二十一話 冒険者の心得
草原へと続く門へ着くと、2人の門番が立っていた。ワロウはいつも森の方の門しか使っていないので、向こうの門番のジョーとダンとは仲がいいが、こちらの門番とは顔見知り程度の仲である。
話すことも特にないので軽く手を挙げてそのまま門を通り過ぎようとすると、片方の門番から声をかけられた。
「すみません、後ろの3人と一緒に草原へ行かれるのですか?」
「...何か問題でも?」
「あ、いや、そういうわけではないのですが...ご指導ということで?」
「...まあ、そうだが」
「ああ、やっぱりそうだ。ちょっと町の方で噂になっていたみたいですから。ギルド初の指導員になるかもしれないって」
(げっ...ちょっと道具屋に行ってる間にこんなところまで話が広まってやがるのか...)
門番は笑顔でお気を付けくださいと送り出してくれたが、ワロウはそれどころではなく、すっかり憂鬱になってしまった。帰ったらあちこちでからかわれるのは間違いなさそうである。
「ゴブリンを狩りに行くんすよね?どこらへんにいるっすか?」
「...今回はオレがいるからいいが、本来は自分でその情報は仕入れるんだぜ?」
「あ...そういえば調べないといけなかったすね...」
「今回はそんなに奥の方まで行かなくてもいい。ここをまっすぐ1時間も歩けば奴らの巣があるはずだ」
ワロウと3人はゴブリンを討伐するため、草原の中を進み始めた。もちろん道などはないので、足元の草をかき分けるようにしながら進んでいると、ダッドがため息をつきながら愚痴を言い始めた。
「いやー...迷宮とは何もかも違って全く今までの経験が役に立たないっすね。まいっちゃうっすよ」
確かに彼らの様子を見るに迷宮都市以外の冒険者がどのようなやり方で仕事をしているのかをよくわかっていないようだった。迷宮都市でずっと過ごしてきたためだろう。
そのダッドのぼやくような発言にワロウは逆に迷宮都市はどのような場所なのか興味を持った。ワロウも冒険者の端くれとして迷宮というものに憧れのようなものを抱いていたのだ。
「ほお、例えば何が違う?迷宮都市ではどうなんだ?」
「た、例えば?急に言われると困るっすねー...えーと...」
「例えば、迷宮ではどこになんの魔物が出るかわかっているし、それが変わることもありません。だから、魔物をわざわざ探す必要がないんです。たまに例外もいるみたいですけど」
困っているダッドを見かねてかシェリーが助け舟を出す。
迷宮では魔物の出現方法が特殊なようだ。全く移動しない魔物がどうやって生活しているかも気になったが、彼らもそこまでは知らないだろうと疑問をひっこめた。
そのシェリーの話を聞いているうちにダッドも一つ思い出したようだ。
「あ、そうだ。魔物を倒しても死体が残らない迷宮ってのもあるらしいっすよ。自分たちはまだいったことないんで聞いただけなんすけどね」
「なんだそりゃ。素材も討伐証明も手に入らないじゃねえか。何のために行くんだ?」
「普通のところよりも宝箱の質がいいらしいっす。ホントかどうかは知らないっすけど」
(変わった迷宮もあるんだな...一体どんな仕組みなんだか...)
「後、依頼とかも結構違うんだよな。採取依頼なんてここに来て初めて見たよ」
「迷宮の中じゃ薬草とかは出ないのか?」
「うーん...なんというか、草みたいなのは生えてるよ。薬草もあるかもしれない。でも、結局ポーションが出るからそれを納品するってことが多いかな」
「ポーション?あのケガが一瞬で治るっていう?」
「そうそう。流石に一瞬とは言えないけどな。毒に効くポーションもあるから、薬草で薬を作って治すなんてことはほとんどないよ」
「ふーん...成程ね」
(やっぱり環境が全然違うんだな...ものの考え方も違うわけだ)
今まで、彼らが様々な冒険者の常識を知らなかったことに少々驚いていたワロウだったが、迷宮都市で育った彼らと、ディントンで長くやってきたワロウとでは環境が大きく異なっている。
そのことには注意しなければならない。ワロウの常識は彼らにとっての非常識なのだ。
(そういや、聞こうと思ってたことがあったな...)
