五十話 ワロウの頼まれ事
3人が依頼を受けてギルドを出発した後。ワロウはサーシャにあることを頼まれていた。それはネクトの町へと届ける薬の作成依頼だった。どうやらまたネクトで薬が不足しているとのことらしい。
「ジークさんからの依頼です。ネクト向けの薬作成を手伝って欲しいって」
「ネクト向けの薬だと?もう1週間も経つのにまだ足りてないのか?」
「実はその...これはまだ公表されてないんですが...ネクトの近くの町で魔物の襲撃があったんです」
ワロウは思わず耳を疑った。まさかそんな事態になっているなど思いもしなかった。
「なんだと?そっちは大丈夫だったのか?」
「はい、普通に撃退はできたみたいです。ただ、被害の方は結構あったみたいでそちらでも薬が必要になったせいで、ネクトの町の薬が足りなくなっちゃったんです」
元々その町からもネクトに薬を供給する予定だったらしいが、自分の町が襲撃を受けそれどころではなくなってしまったせいで、全体的に薬不足となっているようだ。そこで、ディントンの町にも再度薬の供給をしてくれないかと連絡が来たらしい。
「...ボルドーはこのこと知ってるのか?さっきは何も言ってこなかったが」
「いえ、本当についさっき情報が来たばかりで、そのときはジーク副マスターが対応されたんです。多分今頃報告を受けてるんじゃないでしょうか」
「ふうん。そういうことか。それにしても...立て続けに襲撃とは物騒な世の中になったもんだな。こんな頻度で襲撃があったのは初めてじゃないか?」
「そうですねぇ...この前の火竜襲撃から一週間も経たないうちにですからね。もしかしたらこの町も危ないかもしれませんね...」
魔物の襲撃の話をしていてワロウは一つ思い出したことがあった。ベルンのパーティメンバーのアデルを死ぬ寸前まで追いつめ、ワロウたちとも遭遇したあの危険極まりない大蜘蛛の変異種はどうなったのであろうか
「そういえば大蜘蛛の変異種もいたな。あれからどうなった?」
「まだ音沙汰なしです。どこかに隠れているんでしょうか...」
「...ちっと不気味な感じもするが...まあわざわざ藪をつつきに行く必要もないだろう。今のところ放っておくしかないな」
見つからないとはいっても、大蜘蛛を探しに行って刺激するとろくなことが起きそうにない。しかも噛まれてしまったら対抗手段もないのだ。今は放置が最善だろう。
「...少し話がそれちまったな。で?薬の作成を手伝えばいいんだろ?とりあえず俺は薬部屋に行けばいいのか?」
「はい、今頃ケリーさんが部屋の中で頭抱えていると思うので助けてあげてください」
「あいつ、腕はいいがメンタルが弱いからなあ...わかった。行ってくるぜ」
「はい、お願いしますね」
サーシャに見送られて、早速ワロウは薬部屋へと向かった。
部屋の前までたどり着くと中からなにかぶつぶつ言う声が聞こえる。この前と同じように扉の前で耳をそばだてると、ケリーの声が聞こえてきた。どうやらまた愚痴っているようだ。
「なんだよ...この種類の多さ...いちいち別の薬草を刻まなくちゃいけないじゃないか...」
「しかも、今回も魔法装置でやれって言ってるけど、あれ使うと作るのが難しくなるんだよな...できれば使いたくないよ...壊れたら困るし...」
「...ん?よく見ると、これ作ったことない奴も入ってるじゃないか...どうしよう..」
聞く感じだと今回の依頼内容はなかなか重いようだ。彼が愚痴るのも仕方がないかもしれない。とりあえず少し驚かせてやろうと扉をノックなしでいきなり開け放つ。
「う、うわあああああ!!...ワロウさん!!入ってくるときはノックしてくださいよ!」
「わりいわりい。誰もいないかと思ってよ」
ケリーは飛び上がって驚いた。ワロウが思っていたよりも反応がいい。その反応が見られたことに満足しつつ、適当な理由をつけて謝るとケリーはむすっとした顔で文句を言ってくる。
