第五十九話 戦いの代償
「レイナ!無茶するんじゃねえ!」
「すまない。だが、あの状態では貴殿ではとどめをさすのは難しかっただろう」
「....」
そう言われてしまうとワロウも反論しにくかった。実際にどうやってとどめをさせばいいのか悩んでいたところだったからだ。
ちまちまと剣で攻撃するつもりではあったが、その間に化け物からの攻撃をうけないとも限らない。こうしてレイナが一撃で葬り去ってくれたことでその危険性は無くなったのだ。
「それでも...だ。まだ若いんだからもっと自分を大事にしろ」
レイナはワロウよりもはるかに若い。その彼女が自分を助けるために死んでしまうなんてことがあったら悔やんでも悔やみきれない。若い冒険者が老いた冒険者の代わりに死ぬなんてことはあってはならないのだ。
ワロウのそんな気持ちを感じ取ったのかレイナは少しだけ笑みを浮かべた。
「ふふ...ありがとう。心配してくれているんだな」
「うるせえ。もうちっと慎重に動けってことだよ」
図星を突かれたワロウが悪態をつくと、レイナは笑い出してしまった。
「ははは!貴殿、中々面白い男だな!」
「だーれが面白いだ。さっき言ったこと、わかってんだろうな?」
あまり反省してなさそうなレイナに対して、ワロウは念押しする。だが、レイナは先ほどとはうって変わって静かな笑みを顔に浮かべた。
「わかっているさ。だが、あの状況ではあれでよかったんだ」
「あん?一体どういう...」
ワロウが尋ねようとしたその瞬間。今まで立っていたレイナの体がどさりと地面へと崩れ落ちた。今までの戦闘での疲労が限界にまで達したのだろうか。
「お、おい!大丈夫か!」
「大丈夫...ではないな...」
「どこかケガしてるのか!」
「う...ゴホッ...グェ...」
ワロウの問いには答えず、レイナは苦し気にせき込みながら何かを地面に吐き出した。
...それは真っ赤な血の塊だった。
「な...!おい、ケガはポーションで治ったんじゃねえのか!?」
そうだ。彼女のケガはキール少年がポーションで治してくれたはずなのだ。それなのに、なぜ、こんな状態になっているのだろうか。
「おそらく...内臓がやられているんだ。ポーションは外側からしかかけてないからな」
そう。レイナが最初に化け物から一撃を喰らったとき。その時にはレイナの体の内部は傷ついていた。それから戦闘で激しく動き回ったこともあり、レイナの内臓はボロボロの状態だった。
途中、キール少年がポーションをかけてキズを治してくれてはいる。だが、それは外側の傷を治しただけであり、内部は変わらずボロボロだったのだ。
ポーションを飲み込めば内臓の傷を癒すこともできたかもしれないが、それをしてしまうと腕の骨折などの外傷はそのままになってしまい、戦うことができなくなってしまう。
だからレイナもあの時ポーションを飲ませてくれとは言わなかった。戦闘に速やかに加勢するために。
「だったら...今からポーション飲んでも遅くないってことだろ!?」
「あ、ああ...そうかもしれないが...貴殿、ポーションを持っているのか?」
「オレは持ってねえ。だが、キールが持ってる可能性はある」
キール少年は魔力回復用のポーションと、傷を治すためのポーションとを複数持っていた。更にポーションを持っている可能性はある。
ワロウは早速キール少年のかばんを漁り始めた。正直あまり褒められたことではないが、今は人命優先だ。キール少年も納得してくれるだろう。
ポーションは使ってもまた他のポーションを手に入れることができるが、人の命は一回失われたら二度とは戻ってこないのだから。
そしてワロウは必死にキール少年のかばんの中を探した。そんなに大きなかばんではない。ポーションがあるかないかくらいはすぐにわかりそうなものだ。
(...クソっ!もうねえのか...!)
かばんを探し続けるワロウだったが、ポーションは出てこない。つまり先ほどの戦闘で使ったものが最後だった。そういうことだろう。
(ん...?これは...?)
そのときワロウは、やけに高価そうな赤い首飾りを見つけた。つけもしないこんな高価そうな飾りを討伐の際に持っていくだろうか?
