四十七話 ウシクの回想Ⅲ
レッドウルフのいる丘は思ったよりも町から離れていた。
そこまでずっと歩き続けていたので、アンジェとキールは結構しんどそうな表情をしていた。かくいう俺もそれなりに疲れてたんだが、それとは対照的にピンピンしてたのがワロウだった。
話を聞くところによると、旅に出る前は、ほぼ毎日森の中を5~6時間も歩き回っていたらしい。普通の平原を歩くよりも森の中を進んでいく方が何倍も大変なのにもかかわらずだ。
そりゃ、この平たんな道を2~3時間歩く程度のことなど大したことじゃないんだろう。それにしてすげえ体力だよな。慣れればいけるものなのか...?
その後俺たちはレッドウルフの痕跡を求めてあちこちを彷徨った。この広大な範囲の中で探すのは骨が折れる仕事だと思ったけれど、ワロウがあっさりとレッドウルフの痕跡を見つけてくれた。
こういうことは慣れているらしい。...やっぱこういうのは経験がものをいうってやつなのかな。正直俺は魔物の痕跡を追いながら探し回るなんてことやったこともなかった。普段であれば、いたら狩るし、いなかったらまた別の日に来るってことを繰り返してた。
でも、こうやって実際にその知識が有効活用できるところを見ると、そういった知識も勉強したほうがいいのかな...という気持ちになってくる。
ワロウが見つけてくれた足跡を辿っていくと、一つの雑木林にたどり着いた。木が結構生えているので、ここなら体格の大きいレッドウルフでも姿を隠せそうだ。
さっそく手分けして探してみたんだが、なかなか奴の棲み処は見つからなかった。足跡とか体毛は見つかるけど、それだけだ。
俺が諦めて元の場所に戻ると、アンジェとソールも戻ってきていた。彼らもどうやら棲み処らしきところは見当たらなかったようだ。
俺たちがどうしようかと相談していると、そこにキールとワロウが戻ってきた。話を聞くとキールが怪しい洞穴を見つけたので、近くにいたワロウと一緒に中を確認してきたみたいだ。
で、その結果を聞くと、まさに当たりといった感じで、中に何者かが寝ているようだ。しかもその洞穴にはレッドウルフの痕跡が残っていたという。これは...間違いないな。
早速全員でその洞穴の前に行くことにした。実際洞穴までついてみると、人一人が経って入れるくらいその洞穴は大きく、また奥にも続いているようで、その先は真っ暗だった。
「こりゃ...中々雰囲気あるな...」
「ちょ...ちょっと...変なこと言わないでよね...」
思わず本音が漏れる。なんというか...魔物というよりは化け物が出てきそうな雰囲気だ。まだ昼だってのに真っ暗な洞穴の中が余計にそれを連想させる。
それで、全員で洞穴の中に突入しようとしたんだが、ワロウとキールに止められた。洞穴の中は全員で戦えるほど広くもないし、中は真っ暗でそもそも戦えるような状態ではないとのことだ。
じゃあ、外まで引っ張ってくるしかないな...ということで遠距離から攻撃して起こした後に、洞穴の入口まで逃げてくるという話になった。となると攻撃役は必然的に...
「じゃあ、私かキール君?」
「そうだな。射程が長い方がやればいいんじゃねえか」
話してみた結果、どうやらアンジェの方が射程は長そうだ。ということで、アンジェに攻撃役を任せることになった。
「うう...私が攻撃しなきゃいけないのね...」
「やっぱり僕がやった方が...」
「いえ。いいの。キール君は後ろで待っていて」
アンジェはレッドウルフ相手に一撃食らわせて逃げ切らなければいけないということに少し及び腰になっているみたいだ。まあ、気持ちはわかる。一人だと、何かあったらそれでおしまいだしな...
「...一応オレもついていく。ちょっと不安だからな」
「え!ホント!助かるわ!」
ワロウが自分もついていくと言いだした。まあ、一人で行かせるのも不安だからそれはいいんだが...
