四十八話 水亀討伐完了
Side ハルト
カラシンの粉から逃げ出してしばらくするとにおいが消えてきた。もう戻っても大丈夫だろう。
さっきまで水亀と戦っていたところまで戻ってくると、そこには甲羅に大きな穴をあけた水亀がいた。ピクリとも動かないけど死んだふりをしてる可能性もなくはない。ここは慎重に近づいた方がいいだろう。
「よし、ダッド盾を構えて近づくんだ。死んでるかどうか確かめよう」
「あれだけ穴が開いてるのに生きてるとは思いたくないっすけどね...了解っす」
俺たちは盾を構えながら少しずつ水亀に近づいていった。その間も奴は全く動かなかった。ついに奴の頭のそばまでたどり着いたが、やはり反応はない。地面にうなだれたその頭を剣でつついてみるが、それでも全く動かない。
「ど、どうっすか...?」
「これは...死んでるみたいだ。やったぞ!!」
「ま、マジっすか! やったっす! おーい! シェリー! こっち来ても大丈夫っすよー! 」
ダッドが歓喜の声を上げ、少し遠くで待機していたシェリーを大声で呼んだ。その声を聞いたシェリーがこちらへと駆け寄ってくる。
「本当ですか! やりましたね! 」
「ああ。これで試験も合格だろ?」
「間違いないっすよ! ちゃんと倒したっすからね」
これでやっと肩の荷が下りた気分だ。一気に気が抜けてしまって、疲労がどっと押し寄せてくる。すぐにでも倒れこみたい気分だぜ。
この試験のことは気楽にやれと師匠から言われたから、自分の中ではそこまで重く受け止めていなかったつもりだった。だけど、こうやっていざ依頼を達成してみると思っていたよりも緊張してたみたいだ。
シェリーも同じだったのかもしれない。今、こうやって見るとさっきまでは顔がこわばっていたことがよくわかる。ダッドは...あんまり変わんないか。
まあ、こいつはいい意味でも悪い意味でも単純だからな。気楽にやれと言われてからはほとんど気にしてなかったんだろう。
「えーと...討伐証明ってどこっすかね?」
「しっぽですね。...もしかして吹き飛んでますか?」
爆発で討伐証明部位ごと吹き飛ばすのは十分にありうることだ。おそるおそる水亀の後ろの方を漁ってみると、短いが確かにしっぽがあった。よかった、吹き飛んでなかったみたいだ。忘れないうちにさっさととっておこう。
俺は採取用のナイフを取り出すと亀のしっぽを切りはじめた。足とかはかなり堅かったけどしっぽはそこまで硬くなく、さほど苦労することもなく切り取ることができた。
「...よし、採れたぞ。これをギルドに提出すれば依頼完了だ」
「そうと決まったらさっさと戻るっすよ。もうくたくたで今日はもう休みたいっす」
辺りを見ると、もう昼はとっくに過ぎていて、もう少しで空が暗くなり始めるであろう時間になっていた。とはいっても師匠と依頼を受けたときや自分たちだけで依頼を受けたときもこれくらいの時間まで遅くなったことは何度もあった。
だけど、今回は自分たちよりも格上の相手を、情報がほとんどないかつ師匠もいない状態で討伐するということが、いつもの何倍もの体力を消耗させた。正直いつもと比較にならないくらい疲れている。
「じゃあ、今回の討伐はこれで完了だ。 さっさと町に戻るぞ!」
「はい!」
「早く行こうっす~」
この依頼、最初はどうなることかと思ったけど、最後はシェリーの作戦のおかげで何とかなった。ホント、シェリー様様だぜ。今度、飯かなんか奢ってやろうかな...もちろんダッドにも払わせるけど。
Side ベルン
僕たちが避難してしばらくすると刺激臭は風に乗って消えていった。水亀がいたところまで戻ってみるとそこには甲羅に大きく穴の開いた水亀の姿があった。頭は地面に力なくうなだれていて、ピクリとも動かない。どうやら絶命しているようだ。
僕が水亀の様子をこっそり眺めていると、同じタイミングで彼らも戻ってきた。ハルト君とダッド君が盾を構えながらそーっと水亀の近くまでよると、おそるおそるといった様子で水亀の頭を剣でつついた。が、水亀の反応はなく全く動かないままだ。
