第六十七話 帝国派の貴族
彼女が毒殺されかけていたと聞いた私の目の前は真っ暗になりました。いくら大商人の娘と言えど、単なる平民の彼女が狙われる理由というのはほとんどないでしょう。...私が関わっていなければ。
貴族には派閥があります。当然それぞれの仲は良好とは言えません。むしろ険悪といった方がいいでしょう。バングニル家も例外ではなく、派閥に所属していて敵対している家も実際にあります。
とはいえ、そこまで大きくない伯爵家の3男など狙う意味も薄いでしょうし、何か仕掛けてくるとは夢にも思いませんでした。
流石に直接私を狙うのは難しかったのでしょう。私には常にバルド達やそのほかの護衛がついていましたし、食事も限られたものしか口にしませんでしたから。
ですが、やつらは手段を選ばなかった。私の情報を調べ上げて、彼女までたどり着いた。直接私を狙うのが難しければ、彼女に危害を加えればいいと考えたのでしょう。
その目的はまだわかりません。ただ、今新進気鋭の大商会とバングニル家のつながりを作らせたくなかったのかもしれません。いずれにしても狙う理由自体はあったのでしょう。
その襲撃は失敗に終わりました。毒殺はすんでのところで防ぐことができました。ですが、リンネが回復すればすべてが解決するわけではありません。
毒を盛られたということは内部の人間が裏切っている可能性が高いということです。実際に毒は弱いものが使われていて、継続的に摂取しなければ効果は出てこないとのことでした。
更に最悪なのは、次に相手が何をやってくるかわからないということでした。毒殺を防がれたと知ったらもっと直接的な手段...暗殺等を仕掛けてくる可能性がないわけではありません。
リンネを守る必要がありました。ですが、信用できる人間はいません。身内の人間が裏切った今、誰もが怪しく、信用できませんでした。いざとなったら私自身がリンネを守らなければならない。そう思いました。
ですが、今の私の実力では襲撃があったとしても対抗できない。練習しかしてこなかった剣技や魔法を使って戦うためには実戦を経験する必要がありました。
ですが、私が戦いたいといったところで用意されるのは稽古の相手です。実戦をやらせてくれと言っても危険だからと却下されてしまう。
だから...冒険者に混じって依頼を受けようと思ったんです。冒険者なら実際に魔物と戦う機会があるし、実戦を経験できるチャンスが多くあります。
ですが、そのことを知られれば当然止められるでしょう。だから私は黙って宿を飛び出して冒険者として活動するために、試験を受けに行ったのです...
「...成程な。婚約者が殺されそうになって居ても立っても居られなかったってわけか」
「そうですね。今となってみれば軽率な行動でしたが、当時はそれで頭がいっぱいだったのです。自分が守らねば...と」
婚約者が殺されかける。しかもそれは自分のせいの可能性が高い。今も狙われているかもしれない。信用できる人間はわからない。自分が守らなければならない。
極度の緊張とストレスで辺りが見えなくなっていたのかもしれない。キール少年は年の割にはしっかりしている印象を受けるが、まだ子供といってもいい年齢だ。仕方のないところもあるだろう。
むしろ、婚約者を守るためにここまで行動したと考えれば、賞賛すべきこととも言えるだろう。...その方法自体はあまり良くはなかったかもしれないが。
「...待て。Dランクの昇格試験は推薦が無ければ受けられないはずだが...?」
それまでおとなしく話を聞いていたレイナが疑問点を指摘する。彼女の言う通り、何も冒険者ランクを持っていない状態からDランク昇格試験を受けるには推薦が必要なのだ。
「私は一応貴族ですよ?自分で自分の推薦を出せば問題ありません」
「...キルシェファード様...今度からは絶対にやめてください...」
要するに貴族の権力でごり押ししたということらしい。それを聞いたバルドは頭を抱えてしまった。まあ、気持ちはわからないでもない。