彼らの面倒を見ることが決まったときに、ワロウは一つ彼らに聞いてみたいことがあったことを思い出した。
「お前ら、冒険者にとって一番大事なことは何だと思う?」
「と、唐突っすね...大事なことっすか?」
いきなりの質問にダッドは戸惑ったような反応を返す。ハルトもシェリーも今まで考えたこともなかったというような表情をしている。確かに普段考えるような内容ではないかもしれない。特にまだ若い彼らにとっては。
「え...なんだろうな。強くなること...とかかな?」
「すごいお宝を見つけることじゃないっすかねえ...冒険者といえばこれっすよ」
「か、考えたこともなかったです...依頼を必ず達成する..とか」
三者三様の答えが返ってくる。そのどれもが重要なことだった。だが、ワロウの考えている一番大事なものとは違っていた。
「成程な。どれも間違いじゃあねえ。強くなってお宝見つけて依頼をこなして...だが、もう一個大事なことがある」
「もう一個...」
「それは”死なないこと”だ」
「死なないこと?」
もちろん彼らが言うようなことも大事なことには間違いない。ただ、ワロウの考える冒険者にとって一番大事なことは死なないことだった。
ワロウも若いころは彼らと同じような考えを持っていた。だが、長く冒険者を続けるうちに死なないことが一番重要なのではないかと考えるようになったのだ。
「そうだ。泥水をすすろうが、地べたに這いつくばろうが、生き残ることを最優先にする。強くなるのも、お宝を見つけるのも死んじまったらそれでオシマイだからな」
「生き残るって言われても...どうすればいいんすかね?」
冒険者という危険な職業で生き残るためにはどうすればよいのか。それは一言で表すことができた。
「臆病になればいい。少しでも危険だと思ったら退く。それができない奴は早死にするし、できる奴は長く生き残ることが多い」
「退くっすか...確かに難しいっすよね。いざ戦いになるとどうしても倒したいってなっちゃうっす」
人間どうしても、思考が前のめりになってしまうことが多い。特に戦闘中など精神が高ぶっているときにはそうなってしまいがちだ。だが、そこで冷静な思考を失わずに逃げるときは逃げるといった選択をとれる冒険者が生き残ることができる。
「まあ、気持ちはわからんでもない。オレも若いころはそうだったさ。だが、戦いの中には絶対に超えてはならない分水嶺がある。そこを超えると...死人が出ることになる」
「....」
ワロウのその言葉に3人は黙ってしまった。彼らも仲間が死んでしまった冒険者を見たことがあるのかもしれない。冒険者としてやっていく中で仲間の死を経験しない冒険者はいないと言っても過言ではない。
ワロウ自身も、パーティメンバーではないが、一緒に依頼を受けた冒険者が死んでしまったことがあった。そのときは戦力が足りておらずかなりギリギリの戦いだった。
そのギリギリの戦闘で気が昂った仲間の一人が前に出すぎてしまったのだ。そして、ワロウが気づいたときにはオークのこん棒が彼の頭に直撃していた。
その光景はいまだに脳裏に焼きついて残っている。そしてワロウはその光景を思い返すたびに思うのだ。もし、あそこできちんと退却していれば...と。
「臆病なことは悪いことじゃない。もし、取り越し苦労だったとしても命がある方が大事だろ?」
「ううん...まあ、それはそうだけどさ...あまり逃げてばっかだとなあ...」
「言いたいことはわかる。逃げてばっかりだとそれはそれで信用がなくなっていくからな。まあ、ある程度経験を積んでいけばどこが引くタイミングかわかるようになっていくさ。それまでは臆病なくらいで構わねえよ」
「そういうもんか...わかった。ちょっと引くってことも頭に入れておくようにするよ」
ハルトも納得してくれたようだ。彼は3人の中でもリーダーとして動くことが多いので、彼の判断はこのパーティの生死に直結すると言っても過言ではない。その彼が引くことをきちんと考えるようになれば生存率はかなり上がるだろう。
「あ、護衛依頼のときはどうなんすかね?自分優先でいいんすか?」
「ダメに決まってるだろ。護衛対象ほっぽって逃げたりしたらギルドに懲罰喰らうぞ」
「ええ...どうすればいいんすか...」
「護衛依頼以外は自分優先。護衛依頼のときは護衛対象優先だ」
「ううむ...まあ、護衛依頼は多分受けないからいいっすかねえ...」
「そうだな。ま、今から気にするような話でもねえさ」
護衛依頼のときは流石に勝手に引くわけにはいかない。何よりも護衛対象が優先である。が、駆け出しの彼らにとってはしばらく縁のない依頼でもある。なので、今のところは気にしなくてもいいというちょっと何とも言えない結論に落ち着いたのであった。
 




