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世界に名を馳せるまで  作者: niket
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十六話 薬師ワロウ

 ベルンはうつむいたまま黙ってしまった。部屋に沈黙が流れる。そのときドンドンと荒いノック音が聞こえた。そのノックにワロウが返答する前に扉が勢いよく開きボルドーが大きな袋を抱えて入ってきた。


「おい、ノックの意味がねえだろ」

「うるさい。今は緊急事態だ。それよりも、これだ。確認してくれ」


 ボルドーは手に持ってきていた袋を差し出す。その中には何種類もの薬草が大量に入っており、パンパンに膨れていた。明らかにさっきワロウが頼んでいたものよりも多い。


「なんじゃこりゃ。多すぎるだろ。こんなにいらねえよ」

「仕方ないだろう。種類が多すぎて覚えきれなかったからな。とりあえずあるだけ持ってきた」

「おいおい...勘弁してくれよ...」


 文句を言っていても仕方がないとしぶしぶワロウは大量に薬草の詰まった袋の中を覗き込むと必要分だけ手際よくまとめ始めた。しばらくはその作業を眺めていたボルドーだったが、思い出したかのように質問を投げかけてきた。


「そういえば...なあ、こんなときに聞くのもなんだが...」

「なんだ?どうせキール花が来るまで作業は始められねえから構わねえぜ」

「お前、どこで薬について習ったんだ?薬師として腕がたつとは思っていたが、ギルドの薬師より詳しいとはさすがに思ってなかったぞ」


 ギルド専門の薬師はそんじょそこらの薬師よりかははるかに上の技術を持っている。ディントンの町は小さい町ではあるが、近くの森で様々な薬の素材が採取できることもあり、ギルド専任薬師もほかの大きな町にも引けを取らないほどの腕前を持っている。

 そんなギルドの薬師よりもワロウの方が薬に詳しかったことを不思議に思ったのだろう。


「ああ...ルーロンの爺さんに習ったんだ。覚えてるか?かなり前の話だが...」

「...ああ、あの風変わりな爺さんか。あの爺さん、腕の立つ薬師だったんだな...」


 薬師ルーロンは、ワロウがまだこの町に来てすぐくらいのときにふらっとディントンの町にやってきて住み着いた薬師の老人だ。

 風変わりな人柄であまり他人と交流を持っていなかったが、ある時にワロウが彼の採取依頼を受け、その採取の仕方が丁寧だったことが彼に気に入られたらしく、ワロウに指名依頼を出すようになった。

 その後、何回か指名依頼を受けるうちに仲良くなってゆき、よく話をする間柄となった。


 ある時、ワロウがソロだと収入が低くて厳しいとぼやくと、ならば薬の作り方を覚えて売ればよいとワロウに薬の作り方を教えてくれた。それがきっかけとなり3年ほど、しばしば彼の採取依頼を無償でこなす代わりに様々な薬の作り方を彼に教わる日々が続いた。

 そしてある日、ワロウがルーロンの元を訪ねると、そこには誰もおらず一つの本と書置きだけが残されていた。


“もう基本的な知識は十分じゃろう。後はこの本でも読んで自己研鑽するんじゃな”


 その日以来、ルーロンが姿を現すことはなく、ワロウは彼が残した本を読みながら薬師としての技術を向上させてきたのである。


(今から思うと魔物の毒にやけに詳しかったな...あの爺さん、元はギルドの薬師だったのかもな)


 町の薬師は普通魔物の毒に関しては詳しくないことが多い。一般市民が魔物にやられることはほとんどないためだ。逆に魔物の毒に詳しいのは貴族のお抱え薬師かギルドの薬師くらいしかいない。

 前者は魔物の毒による毒殺を防ぐため、後者は毒にやられた冒険者を助けるためである。


 このときワロウは知らなかったが、Bランク以上の高位の魔物の解毒薬の作り方を知っているのはギルドの薬師の中でもほんの一部しかいなかった。その知識を持っているのにもかかわらず、いたって普通の町のディントンに来たルーロンはかなり異質な存在であった。


 過去のことを思い返していると、今度はノックもなく扉が勢いよく開き、さっきノーマンの家へと向かっていった男が手にキール花をもって駆け込んできた。よっぽど急いで取ってきたのか息がかなり荒く今にも倒れそうだ。


