第四十九話 見たこともない化け物
俺がレッドウルフを倒した余韻に浸っている頃、レイナが倒した後のレッドウルフになにか見つけたらしい。指さされた場所を早速のぞいてみると、そこには何やら紋様の書かれた板がのどのあたりに埋め込まれているのが分かった。
どうやらこれのせいで喉を傷つけても咆哮が使えるようになっていたらしい。なんて傍迷惑な...まあ、倒したんだからもう関係ないけどな。
俺がのんきにそう考えていると、ワロウの表情がかなり険しいことに気づいた。
俺よりも色々と頭が回りそうだし、色々と良くないことを想像しているのかもしれない。でも、今はもっと単純に喜んでいいと思うんだけどな。だってレッドウルフを倒したんだぜ?あのDランクの中でも強敵の。
そう思って、難しい顔をしているワロウの肩を強めに叩いて言ったのさ。
「おい、難しい顔するなってワロウ。今はレッドウルフに勝ったことを喜ぼうぜ?」
「ああ...まあ、そうだな」
ワロウは気が抜けた感じで返事をしてくる。なんだよ、その微妙な反応は。
「なんだよ、その気の抜けた返事は。お前が今日一番活躍したんだ。もっとはしゃいでくれよ」
活躍した奴が喜んでくれないと俺たちだって喜びづらい。そしたらなんて返事が来たと思う?
「一番活躍?オレが?なんの冗談だ」
「おいおい、そりゃこっちの台詞だぜ。なあ?」
一体何を言ってるんだって思ったぜ。どっからどう見たってお前が一番活躍してたに決まってるだろうが。
後ろにいた連中にも確認してみたけど、全員当然とばかりに頷いてくれた。そりゃそうだろう。
「だってよ、アイツの喉を攻撃してくれたのはお前だろ?そのおかげで咆哮が弱まったんだ」
「そうですよ!最後だって咆哮を無視して渾身の一撃を決めてくれたからこそ勝てたんですし」
「...そうね。洞穴潜ったときも助かったわ。あなたがいなかったらそのままレッドウルフの餌になってたと思うし」
反応が薄いワロウに対して、俺たちがワロウの活躍したところをあげていくと、当の本人は徐々にうつむき始めてしまった。なんだ。照れてるのかよ。
そして最後にソールが笑いながらワロウに促す。
「...だ、そうだが?感想はどうだね?」
「....うるせえ。喜べばいいんだろ喜べば。バンザーイ!ほらこれで満足か?」
ワロウは明らかにいやいやといった様子で投げやりに喜ぶふりをする。
そのあまりに子供っぽい照れ隠しに思わず笑ってしまった。俺だけでなく、キールもソールも、アンジェも笑っている。レイナはなんとかこらえて無表情を保とうとしているが、明らかに口がにやけている。
「...おら!笑ってねえでさっさと討伐証明を採っちまえ!」
ワロウはそう言ってそっぽを向いてしまった。これ以上からかうと、本当に怒り出しそうだからこれくらいにしといてやるか。
そう思って、レッドウルフの亡骸に近づいた時だった。どこからか戦闘音が聞こえてきた。..そこからが地獄の始まりだということを俺はまだ知らなかった。
「...なあ、なんか聞こえてこねえか?」
討伐証明をとるために近づいたウシクが辺りをキョロキョロし始めた。どうやら何かが聞こえているらしい。ワロウも耳を澄ませてみると、確かに争うような物音が聞こえているような気がする。
(なんだ...?こんなところに誰かいるってのか)
考えられる可能性は主に二つ。同業者が魔物を狩っているか、それともここを通ろうとした商隊か何かが魔物か盗賊に襲われているのか。
ここら辺はそれなりに人通りがある。それを狙って盗賊が湧く可能性もなくはないが、この草原では身を隠しづらく、あまり追いはぎには向いていなさそうだ。
ということは魔物に誰かが襲われているのだろうか。
ワロウは物音がする方向に目を凝らしてみた。だが、そこはちょうど丘が邪魔になっていて見ることができない。