「まあ、昇格試験を受けに来た理由はわかったぜ。で、今回試験中に襲われた理由はその敵対している貴族が原因なのか?」
「平たく言ってしまえばそうなりますね」
キール少年を狙うものからしてみれば、厄介な護衛はいないし、しかも郊外という死んでもバレにくいところに自ら移動してくれたようなものだ。そこを狙うのは当然だろう。
「婚約者を殺し損ねたから、今度はお前を直接狙ってきたってことか」
「...そうだと思います。私が宿に籠っている間は襲撃をかけるのは難しかったのでしょう。だから、私が一人になるところをずっと待っていたのかもしれません」
(それであの化け物が襲ってきた..ってわけか)
宿に籠っている間はバルドもいるし、その仲間たちもいる。それにペンドールは暗に他にも護衛がいることをほのめかしていた。
あの時は最近台頭してきた商人には敵が多いのだろうと納得していたが、あの警戒の厳重さはどうやらキール少年というVIPを守るためのものだったのかもしれない。
その警戒をすり抜けて暗殺を図るのは難しい。しかし、キール少年は一人で護衛もつけずに出てきたのである。これを好機と見たのだろう。
「ふうむ...しかし、なんでまたあんな怪物を使ってきたんだろうか...」
レイナがぼそりとつぶやく。確かに普通、誰かを暗殺しようとするならば暗殺者か何かを送って来そうなものだ。それをなぜかあの怪物が襲ってきた。その理由は何なのだろうか。
「おそらくは...Cランク冒険者に対応できるような手駒がいなかったのでしょう」
「...成程な」
いくら護衛がいないとはいえ、試験中には試験官がついている。しかもCランク冒険者ともなればそんじょそこらの暗殺者を送ったところで返り討ちにされるのが関の山だ。
「そして...魔物が襲ってきた。それが私が今回の襲撃が敵対する貴族のものだと断定できる理由でもあるんです」
「なんだって?」
怪物が襲ってきたことと、バングニル家が敵対している貴族。一体どういう関係があるのだろうか。
「ここからまた少し長くなりますが...巻き込んでしまった以上、知っていただいた方がいいでしょう...」
Side キルシェファード
今、このハルラント王国は大きく分けて3つの勢力に分かれています。一つが王国派、もう一つが帝国派、そして最後に中立派です。
王国派というのは単純で、現在の国王のハルラント6世を中心にしてできている派閥のことです。大体全体の5割程度の貴族がここに属しています。
帝国派はハルラント王国の北にあるユージリッド帝国の影響をうけた者たちで、現宰相のトトラッパ宰相が中心となってできている派閥です。ここには大体3割程度の貴族がいます。
この帝国派というのはユージリッド帝国に従っておいた方がいいという考えの元、彼らの支配下に入ろうと活動しているのです。
ユージリッド帝国は元々大きな国でしたが、最近になってかなり勢力を伸ばすことに積極的です。帝国の周りの小国はすでに併合されたようで、帝国の統治下にあるそうです。
その帝国の勢いに呑まれたのか、このハルラント王国でも帝国に従った方がいいのではないか、その方が被害を被らなくて済む...そんな考えがあるようです。
かといってそれだけではこうも大きな勢力にはならないと思います。なので、私個人としては、帝国と帝国派の貴族の間に何らかの密約があるのではないかと疑っているのですが...今のところ証拠はありません。
残りは中立の貴族たちで、辺境伯など、比較的王室とかかわりの薄い貴族たちがどちらに着こうかまだ決め切れていない...といった状況になっています。
当然ですが、王国派の貴族たちは帝国の下に着くなど論外であり、向こうが攻めてくると言うのならば、こちらもそれに対応するまでといった考えで、帝国派とは完全に対立しています。
我がバングニル家はこの王国派に所属しているので、帝国派の貴族とはめっぽう仲が悪いのです。私が家を出る前も何回か小競り合いがあったほどです。
そして、今回のこの襲撃...私はこの帝国派の誰かが仕組んだものだとほぼ確信しています。