「こ、これだ。ゼェ...ゼェ...早く解毒薬を...頼む...」

「おいおい、大丈夫かよ。そこで休んでおけ。ベルン、そこの鍋取ってくれ」


 ワロウは男に早く休むよう言うと、ベルンに手伝ってもらいながら調合を開始した。

 まず、キール花を細かく刻むと鍋の中に入れる。その後水を加えそのまま火にかける。

 すると最初は刻まれたまま浮いていたキール花が不思議なことに徐々に水に溶けてゆき最後には消えてなくなってしまった。


 更にワロウはその鍋ごと箱型の魔法装置の中に突っ込んだ。そしていくつか設定した後にボタンを押すと装置の中がぼんやりと青く発光した。この魔法装置は薬草から薬の成分を抽出するのを早める効果と薬効の自体を高める効果がある。

 

 ただ、使うのには高価な魔石と呼ばれるエネルギー源が必要になり、気軽に使えるというわけではない。今回は時間がないということと薬効をできる限り高めたいということで、ボルドーが特別に許可を出したのである。


 しばらくたった後ワロウは鍋の中の状態を確認すると、更に刻んだ数種類の薬草を鍋の中に放り込んだ。すると今まで透明だった液体がかなり濁った緑色に変色する。


「す、すごい色になりましたね...」

「どす黒いっていうかなんて言うか...薬の色っぽくはないな」


 その色に思わず声をあげるボルドーとベルン。それを無視してワロウはひたすら薬を作り進める。


 その後も、数種類の薬草を混ぜてという作業を何回か繰り返したのちに、最後に網で鍋の中の固形物をすくうときれいに透き通った青い液体だけが残った。


(青くなったということは...できている...はずだ)


「...よし、多分完成だ」

「確かにきれいな色になったが...多分って大丈夫なのか?」

「この薬、作ったことねえからな。正直、あまり自信はない」


 ディントンの町ではここまで上位の貴重な解毒薬が必要になることはほぼない。当然ワロウもここまで高度な解毒薬を作ったことは今まで一度もなかった。

 記憶にある本の記述と目の前の薬の様子は一致しているが、本当に薬効があるかどうかは試してみないとワロウにもわからなかった。


 ワロウは本当に効くかどうか不安に思いつつも近くあった薬用の瓶に慎重に薬を移した。青い液体が瓶の上の方までたまる。量的には十分のはずだ。ワロウはその瓶を持つと、先ほどの部屋へ急ぎ戻ったのであった。


「よお、待たせたな」


 ワロウが部屋の中に入ると一斉に手元の瓶に視線が注がれた。どうやら手元の瓶が薬だと気づいたようだ。ワロウは倒れているアデルの元に座り込むとゆっくりと瓶の中身を彼女の口の中へと垂らしていった。


 一滴二滴と口の中に薬が落ちると、彼女は意識がないながらもそれを無事に嚥下してくれた。そのまま、ゆっくりとだが確実に彼女に薬を投入し続ける。


(よし...飲んでくれているな。後は効果があるかどうかだ。頼むぜ...効いてくれよ...!)


 そんなワロウの祈りが届いたのか、今まで荒かった呼吸が徐々に落ち着いてきたようだ。

 こころなしかさっきまで土気色だった彼女の頬にも徐々に赤みが差してきたように感じる。その様子を見ていた周りのパーティメンバーたちが歓喜の声をあげる。


(...効いているみたいだな...)

(なんとかなった...か)


 薬が効いた様子を見て、ワロウの張りつめていた緊張の糸もようやく緩んできたようで、大きく息を吐いた。だが、まだ油断はできないと、ワロウがそのまま黙って彼女の容態を観察していると、ベルンが居ても立っても居られない様子でワロウに彼女がどうなったのか聞いてきた。


「ワロウさん...どうですか」

「ああ...まだ油断はできねえが、薬は効いてるみたいだな」

「じゃ、じゃあアデルは...」

「ま...ギリギリ間に合ったってところじゃねえか」


 その言葉を聞いた瞬間、ベルンは顔をくしゃくしゃにしながら大号泣し始めた。それにつられたのか周りのパーティメンバーの面々も泣き始めてしまい、部屋の中は人のむせび泣く声がこだまするのであった。

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