四十五話 シェリーの作戦
「......盛り上がってるところ悪いですけど、それは無理ですよ」
む、無理?なんでだよ。完璧な作戦じゃないか。何がダメだっていうんだ?
俺が混乱していると、ダッドが援護してくれた。
「どこがダメなんすか?ハルトが考えたにしては結構いい作戦だと思ったすけど」
「一言余計だ」
「...つまり、お二人が頭を攻撃してる隙に私が魔法を打つってことですよね?」
「そうだな」
「それって至近距離で私の魔法を喰らうことになりますよ。いいんですか?」
「あ...確かに...」
冷静になって考えてみると、俺たちが頭を攻撃してるってことは水亀に相当近い位置にいるってことだ。そんなときにシェリーの魔法が水亀に炸裂したら、近くにいる俺たちも無事では済まないだろう。
「お二人がいいと言うならばその作戦でもいいですけど...」
「いやいやいや! 無理っす! 無理! やるならハルトだけで頼むっす!」
「なんでだよ! お前の方が盾大きいし、お前の方が適任だって!」
...とは言ってみたものの至近距離であの爆発を防ぐというのは、いくらダッドが大きな盾を持っているとは言えど無理があるだろう。
...流石はシェリー、冷静だな。俺もちょっといい案思いついたからって浮かれてたぜ。反省反省。
「........」
「........」
「........」
他に何かいい案がないか考えてみたが、なかなか思いつかない。どうやったら近づかないで魔法を妨害できるのだろうか。しばらく考えているうちについに3人とも黙り込んでしまった。さっきの作戦もいい線はいってると思うんだけどなあ。
どうしたもんか...というかそもそもアイツはDランクの魔物だ。つまり普通のDランク冒険者なら倒せるはずなんだ。でも、俺たちの攻撃は全くと言っていいほど効いてない。
つまり他に何かアイツの防御をかいくぐるいい方法が必ずあるはずだ。そう思って俺が考え込んでいるとシェリーがぶつぶつ独り言を言っているのが聞こえてきた。
「直接口をふさぐ妨害は無理...ならばどうにか他の方法で魔法を妨害しなくては...」
「間接的に妨害できる手段...ん?そうだ! 視界を奪えば...!」
視界?攻撃魔法なら相手に向かって撃たないと意味ないから視界が重要なのもわかるけど防御魔法に視界とか関係あるのかな。自分に向かって使うだけだし、目が見えなくても使えそうだけど。
「視界を奪ってどうするんだ?防御魔法なら視界は関係なさそうだけど」
「...あ、も、もしかして、聞こえてましたか?さっきの独り言...」
「あれだけはっきり言ってたらそりゃ聞こえるよ。で、さっきの質問の答えは?」
「...そんなに声、大きかったですか...?...あ、えっと...視界のことですけど...」
シェリーが言うには、防御魔法を使うときにも視界は重要になるらしい。なぜかというと防御魔法は基本的には相手の魔法が自分に当たる瞬間のみ使うもの、だからだそうだ。
防御魔法は非常に燃費が悪く、そのような瞬間的な使い方をしないとあっという間に魔力が無くなるみたいだな。ずっと防御魔法を維持するなんて使い方は本当に頂点に近い魔法使いたちの魔力量でができるかできないか...っていうレベルらしい。
確かに言われてみればアイツもずっと防御魔法を使っていたわけじゃない。シェリーの魔法があたる直前にだけ防御魔法を使っていた。ということはアイツも魔力を節約するためにその一瞬しか防御魔法を使わないんだろう。
つまり、アイツの視界を奪えば、魔法が見えないから防御魔法を張ることはできないということだ。その時にシェリーの魔法が直撃すればアイツを討伐できる。...おお! さっきまで手も足も出なさそうだったけど、何とか糸口を掴めたぞ!
「おお、すっげえ! 流石だな、シェリー!」
「でも、どうやって視界を奪うっすか?直接目を狙いに行くのは難しそうっすよ?」
「はい。胴体は遅いですけど頭の動きは速いですからね。剣を当てるのは難しいでしょう」
ダッドとシェリーが話している間、オレは記憶を掘り返していた。視界を奪う...なんか前にも同じことをやったような...そうだ! 最初のゴブリン討伐のとき、光玉でゴブリンの視界をつぶしたじゃないか! それを使えばうまくいくんじゃないか?
