第五十六話 一撃で仕留めるためには
(クソ...このままだと埒が明かねえ...)
化け物が回復術らしきものを使った後、ワロウたちは必死に攻撃を続けていた。レイナを中心としてワロウとキール少年が援護をするフォーメーションはギリギリの薄氷の上を踏むようなバランスで何とか成り立っていた。
だが、いくら攻撃したところで相手に回復されてしまっては意味がない。実際、あの後地道に攻撃を続けて追いつめるところまで行きかけたのだが、また回復術を使われてしまっていた。
当然二回目のときは3人全員で妨害を仕掛けたのだが、化け物の守りは硬く、回復術の行使を妨げることは難しいことが分かった。
とはいえ、このまま膠着状態が続くのならばまだいい。永遠に時間を稼げるならば、ウシク達が応援を呼んでくるまで粘り続ければよいのだから。だが、そういうわけにもいかなかった。
「ハァ...ハァ...グッ...!」
先ほどからレイナの様子がおかしいのだ。最初のころと比べて遅くなっている。本人に聞いても”大丈夫だ”との一点張りだ。確かにケガはポーションで治っているはずなのだが...
「ワ、ワロウさん...!このまま戦い続けると...!」
キール少年がまずいと言ったようにうめき声を上げる。明らかに格上の魔物と戦っているため、魔力の消費も激しかったのだ。
今はまだなんとか大丈夫のようだが、これ以上この膠着状態を維持するのは難しそうだ。
(マズい...だが、どうすればいい?)
攻撃しても攻撃しても回復されてしまうのだ。もちろん無限に回復できるということは無いだろう。だからこのまま攻撃していけばいつかは回復できなくなることは間違いないはずだ。
だが、化け物が回復できる限界を迎える前にワロウたちの戦線が崩壊してしまう。レイナとキール少年もそうだが、ワロウだってはるかに格上の魔物との戦いでかなり消耗していた。もう、どこから崩壊してもおかしくないのだ。
「....ハァ...ハァ...キール、ワロウ...」
「なんだ。もう、厳しいか?」
息を切らしながら、話しかけてくるレイナ。その顔は蒼白で今にも倒れそうな状態だ。これ以上は戦えないかと尋ねるワロウにレイナは静かに首を横に振った。
「いや...まだ、戦える...だから、今のうちに...」
その先の言葉は容易に想像がついた。まだ、レイナがなんとか戦えているうちに逃げろと言うことだ。
(...ここで置いて行けと?冗談じゃねえ...!)
だが、当然そんなことは認められなかった。先ほどの万全な状態ならまだレイナが逃げられる可能性があった。
だが、今は話は別だ。この状態のレイナをここで置いていくということはそのまま見捨てることと同義だからだ。
「...いい。それ以上言うな」
「しかし...!」
ワロウが首を横に振ると、レイナは食い下がってきた。必死な様子が伝わってくる。
言っていることはわかる。逃げるなら今しかない。レイナがまだ戦える今しか。
それに、ワロウやキール少年では時間稼ぎができるかどうかすら怪しい。今ここで他の二人の逃げる時間を稼げるのはレイナしかいない。
今、ここで3人で誰がいつ倒れるかわからないような状況で戦い続けるよりも、レイナが時間を稼いでいる間にワロウとキール少年が逃げる。一人は死ぬが、二人は生き残れるかもしれない。その方がいいに決まっている。
「お前ならわかるだろう...お前とキールで逃げるべきなんだ!」
ああ、全く持ってその通りだ。当然だ。それはまったくもって正しい。
(確かに正しい...だからなんだ?)
(正論なんかクソ喰らえ。オレはやりたいようにやる)
ワロウは頑固だ。こうと決めたらそう簡単には覆すことは無い。そして、今の彼の中にある選択肢の中に”レイナを見捨てる”という選択肢は最初から存在していなかった。
「きついなら少し休んでろ。あの化け物なら何とかしてやるよ」
「何を...!わかっているだろう!あの化け物をいくら攻撃しても回復されるんだぞ!」
(そうだ...それが問題だ)
(あの回復を何とかして止められないか...)
レイナの言う通り、このまま攻撃し続けたところで化け物の回復を何とかしなくてはいつまでたっても倒すことはできないだろう。
(しかし...あの時の奴は防御を固めていて妨害することは難しい...)
