第六十六話 婚約者との出会い
Side キルシェファード
...バングニル家はここからずっと北の方の帝国との境あたりに領地を持っている伯爵家です。そこの領地は私の先祖が帝国と戦ったときに得た領土で、バングニル家は代々その領地を治めてきました。
...バングニル家の話はこれくらいにしましょうか。今回の話には関係ありませんしね。次は私個人の話になります。
実は私には兄が二人いるのです。バングニル家の長男と次男で二人とも既に結婚しています。そこで、今度は三男の私に話が回ってきたのです。
ですが、家督を継ぐのはもう一番上の兄と決まっていて、一つ上の兄も健在なので、三男の私の結婚というのは、そこまで重要ではありません。...もちろん相手が誰でもいいというわけではありませんがね。
私は最初は父が誰か結婚相手を見つけてくるのだろうと思っていました。貴族の結婚は基本的にその家の主が決めることが非常に多いのです。
ですが、ある日父に呼ばれた私は、驚くべきことを言われたのです。”キルシェファード。お前の結婚相手は自分で探してみろ”...とね。
父の気まぐれだったのかそれとも政略結婚をさせたくないという親としての優しさだったのか...今でもよくわかりません。ですが、そういわれてしまった手前、自分から結婚相手を探しに行く必要ができたのです。
私は様々な伝手を使って結婚する女性を探しました。ですが、ちょうど私の派閥の貴族の中で歳が同じくらいの女性はいませんでした。
貴族にとって派閥というのは大きな問題です。いくら父が自分で探してこいといっても他の派閥から結婚相手を見つけるというのは流石に無理がありました。
同じ派閥の貴族に結婚相手がいないのならば...ということで今度は力を持っている平民の中からも相手を探すことにしました。
平民の中にも大きな財を築き上げ、下手をすればそこらの貴族などよりもはるかに大きな力を持っている人間もいるのです。
そこで、結婚相手を探しているうちに私はリンネという女性に会うことになりました。彼女はある商会の娘で、その商会は徐々に勢力を伸ばし始めていました。相手としては悪くありませんでした。
そして彼女と会うことになりました。会ったのはそれが初めてで、もちろん彼女がどのような人間なのか...全く知りませんでした。
ですが...彼女を一目見たその瞬間...私は一目ぼれしてしまったのです。
一目ぼれしたと語るキール少年の表情はどこか熱いものを秘めているかのようだった。燃えるような恋...ということだろうか。
その一方でワロウはどこか、既視感のようなものを感じていた。
(リンネ...?どっかで聞いたと思うんだが...どこだったか...)
思い出そうと頑張ってみるが、中々思い出せない。つい最近に聞いたよう気がするのだが...そんなワロウを置いて、キール少年の話はどんどん進んでいった。
それから、何回かあって、話をして仲を深めていきました。そして、7回目に会ったときに私は彼女に求婚しました。彼女は顔を真っ赤にしながらそれを受けいれてくれました。
その時がなんと幸福だったことか!まさに天にも昇る気持ちというのはあのことを言うのでしょう。
それから私たちは正式に婚約をしました。私は少しでも彼女のことを知りたいと思い、商会の会長...リンネの父君ですね。彼に頼んで商会の仕事に同行させてもらっていたのです。
そのときでした。悲劇が起こったのは。
この町に着いたとき、リンネの体調が悪くなっていったのです。最初は風邪かなにか引いたのだろうと思っていました。数日間休めばすぐに良くなるだろう...と。
ですが、彼女の体調はどんどん悪化していきました。これはただ事ではないと思った私と父君はすぐに辺りの薬師たちを呼んで彼女を診てもらいました。
しかし、誰もその原因について突き止められなかったのです。地域の流行り病だと思っていたのですが、完全に当てが外れてしまいました。
そこから先は地獄でした。徐々に動けなくなっていく彼女を見ることしかできなかった。でも、原因はわからないし、治し方だって当然わからない。もどかしい日々が続きました。
そしてある日。ついに彼女が眠りから目を覚まさなくなってしまったのです。慌てて薬師を呼んで診てもらいました。
幸いなことにまだ彼女は生きていました。ただ....もう目覚めることはないだろうとも言われました。
そこから先はよく覚えていません。彼女を救えなかった失意なのか、自分への怒りなのか、やるせなさなのか...色々な感情が混ざって私は爆発寸前でした。
でも、何かをやらなければならない。そう思いました。じゃあ何をするのか。必死で考えました。...そして、あることを思いつきました。
皆さんはエリクサー...というものを聞いたことがあるでしょうか。そう。なんでも治してしまうと言われる奇跡の薬のことです。
その薬はダンジョンの最下層や、遺跡の最深部から見つかったことがあると噂されています。もちろん確証がある話ではありません。あくまでも噂話の域を出ないものです。
ですが、彼女を治す手段はいまだに見つかっておらず、その目途すら立っていないような状態でした。私はもう伝説ともいわれるエリクサーに頼るしかない...そう思ったのです。そして私はエリクサーを求めて外へ飛び出そうとしました。
しかし、それはバルドに止められました。エリクサーなんてものは開くまでも空想上のものだと。しかも、外へ行くというのは実践経験のない私にとってそれは危険すぎる...と。今、無茶をしてリンネを残して死んでしまったらどうするのかと。
そう言われて頭が一気に冷えました。
私は貴族のたしなみとして剣の扱いと魔法の使い方を習っていました。自分で言うのもなんですが、どちらもそれなりの腕はあると自負しています。
ですが、それはあくまでも練習の話。私自身、実戦での経験はほぼ皆無と言ってもいい状況でしたし、それに対人戦しかしてこなかったので、魔物と戦ったこともありませんでした。
そして、私はどうすることもできずに彼女の生還を祈るだけしかできませんでした。
...その時、どれだけ自分が無力であることを思い知らされたか...筆舌に尽くしがたい自分に対する怒りが湧いていました。
ですが...私が自分の情けなさに打ち震えている間、天の助けが訪れました。
バルドの知り合いの冒険者が彼女の倒れた原因を突き止めたのです。しかも、それだけではなく、その治し方まで知っていたそうです。まさに神の思し召しとしか言いようがありません。
その冒険者は薬について詳しく、自分で材料を取りに行って、その材料であっという間に薬を作ってしまったそうです。
そして、その冒険者が言うには彼女は”毒”に侵されていたとのことでした。つまり、彼女が倒れたのは偶然ではなく、人為的なものだったのです。
(...どっかで聞いたことがある...っていうかオレのことだな...)
商会の娘が倒れて、バルドの知り合いの冒険者がその原因を突き止めて、それが毒だった...
キール少年の話は明らかにワロウのことを指していた。むしろここまで一緒で違う人物でしたなんてことがあったらそれの方が驚きだ。
そして、キール少年の話を聞いているうちにワロウは一つ思い出したことがあった。
(...そうだ!思い出したぞ!ペンドールの娘の名前がリンネだったはずだ...!)
ペンドールの娘の名前はリンネだったのである。キール少年が語っている婚約者というのはほぼ間違いなくペンドールの娘のリンネのことだろう。
(っつーことはあの嬢ちゃんとキールが婚約者同士だったってことか...)
世界とは意外と狭いものである。自分がたまたま助けることになった少女と、たまたま受けることになった試験でたまたま仲良くなった少年が婚約者だったのだから。
それにしても自分より20歳近く年下のキール少年にはすでに婚約者がいるのだ。おっさんでいまだに独り身のワロウにとってはなんともいえない気分になってしまう。
ワロウはなんとも微妙な表情をしていたが、キール少年はそれに気づかず話を進めてゆく。




