第四十一話 咆哮の威力
「マズい!そいつの攻撃は耐えきれねえぞ!」
ワロウが叫ぶ。先ほどレッドウルフの一撃を受け流そうとして失敗したワロウにはわかっていた。奴の攻撃はその体重もあってか受け流すには相当な技術が必要なのだ。
ワロウは腕輪の力によって盾の扱いが上達したので二回目はなんとか受け流しきったものの、ウシクに同じことができるかはわからない。
ワロウが忠告を叫んだ瞬間、レッドウルフの体重を乗せた一撃がウシクを襲った。その攻撃自体は盾で防ぎ切ったものの、ウシクは大きく姿勢を崩した。ワロウのようにふっ飛ばされないだけましだが、当然その隙は大きい。
レッドウルフはそれを好機と見たのか、再度ウシクに攻撃を仕掛けようと構える。今度こそまともに喰らってしまうかもしれない。
ワロウが慌ててウシクのフォローに入ろうと駆け出したとき、今度はアンジェの矢がレッドウルフの攻撃を妨害した。その矢はレッドウルフの頭に当たったのだ。
その分厚い頭蓋骨に阻まれ、突き刺さりはしなかったものの、頭に一撃を喰らったレッドウルフは再度攻撃の芽を摘まれてしまった。
「アンジェ!ナイスだ!」
「あ、危なかったじゃない!あんまり矢も残ってないからあまり当てにしないでよね!」
最初、洞穴の中でワロウの援護をしてくれた時に大半の矢を消費してしまったようだ。本人の言う通り、彼女の矢筒にはもう数えるほどしか矢が残っていなかった。
レッドウルフは攻撃を止めてきたアンジェのことをにらむが襲おうとはしてこない。その瞬間に他の連中から攻撃されるのがわかっているのだろう。
そこから先は同じようなことが続いていった。ソールとウシクで攻撃をしつつレッドウルフの隙を作る。そしてその隙にワロウが攻撃する。
レッドウルフが反撃してきたら、キール少年かアンジェが遠距離攻撃で妨害する。若しくはウシクが何とか防御して攻撃を失敗に終わらせる。
最初の一回こそ大きく姿勢を崩したウシクだったが、二回目以降はやや姿勢を崩されつつも見事に攻撃を受け切っていた。元々普段から盾役として活躍しているようだし、ワロウとは経験量が段違いなのだろう。
その一連の中で、ワロウの攻撃もそれなりに深手を負わせていたし、ほかのメンバーの攻撃もちまちまとだがそれなりのダメージを負わせていた。
レッドウルフの体は徐々に赤い色に染まっていった。もちろん元の体毛の色のことではない。流した血の色だ。かなりダメージを与えたと言ってもいいだろう。
そして、その瞬間は訪れた。今まではこちらを狙って飛びかかってくるか噛みついてきたレッドウルフが、急に静かになって立ち止まった。嫌な予感がした。
「...くるぞ!」
次の瞬間、レッドウルフが構える。間違いない。レイナから聞いていたあの”咆哮”を放つつもりなのだ。ワロウは咄嗟に距離をとろうと後ろへと下がる。次の瞬間、ワロウのすぐ後ろにいたウシクとソールがへたれこむようにして崩れ落ちた。
その一方で距離をとっていたキール少年とアンジェは大丈夫そうだった。これもレイナが言っていた通り有効距離が狭いのだろう。
(...?)
だが、一つおかしなことがあった。なんとそのレッドウルフの咆哮はワロウにも効いていなかったのだ。
確かに後ろへと下がりはしたが、ワロウよりも遠くにいたはずのウシクとソールがやられているということは、ワロウも射程範囲内にいたはずなのだ。だが、ワロウには効いていない。
だが、理由はよくわからないがこの効いていないというのは大きなチャンスだった。レッドウルフは咆哮の構えをとっていて、隙だらけだったのだ。攻撃するなら今しかない。
だが、ワロウは咆哮に対して後ろに下がっていたために、咄嗟の反応ができなかった。
その隙にレッドウルフは動き出し始め、倒れた二人を狙って攻撃してくる。ワロウは慌ててそれを止めに行った。
レッドウルフにそのまま切りかかると、レッドウルフは嫌そうな表情をしながらその攻撃を避けた。
ワロウの攻撃はかなり警戒されているようで、レッドウルフは倒れた二人よりもワロウの方へ対応することにしたようだ。
「ワロウ!大丈夫なの!?」
アンジェが弓でレッドウルフをけん制しながらワロウに聞いてくる。咆哮を喰らってもピンピンしているワロウに驚いているようだ。
「ああ!問題ない!」
相変わらず二人を攻撃してこようとするレッドウルフだったが、アンジェやキール少年の遠距離攻撃と、ワロウの妨害で思うように動けない。
業を煮やしたようにワロウに向かって前足を振り下ろしてくるも、腕輪の効果で盾の使い方が上達したワロウになら何とか受け流すことができた。
(...間違いねえな。大分盾の使い方がわかるようになった)
そのままワロウはアンジェやキール少年の援護に助けられつつレッドウルフの相手をしていたのだが、ウシクとソールが中々起きてこない。どうやらダメージは深いようだ。
