第五十七話 二回の賭け
「...レイナ、下がれ」
「馬鹿な...!正気か?」
化け物と渡り合う二人。キール少年からの援護が無くなり、状況はかなり厳しい。その中で、ワロウはレイナに下がるように言った。そのワロウをレイナは信じられないものを見るかのような目で見てくる。
「今のお前じゃまともに戦えないだろう。少し下がって休んでろ」
「一人で抑えるつもりか!?無理に決まっている!」
二人でも厳しいのだ。当然一人で戦うなんてことは不可能に近い。特にレイナよりも戦闘力の劣るワロウだったらなおさらだ。
レイナはワロウを止めようと必死に言い募るが、ワロウは静かに横に首を振った。
「...少し、当てがある。問題ない」
「当てだと?一体何を...」
レイナのその問いには答えず、代わりにワロウは化け物に向かって大きく踏み込んだ。そして化け物の至近距離まで近づくと、顔面を狙って攻撃を仕掛けたのだ。
(当たらなくてもいい...今は注意を引くことに全力を注げ...!)
普通に攻撃を仕掛けていたのでは、無視されてレイナの方に向かわれてしまう。しかし、こうやって顔面を狙って攻撃すれば流石の化け物もワロウを無視することはできない。
だが、至近距離に近づくということは同時に危険度が増すということと同義である。顔面を狙ってくるワロウのことをうっとおしいと思ったのか、化け物はワロウに標的を変えてきた。
(来たか!)
至近距離から放たれる怪物の一撃。それはワロウが今まで体験してきた攻撃の中でも過去最高レベルに速く、そのまま盾を構えることもままならず、化け物の腕がワロウの胴体に直撃した。
「ワロウ!」
それを見たレイナの悲鳴が響き渡る。ワロウはふっ飛ばされて、地面へと叩きつけられた。普通ならどう考えても致命傷であることは間違いないはずだ。だが...
吹っ飛ばされたはずのワロウは何事もなかったように立ち上がった。
(イツツツ...あんまり無茶するもんじゃねえな...)
(何とか防げたってところか...)
そう。ワロウは魔物の攻撃をまともに食らったわけではなかった。盾が間に合わないと判断したワロウはなるべく胴...つまりこの鎧で受けるようにしていたのだ。
先ほど化け物の放った魔法攻撃の余波で吹っ飛ばされたワロウを守ってくれたこの鎧は今回もその役目を果たしてくれた。
正直、同じように衝撃を吸収してくれるかどうかはわからなかった。だが、ワロウはそこに賭けたのだ。きっとこの鎧はあの化け物の一撃を防ぎきってくれるだろうと。
結果は何とか成功。彼は致命傷を逃れたのであった。
...とはいっても無傷とまではいかなかった。鎧のないところは普通に防げないし、化け物の一撃を完全に衝撃を吸収できるわけでもない。ワロウのダメージは確実に蓄積している。
先ほど何事もなかったように立ち上がったのはある意味やせ我慢のようなものである。
ぐぉぉおお....?
自分の攻撃を喰らってもすぐに起き上がってきたワロウを見て、化け物は不思議そうな表情をする。今までの経験上、化け物の攻撃を喰らっても平然と立ち上がる相手はいなかったのだろう。
だが、この化け物の厄介なところは不思議がるだけで終わらないところだった。今のワロウの様子を見て、物理攻撃は効果が薄いと考えたのか、今度は魔法を使おうとしてきたのだ。
化け物の大きな手のひらがこちらに向けられる。魔法を使うということだ。魔物の手のひらに徐々に炎が宿り始める。
だが、ワロウはそれから逃れるどころか逆に化け物に向かって突進を仕掛けたのであった。
「ワロウ!魔法が来るぞ!」
もしや魔法の兆候に気が付いていないのかとレイナがワロウに向かって叫ぶ。だが、もちろんワロウも相手が魔法を使おうとしていることはわかっていた。
(ここしかない...もう一回ここで賭けに勝たなきゃじり貧で負けだ...!)
ここで魔法を避けようと思えば避けられた。だが、それでは先ほどの状態に戻るだけだ。そうなればレイナに攻撃を行かせないためにも、また至近距離で相手の攻撃を喰らいつつも顔面を狙わなければならない。
いくら鎧が相手の攻撃を防いでくれるといっても、その戦い方を続けるのはリスクが高すぎる。こちらは鎧以外のところに一撃もらったらそれでおしまいなのだから。
それに、相手の動きを止める必要もある。キール少年の氷魔法はまだ不完全な段階で、動き回る相手に対して当てるのは難しいのだ。いくら氷魔法の威力が高くても相手に当たらなければ意味がない。
相手の動きを止める方法。ワロウは一つだけ心当たりがあった。だが、それをやるためには相手に手痛い一撃を喰らわせる必要があった。
(だから...ここで賭けに勝つしかねえんだよ...!)
ワロウを狙って放たれた魔法の火の玉。ワロウはそれを避けようともせず突っ込んでいく。
「ワローウッ!!」
レイナの叫び声が聞こえる。レイナの目にはその火の玉に包み込まれていくワロウの姿がはっきりと映っていた。そして、次の瞬間には大爆発が起こる...はずだった。
その火の玉はワロウとぶつかったと思った瞬間、ワロウの体が一瞬青く光ったように見えた。そして、その火の玉はまるで最初からなかったかのように忽然と姿を消したのであった。
ワロウの賭けとはシェリーのくれたお守りのことだった。レッドウルフの咆哮を防いだ時に一回使ってしまっていたが、この化け物と戦っている間に魔力の充填が終わっていたのである。
当然ワロウがそれを知る手段はない。なので、この魔法をお守りが防いでくれるかどうかは当たるまでわからなかった。だが、それしか方法はないと判断したワロウはその薄い勝ち筋にすべてを賭けたのだ。
そして、今。ワロウはその賭けに勝った。
ぐ...ぐぉぉおおお!?
突然自分の放った魔法攻撃をかき消し、そのまま突っ込んできたワロウに対応しきれていない化け物。ワロウはその隙を逃さなかった。
無防備に隙をさらしていたその顔面に、突進分の威力も込めた渾身の一撃をお見舞いしてやったのだ。
その場にいる誰もが予想できなかったその渾身の一撃は、化け物の顔に深々と突き刺さった。
グルォォォォおぉおおお!!!
化け物が悲鳴を上げる。間違いなく大ダメージを与えている証拠だ。だが、それは致命傷には至らなかった。
(かってえな...まるで石をぶん殴ったみたいだ...)
化け物の頭の硬さはワロウの予想をはるかに超えていたのだ。思い切り剣を叩きつけた反動で、逆にワロウの腕がしびれてしまったほどである。
(だが...これでいい。これで奴は...)
化け物への一撃は残念ながら奴を仕留めるまではいかなかった。だが、これだけダメージを与えれば、化け物の次の行動は容易に想像できる。
化け物はワロウに切りつけられた頭の傷を押さえながら大きく後退した。そして、自分を包み込むように体を丸めると回復術を行使しようとする。
「クソ...アイツ...!」
それを見たレイナが、満足に動かない体を引きずりながらも止めに入ろうとする。ワロウはそれを無言で止めた。
「ワロウ!このままだとアイツが回復してしまうぞ!」
「わかってるさ。だが...」
「もう、準備できたみたいだぜ?」