一応俺が行くと提案してみたけど、走る速さを理由に断られた。確かに俺は結構重装備で来ているので、逃げるとなるとあまり向いていないというのはある。
一方でワロウは盾も持ってるがそこまで大きくないし、防具は...何かの皮か?見たことのない素材で作られている防具で、金属製の物よりは軽そうだ。
逃げるだけならワロウの方が良いだろう。そう思って任せることにした。
しばらくすると、中から足音が聞こえてきた。レッドウルフはおびき寄せられたのだろうか。気になって洞穴の中を目を凝らしてみるけど、その姿は見えない。途中で曲がっているのかもしれないな。
すると次の瞬間、足音が急に止んで、何やら争う音が聞こえてきた。...もしかして追いつかれたのか!?
俺が慌てて洞穴の中に飛び込もうとすると、ソールがそれを止めてきた。
「待て。今迂闊に俺たちが入ると奴らの逃げ道を塞ぐことになるぞ。慎重に行動したほうがいい」
「あ、ああ...そうか。悪い、つい頭に血が上っちまった」
ソールの言う通りだ。アイツらが必死になって逃げているところに俺たちが前から押し寄せたら逃げ道を塞ぐことになる。迂闊には入ってもいい結果は得られない。
「よし、今アイツらの足音が途絶えてるだろ?あと30数えて聞こえてこなかったら逃げるのに失敗したと判断して突入する」
「...了解だ」
「わ、わかりました!」
そこから時間が経つのが急に遅くなったように感じた。一つ...二つ...と発声する俺の声だけが辺りに響く。そして後10秒になったときだった。
タッタッタ....
走る足音が洞穴の奥から聞こえてくる。
「!!聞こえました!足音です!」
「よし!逃げ切れたのか!?」
すぐにアイツらが穴から飛び出してきた。途中で立ち止まっていたようだから何がしかの戦闘はあったと思ったんだが、意外と傷一つなく出てきた。幸運だった...ということか?
何はともあれ、レッドウルフをおびき出すことに成功したのは間違いない。しかも、洞穴から出てきた奴は急に明るいところに出たせいで目くらまし状態になっている。
今だ!今しかない!
強敵相手に一方的に攻撃を叩きこめるチャンスだ。俺たちは全員でレッドウルフに突撃すると矢継ぎ早に攻撃を仕掛けた。
(...クソ!攻撃がうまく入らねえ...!)
だが、全力で切り付けたのにもかかわらず、俺の剣は奴の体の上をむなしくすべるだけだった。
レッドウルフはその巨体に見合った皮の厚さをしているようだ。全力で剣を叩きつけたが、あまり大きなダメージにはなって無さそうだ。
ソールも槍で攻撃を仕掛けていたが、あまり奥まで刺さっていっていない。奴の攻撃もあの分厚い皮に阻まれたんだろう。
アンジェとキールの攻撃もあまり効いていない。そもそもアンジェは短剣、キールは細剣で一撃の威力を求めるような武器じゃない。
有効打がないということは、かなりの長期戦を覚悟する必要がある。これは俺の指揮次第で大分結果が変わってくるだろう。そう思って気合を入れなおしたとき、それは起こった。
ワロウがレッドウルフに攻撃を仕掛けた。その一撃はきれいな円弧を描いてレッドウルフに迫ってゆき、そして奴の体を一瞬で切り裂いた。
(....!!通ったぞ...!)
正直、かなり驚いた。まさかここまでの一撃をワロウが放てるとは思ってもみなかったからだ。驚きのあまり、戦闘中にも関わらず、俺の思考は完全に停止してしまっていた。
「ウシク!こっからどうする!」
ワロウに名前を呼ばれてはっとする。そうだ、今は呆けている場合じゃない。俺がこのパーティのリーダーなのだ。方針を決めなくてはならない。
今一番相手に有効打を与えられるのはワロウだ。で、あればワロウを中心として、その他はサポートに回ればいい。
「よし!オレとソールで足止めをする!キールとアンジェは距離をとって遠距離攻撃で援護!ワロウは隙を見つけて攻撃しまくってくれ!」
「了解だ!」
その後は俺たちの連携もうまくいったのもあって、割と一方的にレッドウルフに攻撃を仕掛けることができた。
散々攻撃を仕掛けられてボロボロになったレッドウルフ。しかし、そこからが本番だったんだ。




