第六十三話 見張りの仕事
「...ふむ。まあ、大体状況は分かった」
レイナは一つ頷くと、その場から立ち上がろうとした。だが、立ち眩みを起こしたのか足元がふらつく。地面に倒れこみそうになるところをすんでのところでワロウが支えた。
「おい、大丈夫か?」
「あ、ああ...すまない。少々貧血を起こしたみたいだ...」
「あれだけケガしてれば当然だ。寝て休んでおけ」
「しかし...」
寝ておけというワロウに、素直には頷かないレイナ。ここでレイナが寝てしまえば起きているのはワロウだけになってしまう。周囲の警戒をすべてワロウに任せきることになってしまうのだ。
この状況下でワロウだって疲れていないわけがない。更にここで一人での見張りを任せるのはどうなのかとレイナは思ったのだろう。
「大丈夫だ。ヤバそうになったら真っ先にたたき起こすからよ。任せておけ」
「全く...頼りになるのかならないのかわからんな...」
ワロウのたたき起こす宣言に、苦笑するレイナ。危険になったら自分で何とかするのではなく、レイナに任せるということなのだから、確かにあまり頼りにはならなさそうな発言だ。
「...わかった。では、お言葉に甘えさせてもらおう。何かあったらたたき起こすんだぞ?」
「おうよ。ゆっくり寝ておくんだな」
ワロウがそういうと、レイナはゆっくりと地面に座り込んで、そのまま横になった。ワロウはその横で座りながら辺りの様子を確認している。
しばらくそのまま横になっていたレイナだったが、眠れないのかもぞもぞと動き続けている。
(...寝れねえのか?)
「...くしゅんっ...」
レイナがくしゃみをする。辺りはまだギリギリ明るいが、気温は徐々に下がりつつある。
今の時期だとこれくらいの時間でもかなり寒く感じる。
「...寒いのか?」
「...少しだけ。まあ大丈夫だ」
「...ほらよ」
大丈夫だと強がるレイナだったが、体が小刻みに震えているし、顔も真っ白だ。化け物との戦いのせいで防具がボロボロでとてもではないが、防寒に役に立つとは思えない状態だ。
そんなレイナを見かねて、ワロウは自分がつけていたマントを外してレイナに被せてやった。
「お、おい。大丈夫だと...」
「だったらその震えてるのをどうにかしてから言うんだな」
「...君も寒いだろう?」
レイナの言う通り、こんな寒空の中、マントをはずしてしまえば当然ワロウだって寒いに決まっている。ただ、先ほどまで生死のふちを彷徨っていたレイナとワロウでは優先順位が違う。
それにほかの理由もあった。
「オレは寒い方がいい。このままだと寝ちまいそうだからな」
「...」
ワロウも正直今にも寝てしまいそうなくらい疲れている。少々寒いくらいの方が、眠気覚ましになってちょうどいい。
(それに...寒いのは確かがそこまででもねえしな)
ワロウ自身、寒いことは寒いのだが、そこまで底冷えするような冷えは感じていなかった。どうやらこの防具、丈夫なだけでなく意外と保温性もあるようだ。
「ほら、大丈夫だから被っておけよ」
ワロウは多少強引にマントを押し付けると、レイナは無言でワロウのマントを受け取り。そのままくるまった。これで寒さは何とかしのげるだろう。
そのままワロウは寒さを目覚まし代わりにしつつ辺りの警戒を続ける。そんなワロウを眺めつつ、レイナがポツリとつぶやいた。
「...ありがとう、ワロウ」
「...なんだ。いきなりどうした?」
かなり眠いのか少し目をとろんとさせながらレイナはワロウに感謝の言葉を述べた。なんの脈絡もないその言葉にワロウは少しばかり驚いた。
「...こうして今、君が守ってくれていると考えると...不思議と安心できる」
「...お前の方が強いけどな」
現状、ワロウよりもレイナが圧倒的に強いことは間違いない。そんな彼女がワロウに守られて不思議と安心する意味がよくわからなかった。
自分よりも弱い存在に守られるなんていう状況は、ワロウからしてみれば不安で仕方がない。
「私の方が強い...か。まあ、それはそうだろう」
「弱くて悪かったな」
「ふふ...そう拗ねないでくれ」
レイナはころころとおかしそうに笑う。すねているところを笑われるとなんとなく子供っぽいような気がしてきて恥ずかしくなってくる。
そっぽを向いて仏頂面になるワロウにレイナは笑いかけた。
「まあ、なんでもいいじゃないか。とにかく今は私は安心してるということだ」
「...結局わからん。どういうことだ」
ワロウの質問に対してレイナはあまり詳しく説明する気はないようで、そのまま返事をすることもなくレイナはマントの中に顔をうずめた。
それから幾許もしないうちにレイナは眠りについた。いくら疲労していたとはいえ、ここまですぐに眠りについたのは本人が言っていたように安心していたから...なのだろうか。
疲労からの眠りへの誘いと寒さからの覚醒が拮抗する中、ワロウはぼんやりとそんなことを考えていたのであった。
(そういや...キールは大丈夫かね)
キール少年はずっと眠ったままだが、寒くはないだろうか。気になったワロウはキール少年の様子を伺ってみたが、彼の防具はかなりしっかりしたもので、攻撃をもらってないので特に壊れているということもない。
これなら寒い...ということもないだろう。だが、ワロウは少し別のことが気になっていた。
(改めて見てみると...やっぱりかなり上等な防具だよな...コレ)
最初に出会った時から思ってはいたが、キール少年の来ている防具はとてもEランク冒険者が使っていいようなレベルのシロモノではない。
つまり、それだけの資金を持っているということだ。更に他にも気になることがあった。
(あのポーション...魔力回復用とキズ用の二つを持っていた)
(魔力回復用のポーションがどれだけ貴重かはよくわからんが...かなりの金額のはずだ)
魔力回復用のポーションは希少でかなりの値段がする。ワロウ自身は使う機会も知る機会もなかったためよくわかっていなかったが、下手すると家が建つレベルの金額なのだ。
そう簡単に冒険者が持ち歩けるようなものではないことは確かだ。それにここまで希少だと、金を積めば買える...ということではなくなってくることもある。それなりのコネクションが必要になってくるのだ。
この高級すぎる防具とポーション。この二つのことを考えると、おのずとキール少年が何者かは何となくわかってくる。
(まあ、貴族...だよな。フツーに考えると)
お金を持っている人間と聞いて真っ先に思いつくのは貴族である。確かに貴族であればこれくらいの防具を買うくらいなら、余裕だろう。それにポーションを買う伝手もありそうだ。
(それが、キールの言っていた襲われる理由につながるんだろうか...)
(まあ...それを考えてても仕方ねえ。ちっと体でも動かすか...)
じっと座って見張りをやっていたのだが、動かなかったせいで体が冷え切ってしまった。このままでは風邪をひいてしまいそうだ。
ワロウは大きく深呼吸しながら立ち上がると、体を動かそうと、レイナとキールから少し距離をとったのであった。