それを見て水亀を討伐したと判断したようで彼らは歓喜の声を上げた。困難な依頼を成功させたんだからその嬉しさもひとしおだろう。
「まさか...本当に倒しちまうとは思ってなかったな。あいつらちゃんとした倒し方も知らなかったんだろ?」
「そうだね。本当に...すごいとしか言いようがない」
僕も最初は本当に倒してしまうとは思わなかった。しかも正規の手段ではなく自分たちで考えた作戦で倒したのだ。
...僕が彼らと同じ年だった時に同じことができただろうか。いや、絶対に無理だっただろう。僕がその頃はそもそも作戦のさの字もわかってなかったからね。
一応僕らは監督役で、もし、依頼を成功させたとしてもお前たちがだめだと思ったら不合格にしてくれとギルドマスターには言われていたけど、正直文句のつけようがない。
ワロウさんの教え方がよかったのか、彼らに才能があったのか...いや、その両方かな。とにかくワロウさんの指導を受けた彼らは素晴らしいパーティだった。
「それにしても...すごい威力なのね。魔法って」
「そうそう。水亀の甲羅に穴開けちまうんだもんな。そりゃ魔法使いが重宝されるわけだ。うちのパーティにも一人くらい勧誘しようぜ、ベルン」
「うーん、そうだねえ...」
僕も知り合いに魔法使いは何人かいる。とはいってもその知り合いが使える魔法は、生活に使えるか使えないか程度のものだった。本職の戦闘で使えるレベルの魔法使いの魔法は今回初めて見たけど、その威力は強烈に頭に残っている。
水亀に勝てたのはシェリーちゃんの魔法の力が相当大きかった。彼女の魔法がなければ、ギルドマスターの予想通り彼らは町に戻る羽目になっていただろう。
更に彼女は頭も切れるみたいだ。あの作戦の要となった赤い実は彼女が知っていたもののようだったし、その知識から作戦を立てられるということも非常に大きい。知識は持っているだけではなく有効に使えなければ意味がないからね。
かといってハルト君とダッド君の動きが悪かったわけじゃない。彼らの動きも初めて戦う格上の魔物に対処できていたんだから、かなり強いと言ってもいいだろう。もしかしたらそこらのDランク冒険者よりも強いかもしれない。
このパーティはきっともっともっと上まで上り詰めていくんだろう。もしかしたら、僕は将来の英雄パーティの試験官をしているのかもしれない。そう考えるとなんだか感慨深いな...
「おい、どうしたんだよ。いきなり考え込んで。誰か心当たりでもいるのか?」
「あ、ああ...すまないね。...残念ながら知り合いに魔法使いはいるけど、あんな威力の魔法は使えないなあ」
「そりゃそうよ。あのレベルがごろごろいたら私たちの商売あがったりじゃない...彼女が少し特別なのよ」
アデルの言う通りシェリーちゃんが特別なのだろう。Dランクの魔物を一撃で倒せるのだから、少なくともEランクではないことは確かだ。
「やれやれ。魔法使いがいれば楽できそうだと思ったんだがなあ」
「あんたねぇ...自分がさぼることしか考えないんだから」
ジェドの発言を聞いて、アデルは彼にあきれたような視線を送る。
ジェドは悪い奴じゃないんだけど、少しさぼり癖がある。シェリーちゃんレベルの魔法使いなんてそうそういないんだから、あきらめて存分に働いてほしい。
...さて、彼らの依頼は無事に達成された。ワロウさんにはいい知らせを伝えられそうでよかったよ。
とはいってもまだ町に戻ったわけじゃない。町に戻るまでが依頼だから、彼らがきちんと町に戻れるかどうか見ておかないとね。
「そもそも彼女レベルの魔法使いがうちに入ったらあんたは用済みよ、ジェド」
「.........そんなことねえだろ?優秀な前衛は必要さ。なあ、ベルン?」
「.........さて、彼らも町に戻るようだし、僕たちもそろそろ追っていこうか」
なんで答えないんだよ! というジェドの抗議の声を聞き流しつつ、僕らも彼らの後を追って町に戻っていったんだ。
 