「ここはギルドの薬部屋なんだから僕がいるに決まってるじゃないですか!...全く。心臓が止まるかと思いましたよ...それで?何の用ですか?今忙しいですから仕事の依頼とかは無理ですよ」
「おう、それだそれ。その忙しい原因を手伝ってやろうかと思ってよ」
その言葉を聞いたケリーの顔は見る見るうちに明るくなってゆく。今回の仕事は相当きつかったようで、前回の火傷薬の作成のときのように一人では無理だと思っていたのだろう。
「ほ、ホントですか?誰から言われたんです?」
「サーシャからだよ。あ、いや...正確に言うとジークだ。アイツから頼まれたって言ってたしな」
「さ、さすがジーク副マスター...僕のことを気にしてくれていたんだ..! ありがとうございます...!!」
正直、そこまでジークがケリーに対して気にかけていたかは微妙である。大方ワロウが時間があったら手伝ってほしいといったところで、偶然捕まったから頼んでみた程度のことだろう。
だがとうの本人は感謝しているようだし、知らぬが仏という言葉もある。そのまま放っておくことにした。
「で、何から始めればいい?さっき種類がたくさんあるとかぼやいてたが」
「う...さっきの聞かれてたんですか...はい、そうなんですよ。これがリストなんですけど」
ケリーが差し出してきたリストを見ると30種類以上の薬の名前がずらずらと書きならべられている。
中には作るのが面倒な薬もいくつか含まれていた。確かにこれを一人で作ろうとするのは骨が折れるだろう。
「これ、いつまでにやるんだ?」
「一応今日含め3日間って言われてますけど...今日ワロウさんに手伝っていただいても明後日までにできるかどうか...」
「3日間ねぇ...仕方ねえな」
今日だけ手伝いをするつもりだったのだが、それだけでは期限には到底間に合いそうにない。間に合わせようとするなら3日間とも手伝ってやる必要があるだろう。
「明日と明後日も手伝ってやる。それなら間に合うだろう」
「え! いいんですか?予定とかは?」
「予定は...多分ない...はずだ」
しいて言えばあの3人のことがあるが、今日の職員の試験の結果が合格だろうが不合格だろうが、彼らの面倒を見る期間はもう終わりである。その後は独り立ちということで、彼らの行動に対してはワロウがいちいち口を出すことでもないだろう。
「すみません...本当に助かります。徹夜でやらなきゃいけないと思ってましたから...」
「まあ気にすんな。そもそも大量に薬の作成を引き受けたジークが悪い。アイツから特急料金ふんだくってやるよ」
「あ、あはは...ほどほどでお願いしますね。ジークさんも色々大変みたいですし..」
ワロウのふんだくってやる発言を聞き、ケリーは苦笑する。確かにジークは苦労人でもある。お人よしなところがあって、頼まれたら断れない性格なのだ。今回の依頼も相手の町のギルドに泣きつかれて断り切れなかったのだろう。
「...さて、少しずつ手分けしてやっていくしかねえな。材料は全部あるのか?」
「大体揃ってます。いくつか足りない素材はあるんですけど、それに関してはジークさんが手配してくれています。明日中には届くと思いますよ」
「ならいい。魔法装置は使っていいのか?」
「あ、はい。使っていいと言われています。作るの難しくなりますけど...」
魔法装置を使うと、精製速度が速くなったり、薬効が上がったりする効果がある。ただ、反応が早く進むせいで逆に作成が難しくなってしまうこともある。いいことばかりではないのだ。
「まあ、そこらへんは何とかなるだろ。最悪失敗しても金貨5枚がパアになるだけだ」
「...全然気休めになってないですよ、それ...」
そう言いつつも、魔法装置の準備を始めるケリー。それに倣いワロウも早速薬に必要な薬草を刻み始めたのであった。