「ちょっと僕、様子を見てきましょうか?」
「そうだな...ちょっと見てきてもらっていいか?」
キール少年が様子を見に行ってきてくれるらしい。余計なことに首を突っ込みたくはないが、何かあってもそれはそれで困る。念のため...というやつだ。
だが、その必要はすぐになくなった。キール少年が動き出す前に、その戦闘音は一気にワロウたちの方へ近づいてきたのだ。
「ね、ねえ!こっちに来てない!?」
「...そうだな。まあ、様子を見る手間が省けたと思えばいい」
慌てるアンジェに対して、ソールはややのんきに返事をする。このあたりの敵は出てきてもせいぜいDランク程度なので、大したことは無いと思ったのだろう。
そんな会話をしているうちに、音がすぐそこまで聞こえてきた。ワロウたちが目を凝らすと、そこには複数のオークらしき姿が見えた。どうやら奴らが音をだしていたらしい。
「....あれは...オーク?」
「面倒だな...見つからないようにしたいが...」
普段であればそこまで大した相手でもないのだが、レッドウルフを倒した後のこの疲弊した状態では、例え相手がゴブリンであってもこれ以上の戦闘は勘弁願いたいところだ。
だが、よく見てみると、事態はそう簡単ではないようだった。オークたちは必死な様子で一目散に草原を駆け抜けていた。その様子は何かを追いかけているというよりかは、何かから逃げまどっているように見えた。
「...何かから逃げているのかしら」
「そうですね...何から逃げているんでしょう...?」
魔物であるオークはそれなりに好戦的だ。同じ位の強さの相手ならああも逃げまどうことは無いだろう。ということはつまり、オークよりもはるかに強い魔物が追ってきている可能性がある。
(...こりゃ厄介事かもしれん)
ワロウは嫌な予感がしていた。こうして逃げる魔物を見るのは二回目だ。一回目は変異種の大蜘蛛から森狼が逃げたとき。このときは直接逃げているところを見たわけではないが、縄張りが変わっていたことから逃げていたと推測できる。
そして二回目がちょうど今なのだが...オークが逃げるほどの相手だ。あの大蜘蛛並みに厄介であっても不思議ではない。
ワロウたちがそのオーク達の様子を注視していると、その後ろから何かが迫っているのが見えてきた。
「な、なんだありゃ!?」
ウシクは思わず声をあげてしまった。それはあまりにも奇怪な生き物だったからだ。
その魔物は複数の魔物を合成したような2足歩行の巨人だった。本来、それらは一体になることは無いはずだ。だが、その化け物はまるで子供がつぎはぎして作ったぬいぐるみのように、全く異なるパーツが一つになって、そして動いている。
ワロウの背筋に冷たいものが走る。まるで見てはいけないものを見てしまったような感覚だ。しかし、その感覚を覚えざるを得ないほど、その姿は奇妙で、そして不気味だった。
その現れた化け物のあまりに衝撃的な姿に、ワロウたちは呆然としてしまった。その間に逃げまどっていたオークたちがこちらの姿に気づいたようだ。
何やらこちらを指さして、何かを言っている様子が見える。どう考えてもいいことではない。
次の瞬間、今までワロウたちの前を横切るようにして逃げていたオークたちが一斉に向きを変えてこちらへと向かってきた。
「...こっちに向かってくるぞ!」
こちらに押し付けようというつもりなのだろうか、オークたちはこちらに目掛けて一目散に駆け込んできている。
(こりゃあ...マズいな)
「ウシク、あのバケモンがオークに構っているうちにさっさと逃げた方がいいぞ!」
「あ、ああ...そうだな。よし、逃げるぞ!」
現れた化け物に対して、衝撃を受けていたワロウたちではあったが、あの化け物をこちらに押し付けられるのは当然許容できるはずもなく、ウシクの号令の下、一気に退却を始めるのであった。




