十五話 緊急事態
ワロウ一行がディントンの町に着くと、待ち構えていたかのように門番のジョーが駆け寄ってきた。
「おい! ワロウ! ギルドマスターがお前を探してる! 至急ギルドまで来てほしいみたいだ!」
「何?ボルドーがか。わかった。すぐに向かう!」
(何の用だ?ギルド職員の件...ってことはなさそうだが)
ワロウは訝しく思ったが、とりあえずさっさとギルドに向かうことにした。いきなり走り出したワロウにとりのこされかけた3人組も追いてかれまいと慌ててワロウについていった。
走っているとギルドの建物が見えてくる。そのまま勢いよく扉を開けるが否やワロウを見つけたサーシャが叫び声をあげた。
「マ、マスターあああああ!! 来ました! 来ましたよ! 」
いつものごとくギルドマスターの部屋から出てくると思われたボルドーだが、今回はその脇の普段使われていない部屋からのっそりと出てきた。その顔は非常に深刻そうな様子であったが、ワロウが視界に映ると顔が少しだけ緩んだ。
「やっと戻ったか! いつも肝心な時にいないなお前は」
「逆だ。オレがいないときに面倒ごとが起こってるんだよ」
「どっちでもいい。とりあえず早くこっちにこい」
「わかった。わかった。今度は何だってんだ?」
ボルドーが出てきた部屋に入ると、そこには今にも泣きだしそうな顔をした冒険者達と非常に険しい顔をしたベルンがいた。よく見ると周りの冒険者たちの顔には見覚えがある。
(こいつら、ベルンのパーティメンバーじゃねえか。こんな部屋で何してんだ?)
彼らの視線はある一点に集中していた。ワロウも彼らの視線の先を見やると、そこには体を横たえられた女性冒険者が身じろぎもせずいた。
ワロウの記憶だと彼女もベルンのパーティメンバーの一人だったはずだ。よく見るとその彼女の顔色は非常に悪く、呼吸も荒い。何らかの異常があることは一目瞭然だった。
ワロウたちが彼らのところまで歩み寄ると、それまでこちらに気づいていなかったベルンがこちらを向いて少し目を見開く。そしてワロウを見ると泣き出しそうな、少し安堵したような何とも言えない表情をした。
「ワロウさん....!よかった、間に合って」
「間に合ってるかどうかはまだわかんねえが、状況の説明を頼むぜ。オレは何すりゃいい?」
おそらく、倒れている彼女をどうにかしてほしいということなのであろうと見当はついていたが、原因がわからなければどうしようもない。ベルンが説明をしようと口を開きかけたが、その前にボルドーが口をはさんだ。
「俺から説明しよう。八目大蜘蛛用の解毒薬を作ってくれ」
「何?そこの倒れてる彼女は大蜘蛛にかまれたってことか?」
「ああ、そうだ。残念ながらうちのギルドの薬師の薬が効かなかったんだ。お前ならなにかわかるかもしれんと思ってな」
「ギルドの薬が効かなかっただと?そんな馬鹿な」
冒険者は、普通の場所よりもケガや毒を受けることが多いので、大量に薬が必要となる。
そこで、ギルドも冒険者向けの薬を作る専門の薬師を雇っているのだ。彼らの作る薬は冒険者向けの特別仕様なため、普通の薬師のものよりも効果が高いことが多い。
「ケリー(※ギルド専属の薬師)には聞いてみたのか?」
「もちろんだ。だが、なぜ薬が効かないのか全く見当がつかないらしい。別に薬自体が不良品だったというわけでもないらしくてな」
(ギルド印の薬が効かない可能性は低い。不良品ってわけでもないとなると...)
(薬の問題じゃないな。...毒の方を疑った方が良さそうだ)
薬が効かないのはその薬のせいではなく、毒の方に何か要因があるのではないかとワロウの直感は告げていた。
「おい、ベルン。本当に八目大蜘蛛に噛まれたのか?」
「え、ええ...アデルが噛まれたとき姿を見ましたが大蜘蛛だったと思います。その後その大蜘蛛は逃げてしまったので絶対とは言えませんが...」
「何か普通の大蜘蛛と違う点は無かったか?」
「え?えーと...そういえば体の色が赤かった気がします...」
「体色の違い、か...変異種かもしれん」
変異種とはごくまれに現れる、同じ魔物であるのにもかかわらず特別な特性を持った魔物のことを指す。その特性は様々で魔法を使うようになったり、知能があがる、力が強くなるなど千差万別である。
今回は普通効くはずの薬が効かない、つまり普通の種よりも強い毒を持っている可能性が高いという点と体の色が違うという点から、ベルン達が襲われた大蜘蛛は変異種の可能性が高いとワロウは判断した。
「変異種だと。ワロウ、解毒薬は作れるのか?」
変異種と聞き、少し焦ったようにボルドーが聞いてくる。
「ちょっと待て。少し考えさせてくれ...」
そういうとワロウは顔を伏せ、目をつむりどうやったら彼女を救えるのか必死に考える。
ベルンを含むその周りの冒険者たちは考え込むワロウの姿を祈るように見つめていた。もはやワロウが最後の頼みの綱なのだ。
(どうすればいい?変異種の毒なんて何が効くのか全く分からんぞ...)
いくらワロウが薬草に詳しいと言っても、流石になんの情報もないところから解毒薬を作り出すのは難しかった。
だが、必死に考え込むワロウの頭の中に一つの案が閃いた。
(...待てよ?所詮はDランクの魔物の変異種の毒だ...もしかしたら...)