「なあ、この前みたいに光玉を使えばいいんじゃないか?ほとんどの魔物に効くって師匠も言ってたし!」
今度も名案だと思ったんだけど、シェリーは微妙な顔をしている。わ、わかったよ。どうせ何かダメなんだろ?わかってるよ。俺は作戦を立てる頭がないんだ。
俺が落ち込んで思わず地面に座り込んで地面をいじりはじめると、シェリーはあわててフォローしてくれた。
「あ、い、いえ、魔法で視界を奪うというのは私も考えたんですけど、あれ結構魔力消耗が大きいんです。そうすると肝心の炎玉が打てなくなっちゃうんですよ」
そういえば、光玉を打った後シェリーはかなりしんどそうだった。光玉だけであれだけ疲れるなら追加で炎玉は確かに厳しそうだ。でも、シェリーの奥の手を使えば....
「なあ、魔力回復はできないのか...ほら、例の奴でさ」
「すみません、実はさっき水玉に当たってしまって...その時に使っちゃいました」
「あちゃー...じゃあどうしようかな」
どうやら俺が気づかないところで奥の手はすでに使ってしまっていたようだ。どうすればいいんだ...俺が考え込むとシェリーが待ってましたというように作戦を話し始めた。
「...というわけで、今回は他の手段を考えました。...多分この辺には生えてると思うんですけど...」
そう言ってシェリーは辺りをキョロキョロと見渡し始めた。何かを探しているみたいだ。するとお目当てのものを見つけたのか、茂みの中に入っていくとそこでごそごそと何かを採り始めた。
俺たちがシェリーの入っていった茂みをボーっと眺めていると、シェリーが手に何やら持って出てきた。手の中にはいくつかの真っ赤な実があるようだ。なんだこれ?少なくとも師匠に教わった薬草の類ではなさそうで、今まで見たことがない実だった。
「なんすかそれ?見たことないっすけど」
「これはカラシンという植物の実です。前、ワロウさんに教わったんです。罠として使えるものだって」
罠に使う植物か...俺は教わった記憶がないけど、シェリーは依頼の最中によく師匠に話しかけて色々教わっていた。そのときに教えてもらったうちの一つなんだろう。
「で、どうやって使うんだ?」
「これはですね...こうやって身をすりつぶすと.......は...は...はっくしゅん!!」
シェリーがその辺の石でその実をすりつぶすと、そのすりつぶした実の欠片が辺りに飛び散った。それとともに辺りにすごい刺激臭が漂い始めた。鼻の奥がツンとくるような感じの臭いだ。
その匂いを近くでまともに嗅いだシェリーはくしゃみが止まらなくなってしまった。
「こ、こんな感じで刺激を与えることができます...こ...これを...くしゅん! 水亀の目に投げつければ....くしゅん! 一時的に目が見えなくなると....お、お、思います...くしゅッ!」
「な、成程。そうやって使うものなのか。勉強になったぜ。じゃあとりあえずそれを一回集めるか....ハ、ハ、ハックショイ!!」
「二人ともくしゃみしすぎっすよ。これくらい大したこと...ない...っす...ハックショーイ!!!」
シェリーがくしゃみをしながら説明してくれているうちにあたりにも臭いが広まってしまったようで結局ダッドと俺もくしゃみが止まらなくなってしまった。しかも目も痛くなってきて涙が止まらなくなる。これは確かに効果抜群だ。
「ちょ、ちょっと離れましょう...このままだと作業できないです...」
慌ててそのすりつぶした実から距離をとると、刺激臭は大分マシになって症状も収まった。そこで少し休憩してから俺たちはカラシンの実を集め始めた。カラシンの実は珍しいのか中々見つからなかったけど、なんとかアイツにぶつけるくらいの量は集められた。
「よーし、これで十分だろ。後はすりつぶさないといけないけど...」
「ま、マジっすか...ちょっと勘弁してほしいっす...」
このまますりつぶすとまたさっきみたいにくしゃみと涙が止まらなくなりそうだ。でも、やらないわけにもいかないし、くしゃみと目の痛みに耐えながらやるしかないか...
と思っていたら、シェリーが袋の上から石で実をつぶし始めた。なるほど、それならさっきみたいに実が飛び散らないで済む。頭いいな。
俺とダッドも真似して、袋の上から実をすりつぶした。実はそこまで硬くなく、割とすぐにつぶれてくれた。すりつぶしていくといくら袋の上からつぶしたとはいってもさっきの刺激臭が漂ってくる。
こいつの威力はさっき身をもって体験した。これをアイツにぶつければ、間違いなくしばらくは行動不能になるだろう。
「...行くか?」
「ええ...行きましょう!」
「今度こそとっちめてやるっすよ!」
シェリーもダッドも気合が入ってるみたいだ。最初は行き当たりばったりで失敗したけど、今度はちゃんと対策を練った。今度こそきっと討伐できるはずだ!
そして俺たちはアイツに再挑戦するためにもう一回あの池へと向かったんだ。




