十四話 3人組の目的
帰り道の途中、ワロウはずっと気になっていたことを3人に尋ねた。
「なあ、お前らなんでディントンに来たんだ?迷宮都市の方が実入りがいいだろ?」
ディントンは特に何かがあるわけではない普通の田舎町だ。ワロウ自身もこの町がたまたまソロで活動できる環境にあったため15年間も過ごしてきただけで、もっといい条件の場所があったらそこで暮らしていただろうと思われる。
いったいこの3人は何の目的でディントンの町まで来たのだろうか。
「うーん...まあいいか。おっさんには世話になったしな。お前らもいいか?」
ハルトが二人に確認すると二人も素直に頷いた。
「いいか、絶対ほかのやつに言うなよ?....俺たち、古代文明の遺物を探しに来たんだ」
「....そいつァ驚きだ。古代文明だと?」
正直眉唾物の話だった。古代文明の遺物は確かにいろいろな場所で発見されているが、このあたりで発見されたという話は一度も聞いたことがない。
また、お宝がありそうだという情報があるとその町には自然とトレジャーハンターが集まってくるのだが、ワロウがディントンにいた15年間1度もトレジャーハンターらしき人物にあったことはなかった。
「どっからの情報なんだ、それ?このあたりで遺物が出るなんて今まで聞いたこともないぜ」
「迷宮の中で上級冒険者たちが話してたんだ。小さいけどディントンの方向に反応があるって」
「反応?何のだ?」
「遺物を探すためのマジックアイテムを使ってるらしいぜ。...実物は見たことないけど」
「迷宮都市の上級冒険者は結構持ってるみたいだったすね。迷宮内でも遺物を探すのに使えるみたいっす」
どうやら迷宮都市では、遺物を探すためのマジックアイテムが普通にあるらしい。そのマジックアイテムがここ、ディントンの町を示したというのだ。
そこでワロウは一つ気づいた。遺物の反応があったということは、ディントンの町に迷宮都市の冒険者達が押し寄せてくるかもしれないのだ。他の場所から大勢の強い冒険者が来るとなると面倒ごとが起きる予感しかしない。
「...もしかしてこれからディントンに迷宮都市の冒険者達がわんさかやってくるってことか?」
「あ、いや、そんなことはないと思うっすよ」
ワロウが嫌そうな顔をしながら言うと、ダッドは慌てて首を振ってそれを否定した。
ダッドが言うには、そのマジックアイテムは便利だが誤動作も多いらしく、全く何にもないところを示すこともままあるとのことだった。特に小さい反応に関しては精度が低くあまり当てにならないらしい。
「そのマジックアイテムのことよく知ってるな。お前らは持ってないんだろ?」
「いやあ、迷宮都市では有名っすからねー。これくらいだったら逆に迷宮都市で知らない人はあんまいないと思うっす」
「ふーん、そんなもんなのか...ん?」
なるほどと頷きかけたワロウだったが、一つ疑問が生まれた。
「お前ら、誤動作が多いマジックアイテムの更に精度の怪しい小さい反応を頼りにここに来たのか?」
「なんか文句あんのかよ」
「...なるほどな。やっと合点がいったぜ」
ハルト達の話をまとめると、ディントンに遺物の反応はあったが、その反応は小さく、期待できるほどではないということだ。それでワロウの疑問が一つ氷解した。
「なんのことっすか?」
「いや、遺物の反応なんて重要な情報を他人に漏らすなんてありえねえと思ってたが、どうでもいい情報だったからそこらへんでしゃべってたってことだろ?」
「冗談交じりな感じではあったすねー。お前、試しに行ってみろよ、やだよそんな田舎みたいな」
ワロウはその話を聞いて安堵した。どうやらディントンの町に迷宮都市の冒険者達が押し寄せてくることはなさそうである。
(やれやれ、遺物なんて聞いて驚いたが、結局関係なさそうだな)
その時ワロウの視界にふと自分の腕の腕輪が入ってきた。
(そういえば、この腕輪、あの谷のとこの謎の物体のとこにあったやつだよな)
(もしかして...遺物ってコレのことだったりするのか...?)