そうなのだ。回復術を使っているときの化け物は体をその大きな腕でかばうようにして丸めることでこちらの攻撃を防いでくるのだ。
その間に回復魔法を使うため、奴の回復を妨害するのは非常に難しい。
(回復術を使うこと自体を妨害するのは難しそうだ...)
必死に考えをめぐらすワロウ。当然その間も化け物の攻撃が止むわけではない。レイナが何とか抑えてはいるが、このままでは押し切られてしまうだろう。
そのとき、焦るワロウの頭の中に一つの案が思いついた。
(...そうだ。だったら一撃で仕留めればいい...)
回復術を使えなくするのが難しいならば、一撃で倒してしまえばいい。そうすれば回復術を使う使わないは関係ない。これはある意味、当然の考えだ。
だが、それを誰がやるというのだろうか。ワロウは当然そんな一撃を与えるような攻撃は持ち合わせていない。というか他の面々もそんな攻撃があったら最初から使っているはずだ。
(一つ..一つだけ心当たりがある...)
ワロウには一つだけ心当たりがあった。そう、一番最初の自己紹介のときのことだ。
“それで?他の魔法は?”
“あ、いや...その...使えなくはないんですけど、師匠から使うなって...”
“ふーん...どんな魔法なんだ?”
“氷の魔法です。時間がかかるうえに、まだ制御が甘くって...動く相手にはまず当てられないんです。威力はかなりあるんですけどね”
(氷の魔法...それにかけるしかねえ...!)
ワロウは叫んだ。
「キール!氷の魔法、使えねえか!」
「えッ...!そ、それは...」
「奴の回復させないためには、一撃で致命傷を与えるしかねえ!」
ワロウの要請にキール少年はすぐには答えられなかった。それもそうだろう。そもそも氷の魔法は上手く制御できないから今まで封印してきたのだから。
「あの魔法は...でも...」
キール少年が悩んでいる間にも徐々に戦況は悪化してくる。今までレイナとワロウそしてキール少年の魔法で何とか戦えていたが、いよいよレイナの限界が近くなってきたのだ。
動きが鈍るレイナをフォローするために、ワロウは積極的に攻撃を仕掛けて化け物の注意を引こうとする。
だが、化け物はワロウの相手をしようとはせず、しつこくレイナを狙い続ける。相手が弱ってきたのを感じて、集中的に攻撃しようとしているのだ。
今までの戦いからこの化け物が高い知能を持っていることはわかっていた。それくらいやっても不思議ではない。
(厄介な野郎だ...!このままじゃレイナが持たねえ...!)
ワロウも必死で化け物に剣を叩きつけるが、相手の行動を妨げるほどの一撃は与えられない。このままでは...そう思ったとき、キール少年が叫んだ。
「...わかりました!やりましょう!」
「...その言葉を待ってたぜ!」
キール少年が決断してくれたのだ。万が一暴発でもしてしまえば、自分どころかワロウやレイナを巻き込んで自滅しかねない危険な賭けだ。よく決断してくれた。
「オレ達はどうすりゃいい!」
「時間をできるだけ稼いでください!でも、その間は援護できません!耐えてください!」
「...そいつぁ中々楽しくなりそうだ!」
今までキール少年の魔法の援護があって何とか戦えていたのだ。それが無くなってしまえば当然その分ワロウたちの負担はかなり大きくなる。
「後、できれば相手の動きを止めてほしいです!」
「注文の多い魔導士様だな!なんとかやってやる!」
(そういや制御が怪しいとか言ってたな...)
(動きを止めてやらねえと当てられねえか...)
「レイナ!聞こえたか!時間さえ稼げばあとは大魔導士様が何とかしてくれるってよ!」
「ああ...聞こえている...」
もうレイナはほぼ限界に近い。これ以上の時間稼ぎは厳しそうだ。となるとワロウ一人でこの化け物を抑え込む必要がある。
(...できるのか?オレに...)
相手はCランク冒険者のレイナを追いつめた魔物だ。ワロウ一人で抑え込めるような相手ではないことは確かだ。だが...
(できるできないじゃねえな。やるしかねえ...!)
もはやできるできないは関係ない。やるしかない。出来なければここで全員死ぬだけなのだから。