それに赤い首飾りという言葉にワロウは妙な既視感を覚えていた。どこかで聞いたような...そんな気がする。だが、今はそのことに執着している場合ではない。
「...いいんだ、ワロウ」
「...何?」
「もう、死ぬことは覚悟できているんだ」
「...」
ワロウは彼女の言葉に無言で返した。
「私自身、わかってはいたのだ。もう私は長くはないと」
「...だから、あんな無茶したってことか」
「ああ...そういう...こ...と...がはっ!」
レイナが強くせき込む。そのたびに血が混じった咳が地面を赤く濡らす。間違いなく状態は良くない...いや、かなり悪いと言ってもいいだろう。
「...ワロウ。一つだけ頼みがある」
「...なんだ」
「私の...ギルドカードを町のギルドまで届けてほしい。そうすれば...伝わるはずだ...」
レイナの言葉には主語がなかったが、どういう意味かは察しがついた。つまり、自分のパーティに自分が死んだことを伝えてほしいということだろう。
レイナの最後の望みだ。聞いてやらないわけにはいかない。
「やだね」
「なっ...!」
レイナもまさか断られるとは夢にも思っていなかったのだろう。その顔にはありありと驚愕の表情が見てとれた。当然だ。最後の願いをこう無下に断られることがそうあるわけがない。
だが、ワロウの言葉はそれで終わりではなかった。
「なんでオレがそんなことやらなきゃいけねえんだ。やるんなら自分で伝えるんだな」
「何を...!私はもうここで死ぬんだぞ...!わけのわからないことを...」
自分の死を自分で伝えに行く。当然不可能だし意味不明だ。だが、ワロウはそういう意味で言ったのではない。
「何勘違いしてるんだ?お前は死なない」
「....は?」
「生きて町に戻るのさ」
いったいこの男は何を言い出すのだろう。そんな表情をしている。もはや最後の頼みの綱であったポーションはない。もう方法は無くなった。...そのはずなのだから。
(いや…まだだ…)
(とにかく試してみる価値はあるはずだ…)
ワロウには一つだけ当てがあった。回復術だ。まだ、自分にしか使ったことはないし、他人に効くかどうかはわからない。それに、内部のキズを癒せるかどうかも怪しい。
だが、このままだとレイナは死ぬだけだ。試せることは試さなければならない。
「...今から起こることは内密に頼むぜ」
「な、何をする気だ...?」
レイナは得体のしれないものを見るかのような目つきでワロウを見やる。ワロウはそれを無視してレイナの腹のあたりにそっと手をかざした。
(治れ...治れ...)
ワロウの手から淡い水色の光が漏れ始める。それと同時にレイナの腹の部分にあった細かい擦り傷がみるみるうちに治っていくのがわかった。
「な...こ、これは...!」
「....」
レイナが驚いたように目を見開く。その間にもワロウは無言で回復術を使い続ける。聞きたいことは山ほどあるだろう。だが、レイナは口を結んで黙り込んだ。
真剣なワロウの様子を見て、今はその時でないと判断したのであろう。。
(...わからん。治ってるのか...?)
ワロウは困っていた。内臓の傷など癒したこともないし、何より外から見たところで治っているかどうかなど判断できるわけがない。
「...どうだ?治っている感じはあるか?」
「...わからない...だが、まだ鈍痛がある。治りきっては...グッ!?」
レイナは再度血を吐いた。まだ、治ってはいないのだ。だが、それが”治り切っていない”のか”そもそも効いていない”のかは判別できなかった。
(クソ...やはり効果が薄い...のか...?)
外傷ならば一瞬でとまではいかないまでもかなりの速度で回復するのだ。同じように効くとすると、内臓の傷も治りきっていてもおかしくはない。
ワロウは少なくとも効果が薄い、もしくは、全く効果がないと判断した。
(どうすりゃいい?直接あの光を当てないといけねえのか...?)
直接あの光を当てなくてはならないというのはありそうな話ではある。だがそう考えると内臓の傷を癒すためには腹を掻っ捌く必要があるということになってしまう。
ただでさえ瀕死の状態のレイナにそんなことをしたら、治す前にあの世行きになってしまうだろうし、何よりどこが傷ついているのかもわかっていない状態でできることではない。
どうすればいい?どうすれば彼女を救える?手掛かりはある。ワロウの回復術がある。だが、それでどうやって内臓の傷を癒す?その手段は?
あと一歩のところで手が届かない。あともう少しだけ手が伸びれば届きそうなところが、そのもう少しをどうにかする手段が思いつかない。
「...ありがとう。ワロウ」




