉発さず、部屋の中は静寂で包まれた。その中で、ボルドーが重々しく口を開く。
「では、まずベルン、お前からの評価を頼む」
「わかりました。とはいっても長々と話すのは苦手なので、結論から先に言いましょうか」
まずは3人の戦いを見ていたベルンの評価から発表される。3人の顔に緊張が走る。普段は自然体であまり緊張することのないワロウもこの時ばかりは手に汗握る心境だった。自分の教えてきたハルト達3人組はベルンの目から見てどうだったのだろうか。
「合格です。僕からは文句の付け所はありませんでした」
「ふむ。...べた褒めだな。もう少し詳しく聞かせてくれ」
ボルドーに促され、ベルンは彼らを評価した理由について述べ始めた。
「まずは...強敵相手に負けなかったというところですね。冒険者の中には格上との戦いに慣れていなくて、パニックに陥る人達もいますから」
「成程な。冒険者はいつ格上の魔物に襲われるかわからない。そのときに対応できる力は間違いなく必要だ。それで、具体的にはどういう行動がよかったか教えてくれ」
「はい。最初に自分たちの攻撃が効かないとわかった時点で冷静に退却したことと、その後にきちんと作戦を立てて相手の行動を封じて勝つことができたというところの2つですかね」
(成程。一回は退却したのか。今朝言ってたことはきちんと守ってくれたみたいだな)
(それにしても作戦ね...魔法は効かなかったはずだがどうやって倒したのやら)
水亀は魔法が効かない厄介な魔物だ。シェリーの魔法で突破するのは難しいと踏んでいたが、実際に彼らは討伐に成功している。
数少ないワロウの魔法に関する知識によると、水亀は水系統の防御魔法を使うため、魔法の中でも特に火の系統の魔法は相性が悪くほとんど効果が無くなってしまう。ならば正攻法で倒したのだろうか。
(正攻法で倒したのか...?いや、倒し方を教えた記憶はないし、珍しい魔物だから知っていたとは思えないんだがな)
もちろん、正攻法で倒す方法もあるのだがそれを彼らが知っていたとは考えにくい。水亀はかなり珍しい魔物なのだ。迷宮都市にもいたとは思えない。ベルンは相手の行動を封じたと言っていたがどういうことなのだろうか。
「退却できるというのは生き残るためには重要だ。まあ、師匠がコイツならそこらへんはしつこく言われただろう?」
ボルドーが3人に聞くと、3人ともコクコクと頷いた。ワロウ自身も依頼に出るたびに似たようなことを何回も言った記憶がある。その考え方はどうしても身に着けて欲しかったためだ。
「それで、その作戦とやらはどうやったんだ?お前たちが正攻法を知っていたとは思えんが...」
「いや、正直僕もよくわかってないんですよ。水亀の目を潰した後に魔法をぶつけたら、何故か防御魔法を張らなくてそのまま当たったんですけど...」
どうやら見ていたベルンにもなぜ水亀が防御魔法を張らなかったのかはわからなかったようだ。自然と全員の目がハルトに集まる。説明をしろということだろう。
「あ、お、俺?えーと...それに関してはシェリーに聞いた方がいいぞ。この作戦、俺が思いついたわけじゃないし」
「わ、私ですか?」
視線を向けられたハルトはうろたえた様子を見せる。自分では説明できないと思ったのかすぐにシェリーに話を投げてきた。シェリーはあわてた様子だったが、すぐに落ち着きを取り戻したようで、冷静な口調で作戦の内容について話し始めた。
「えー...まず最初にですが、防御魔法というものは非常に魔力を消耗するんです。なので、ずっと維持し続けるような使い方はできません」
「...成程」
「維持するのは難しいので、相手の魔法が自分に当たるときだけ使うのが一般的です。今回の水亀もそうでした」
「ふむふむ。それは知らなかったなあ。それで、水亀が防御魔法を使わなかった理由と同関連してくるんだい?」
ベルンも何故水亀が防御魔法を使わなかったかについてはずっと気になっていたようだ。シェリーの言葉に若干食い気味で質問を投げかけた。その様子にすこし苦笑しつつもシェリーは種明かしをした。
「自分に魔法が当たるときってどう判断してるのかを考えるとわかりやすいと思うんですけど、それって目で見て判断してるんですよね。だから視界をつぶされると自分にいつ魔法があたるのかわからないから防御魔法を使えないんです」
「...そういうことだったのか。いつ当たるかわからないからといって、ずっと防御魔法を維持し続けるのは消耗が激しすぎて無理ってことでいいのかな?」
「はい。おっしゃるとおりです」
シェリーの説明が終わると、周りの冒険者たちは感心したように何度も頷いた。ここにいる人間はハルト達を除くと、いずれもベテランの冒険者と言ってよい面子だったが、魔法のことに関してはほとんど素人に近い。この作戦は魔法に関して詳しいシェリーだったからこそ思いついた作戦と言える。
「...いや、素晴らしい。知識もだがよくそこまで頭が回るものだ。...まさか魔法についてお前が教えたわけじゃあるまい?」
「馬鹿野郎。オレが魔法について詳しいわけないだろうが。正真正銘シェリーの知識だ」
「冗談だ。そう噛みつくな。...わかった。ベルン、もう一度確認するが、お前からは合格でいいんだな?」
「はい。ちなみにシェリーちゃんばかりじゃなくてハルト君とダッド君もいい動きでしたよ。強敵相手によく立ち回れていました」
ボルドーの最後の念押しに対してもベルンはしっかりと頷いた。
更に自分が合格と判断したのはシェリーの働きだけではないと付け加えた。確かにシェリーだけが突出しているパーティでは色々と問題がある。そうではなく、ほかの二人もきちんと自分の役割を果たしていたときちんとボルドーに伝えたのだ。
それを聞いてハルトとダッドもほっとした表情を見せる。確かに今までの話の流れではシェリーだけが評価されているようだったので、彼らも不安に思っていたのだろう。
「よし、では次に俺からの判定だ。今回の試験は...」