(効かない可能性も十分あるが...他の手段を考える時間はない。賭けに出るしかないな)
分は悪いかもしれない。だが、賭けてみる価値はありそうだ。ワロウが顔を上げると一気に視線が集まる。ワロウは少し緊張しながら口を開いた。
「効くかどうかはわからんがデス・スパイダー用の解毒薬を今から作る。同じ蜘蛛の魔物なら同系統の毒を持っている可能性もある。変異種の毒でも上位種の解毒薬なら効くかもしれん」
「デス・スパイダー用の解毒薬だと?お前そんなもの作れるのか」
ボルドーが驚くのも無理はない。デス・スパイダーはその名の通り非常に強力な魔物で、その討伐ランクはBランク冒険者4人以上にもなる。
このレベルまで達すると小さい町なら崩壊するほどの強さだ。そんなランクの魔物が持つ毒は非常に強力で、その解毒薬は普通の薬師どころか、ギルド専任の薬師でも作れるものは少ない。
「...まあ、たまたまな。今材料を思い出すからちょっと待ってろ」
ベルン達のすがるような視線を受け、少し焦りながらワロウは必死に解毒薬の作り方を頭の中から引っ張り出そうと考え込み始めた。
(えーと、何が必要だったか...アーナ草は...ギルドにある。ウンレイ草も...あるか。逆にギルドが持ってなさそうなのは...)
「...そうだ! キール花が必要だ! 」
「なんだと?」
「なあ、ボルドー。キール花は在庫にあるか?」
「そんな貴重な薬草、あるわけないだろう。お前が前採取した分はないのか」
「あいにくノーマンに渡した分しか採取してねえよ」
ダメもとで聞いてみたが、やはりキール花はギルドでは所持していないようだ。
まあ、それは仕方がないと納得したワロウはノーマンに結婚式のときに渡したキール花を取ってこさせることにした。
「仕方ねえな。おい、そこに突っ立ってるやつ! お前らノーマンの家、わかるだろ?誰でもいいからひとっ走り行ってきてキール花をもらって来てくれ! 」
(贈り物を使っちまうのは悪いが、元パーティメンバーの命の危機なんだ。あいつもわかってくれるだろう...)
「わ、わかった! オレが行ってくる!」
ワロウがベルンのパーティメンバーにそう頼むと、その中の一人がすぐに部屋を出て駆け出した。仲間の危機にいてもたってもいられなかったのだろう。
ワロウは彼が部屋から飛び出ていく様子を見送った後、ボルドーに必要な薬草の種類と量を伝え、在庫から持ってくるように頼んだ。
ボルドーは一つ頷くと部屋を出て行こうとしたが、すんでのところでワロウに呼び止められた。
「あ、待ってくれボルドー。悪い、揃ったらここじゃなくて薬部屋に直接持ってきてくれ。
.......薬部屋、借りてもいいよな?」
「そんなことか。道具だろうが材料だろうが自由に使え。...じゃあ俺は行くぞ」
そういうと、ボルドーは今度こそ部屋を出て行った。
ワロウが口にした薬部屋とは各ギルドに設置してある薬などの調合用の部屋のことである。ギルドは薬を大量に生産できるように調合用の設備を用意しているのだ。
もちろん、普段はギルド専門の薬師用のものなので一介の冒険者であるワロウが立ち入ることはできないのだが、今回は非常事態ということでボルドーも好きに使っていいと許可が出したのである。
「よし、オレは薬部屋で準備をする。ベルン、準備を手伝ってくれ」
ワロウがそういうと、自分も手伝うと部屋に残っていた全員が動こうとする。
ワロウはそれを手で制すと、邪魔になるから一人でいいとベルンを連れて薬部屋へと向かった。
薬部屋は先ほどの部屋から歩いてすぐのところにある。ワロウが薬部屋の扉を開けるとそこには誰もいなかった。
部屋の中は様々な機械装置や薬草が入った棚、瓶、皿など調合に必要な道具が所狭しと並べられている。ワロウは早速その中から今回調合に使う道具の準備をしつつ、気になっていたことをベルンに聞いた。
「なあ、そもそもなんで大蜘蛛に噛まれたんだ?変異種とはいえお前らのパーティの実力なら噛まれないように対処できたと思うんだが」
「はい...それが」
ベルンによると彼らはボルドーから大蜘蛛の退治を依頼され、それを受注したとのことだ。ベルンのパーティはDランク冒険者5名から構成されていて大蜘蛛を狩るには十分な戦力だった。そこで、彼らは善は急げとばかりに早速森へと向かった。
彼らは森の中を探索しているうちにボルドーが大蜘蛛を発見した場所の付近で1匹の普通の大蜘蛛と遭遇したらしい。元々少し過剰気味な戦力だったので、割とすぐに討伐できそうなところまで追いつめることができたそうだ。
「もう仕留められる...そう思って、油断してしまったんです」
ベルンは首を力なく振りながら、悔やんでも悔やみきれないといった口調で続きを話し始めた。
大蜘蛛をほぼ仕留めかけ、気が緩んだその瞬間、そばの木の上から急にもう一匹の大蜘蛛が現れた。そこで、たまたまその木の近くにいたアデルが急に現れた大蜘蛛に対処できず、噛まれてしまったらしい。
その後その大蜘蛛は逃げ出したが、噛まれた彼女の様子が尋常ではないことに気づいたベルンは、逃げた大蜘蛛を追っている場合ではないと判断してすぐに町に戻ってきたそうだ。
「...大蜘蛛は複数いたのか。その噛まれちまったのがたまたま変異種だったってのは不運だったな」
「はい...でも...本当はあの時に...いや...今、そんなことを話している場合じゃないですね...」
そう言うとベルンは力なく首を振るとうつむいてしまったのであった。
 