いくら今何とか耐えているとは言っても、このままレッドウルフの猛攻を防ぎきるのは難しい。二人に早く復活してもらわなければ、このままやられてしまうだろう。
ワロウの心に焦りが生じ始めていた時、ようやくワロウの視界の隅でウシクとソールが立ち上がるのが見えた。
「おい!大丈夫か!」
「悪い!すぐに参戦する!それにしてもワロウ!お前、良く倒れなかったな!」
「まあな!」
ウシクは根性でワロウが耐えたと勘違いしているようだ。もちろんそんなことはなく、そもそもワロウには何か攻撃が来たということすらわからなかった。ワロウにだけ効かなかった理由はいまだによくわからない。
ソールがレッドウルフの足を執拗に狙いながら、先ほどの咆哮についてぼそりとつぶやいた。
「あの咆哮...厄介だな。見えないし、避けられん」
「そうだなあ...おっと!」
レッドウルフが大きく前足をウシクに向けて振り下ろす。ウシクも何回も攻撃を防御していたことによって、慣れたようで少し押されつつも受け流しきる。
そして、その隙にまたワロウが攻撃を仕掛ける。だが、ワロウの攻撃は最大限に警戒されている。レッドウルフがその斬撃を避けようとしたその瞬間。水玉がレッドウルフの顔面にぶち当たった。キール少年の援護射撃だ。
その攻撃に思わずよろめくレッドウルフ。当然回避行動をとることはできない。千載一遇のチャンスだ。
ワロウは一番厄介な咆哮を防ぐために、喉元目掛けて思いっきり斬撃を喰らわせた。レッドウルフは器用にその攻撃から身をそらそうとしたが、避けきれず喉元を切り裂かれた。
切れた部分から血が流れだす。致命傷とまではいかないが、このケガでは吠えることはできないだろう。これで咆哮はできなくなったはずだ。
「でかした!これで一気に決められるぞ!」
ワロウの攻撃がレッドウルフの喉元を切り裂いたのを見て、ウシクが歓喜の声をあげる。
レッドウルフの厄介な咆哮さえ封じてしまえば、後はじわじわと攻撃していけば倒せるだろう。
勝利は目前である。誰もがそう思った。
次の瞬間、レッドウルフが再度咆哮の構えをとった。当然喉はワロウに切り裂かれたばかりで吠えることなどできないはずだ。それなのに何故...?
ワロウが勘ぐっている一方で、ウシクは好機と判断したようだ。使えない咆哮を使っている間ならば、隙だらけなのだからそう判断してもおかしくはない。
「よし!今だ!全員で攻撃を仕掛けるぞ!」
ウシクとソール、ワロウの3人でレッドウルフに詰め寄り攻撃を仕掛けようとする。次の瞬間だった。ワロウは脳を直接揺さぶられるような凄まじい不快感とめまいを覚えた。当然立っていることなどできない。
そのまま地面に倒れ伏すと、近くで同じように倒れる音が二つ聞こえた。立っていた位置からしてウシクとソールだろう。
『激しい魔力干渉を確認しました。付近に敵性生物有。危険と判断し、耐性スキルの取得を検討します』
ワロウが咆哮を喰らった瞬間に、腕輪がピカピカと光り反応し始めた。だが、ワロウはそれどころではなく全く気付いていない。
『耐性スキルの検討が終了しました。”魔力干渉耐性D”を取得します。所持エーテルを消費します』
(ぐ...さっきよりは大分マシになったな...)
(喰らうとかなりやばいが、時間はそこまで長くないのか...?)
急に続いていた不快感が和らいだ。実際は耐性を取得したからだが、腕輪に全く気付いていなかったワロウは、効果時間が短いものだと勘違いしていた。
「ちょ、ちょっと!なんで!」
「ダメです!アンジェさん!今はレッドウルフを妨害しないと!」
あまりに予想外な出来事にアンジェはかなり取り乱しているようだった。ワロウには声しか聞こえなかったが、それが容易にわかるほど声が震えていた。
その一方でキール少年は冷静だった。今、前衛の3人が倒れてしまっている以上、レッドウルフの相手をできるのはキール少年とアンジェしかいない。
逆に言えばその二人でレッドウルフを止めてくれなければ倒れている3人はそのままレッドウルフの餌食になってしまう。
そのキール少年の言葉に正気を取り戻したのか、アンジェは”ごめん!わかったわ!”と返事をしてレッドウルフの妨害を始めた。キール少年も、水魔法でレッドウルフを狙い撃つ。
だが、遠距離攻撃だけでは不十分だった。レッドウルフは二人の攻撃を喰らいつつも倒れている3人を先に始末することを優先したのだ。
最初に狙われたのはワロウだった。この中で一番レッドウルフにダメージを与えているからだろう。ワロウ自身も必死になって抵抗しようと立ち上がるが、まだ先ほどのダメージから回復しきれていなかった。
ふらつくワロウの目の前にレッドウルフが現れる。ウシク、ソールはまだ動けない。アンジェとキール少年の攻撃は続いているが、それをものともせずワロウに攻撃を仕掛けてきた。
絶対絶命だ。そう思ったその瞬間。レッドウルフの体がぐらりとよろめいた。
(...!なんだ?)
ワロウが思わず目を見張ると、そこには一人の人物が立っていた。