「おいおっさん。どうしたんだよいきなり立ち止まって?」
腕輪をじっと見つめて考え込むうちにいつの間にやら足が止まってしまっていたらしい。
慌てて歩くことを再開しながら、ワロウはさらに先ほどの話について聞いてみたいことがあった。
「あ、いや...何でもない。それよりお前らなんでそんな怪しい情報でここまで来たんだよ」
「ふふん。そう思うだろ?なんでかっていうとなぁ....シェリー、頼んだ」
「えっ、わ、私ですか?」
「お前、自分でよくわかってないからっていきなり他人に振るんじゃねえよ....」
シェリーの話によると、本当かどうか怪しい情報だからこそ自分たちにもチャンスがあるのではないかと考えたらしい。
そもそも大きい反応を見つけたら、その場所は当然秘匿されるし、もし万が一知ることができたとしても上級冒険者が真っ先に駆けつけるので自分たちでは到底かなわない。
ならば、逆に誰も見向きもしないような情報なら駆け出しの自分たちでもチャンスがあるかもしれない...ということで今回ディントンまで来たということのようだ。
「はあ...なんというか砂漠の中から一粒の金を見つけるような話だな。それだったら迷宮で遺物を見つけるまで潜ってた方がまだましなんじゃねえか?」
「いやあ、それがなかなかうまくいかないんすよねぇ...」
ダッドが首を振りながら答える。
「迷宮って深いとこまでいかないといいお宝はでないんすよ」
「ふぅん、そうなのか」
「逆に言うと偶然浅いところでたまたまいいお宝が手に入るってことがまずないっす。
だから、俺らみたいな駆け出しが一発当てるならむしろ迷宮の外のお宝を見つけるしかないんすよねぇ」
「成程ね。じゃあお前らの選択も間違いってわけでもねえのか」
(迷宮都市で一発当てようってやつは多いが...こう聞くと結構難しいみたいだな)
そんなことを話しているうちに時間が過ぎていたのかディントンの町がうっすらと見え始めた。慣れない森の中の行軍に体力を奪われたのか3人は顔には疲労が濃く見える。その中でも一番キツそうだったシェリーが安堵の声をあげる。
「や...やっと着きました...もう、へとへとです」
「もうちっと体力つけておかねえとキツいぞ?しばらくディントンにいるんだろ?」
「うう...精進します」
そんなことを話していると、横からおずおずといった感じでダッドが話しかけてきた。
「あ、あのう...ちなみになんすけど...ワロウさんってギルドの職員とかだったりします?」
ワロウはその言葉を聞いた瞬間ドキっとした。確かに自分は今ギルド職員へ勧誘を受けているが、まだなるとは言っていないし、そもそもダッドがそのことを知るのは不可能なはずだ。考え込んでしまったせいか、思わずといった様子で口から言葉が零れ落ちた。
「........なんでそう思った?」
口にした瞬間、しまった、と思った。
これではまるで自分が本当にギルド職員のようではないか。
「いや、ギルドカードのことに詳しかったし...後ギルドマスターのことを呼び捨てで呼んでたし」
ダッドが理由を列挙していると、ハルトが口をはさんできた。
「...まあ、おっさん教え方もうまいしな。オレもギルドの指導員だと思ったぜ」
指導員とは、各ギルドにいる初心者冒険者に冒険のための様々なノウハウを教える職員のことだ。基本的に優秀で文字の読み書きができる引退冒険者のみがなれるため、大きな町のギルドには複数人いることもあるが、逆に小さい町だと一人もいないこともままある。
今のところディントンのギルドには一人もいない。
「...残念ながら、単なる中年冒険者さ。そんな大層な役にはついてないぜ」
彼らの様子を見るに当たり前ではあるがワロウがギルドに勧誘されていたことは知らなかったようだ。とりあえず、ワロウが否定の言葉を口にするとダッドが明らかにほっとした顔をした。
「オレがギルド職員だと何か問題あるのか?」
「い、いや...俺たちが大蜘蛛退治に向かったことをギルドに知られたくなくて...」
「どういうことだ?」
「ギルドっていうか...ギルドマスターに知られたらこっぴどく怒られそうで...」
「うっ...オレもちょっとあの人は苦手なんだよな...なあ、おっさん。職員じゃないなら秘密にしてくれるよな?」
どうやらダッドとハルトはボルドーが苦手なようだ。確かに彼の容貌はかなりいかつい見た目をしている。ある程度慣れている人間でないと気後れするのも無理はないだろう。
「ほほう。それは俺の気分次第だなぁ。気分の良くなるなにかがあれば話は別だが」
「ひ、ひええ~...勘弁してくださいっす。最近まともにご飯も食べてないんすよ...」
「おっさん!大人げないぞ!駆け出しのオレらにたかろうとすんなよ!」
ワロウも本気でたかろうとは思っていないが、二人の反応があまりにも面白いので、しばらくからかいつつ、その一方で先ほどの言葉を思い出していた。
(“ギルドの指導員だと思った”...か)
(...こいつも一つのいいきっかけかもしれん。いつまでも悩んでるわけにはいかねえしな)
この数日間ずっと悩んでいたギルド職員になるかならないか。この3人との出会いがワロウの心がギルド職員になる方へ傾けた瞬間だった。




