十二話 駆け出し冒険者との遭遇
数日後、ワロウは森へと向かっていた。部屋に引きこもって悩んでいても仕方がないと考え気分転換に薬草を採りに行くことにしたのだ。
いつもの採取場所に向かう途中、ワロウは森の中を進んでゆく3人組を見つけた。
(なんだ?あいつらは...見かけねえ顔だな)
その3人組はまだ若いというよりも、幼さが見える顔立ちでまだ15歳くらいの年齢に見えた。ワロウはディントンの町の冒険者の顔をほとんど知っている。
しかし、今前にいる3人組の顔は誰一人として見たことがなかった。少し気になったワロウは声をかけようと3人組に近づいた。すると3人の会話が耳に入ってきた。
「...ハルト...本当にいくっすか?」
「当たり前だろ。今更何言ってんだよ」
「いや...やっぱり危険すぎると思って...なあシェリー」
「そうですね...私もちょっと危ないと思います...」
「ほら、シェリーもそう言ってるっす」
「おいダッド!お前最初は賛成してたじゃないか!大体なあ....」
ハルトと呼ばれた先頭を歩く少年がダッドと呼ばれた少年に話しかけようと振り向く。
そして、後ろから近づいてきていたワロウとばっちり目が合った。
「うわああああ! 誰だよおっさん!」
ハルトの叫び声に驚き、ダッドとシェリーの二人もこちらへと振り向く。
「う、うおおッ!本当だ!いつのまに!」
「きゃあっ! だ、誰ですか?」
いきなり自分の後ろに見知らぬおっさんが現れたら驚くのも無理はないと思うが、近くで叫ばないでほしい。ワロウは少し顔をしかめつつ、誰何の質問に対して答えた。
「.....うるせえガキどもだな。オレはワロウ。ディントンの町の冒険者だよ。お前らこそどこの誰だ?町じゃ見かけねえ顔だが」
「は、はい! 俺たち1週間くらい前にここに来たっす。あ、俺はダッドっていいます。後ろの女の子がシェリーでチビがハルトです」
「誰がチビだ! このやろう! 」
「あっ殴ったすね! それにチビなのは事実っす! 」
「あ、ちょっと...人の前だから喧嘩はやめましょうよ...」
(やれやれ、話す前に喧嘩がおっぱじまっちまったぞ...)
ワロウは、とりあえず目の前で喧嘩している二人を無視して、近くでオロオロしている女の子に話しかけた。先ほどの3人の会話の内容が気になっていたので、話を聞こうと思ったのである。
「シェリーって言ったか?ちょっと話を聞きてえんだけどよ」
「はい...なんでしょう」
「さっき、危ねえとかなんとか言ってたよな。なんのことだ?」
「あ...えーと、それは...」
シェリーが視線を宙にさまよわせ、言葉に詰まっていると、ハルトが口をはさんできた。
どうやら喧嘩の方は一時休戦となったようだ。
「なんだよ。おっさんには関係ないだろ」
「ちょっとハルト、失礼ですよ」
「町の近くで危険なことをされると困るんでな。それとも話せないようなことでもたくらんでたのか?」
ワロウがすこし脅すように聞くと、ダッドは慌てたようにぶんぶん首を振りながら否定した。
「いや、全然! そんな悪いことなんか企んでないっす! ちょっと、この先の魔物を狩りに行こうって話をしてただけなんすよ」
「この先...?」
ワロウが彼らが進んでいた方向をみると、その先は元々森狼が縄張りにしていた場所、つまり今は大蜘蛛がうろついている場所へとつづく道だった。ワロウはもしやと思い更に質問を重ねた。
「なんてやつだ?」
「え?」
「なんて名前の魔物を討伐しに行こうとしたんだ」
「そ、それは...」
「“八目大蜘蛛”だよ」
「あ、こら! 勝手に話すなよハルト!」
「なんでだよ。別にいいだろ、それぐらい」
(ハァ...やっぱりな。....面倒だがほっとくとそのままいっちまうかもしれん)
ワロウは自分の予想が当たってしまったことに落胆していた。この3人を説得して止めるのが面倒だからである。特にハルトという少年は自分の実力に自信を持っているのか堂々と自分たちが大蜘蛛を倒しに行こうとしていることを話した。こういった手合いを止めるのはワロウの経験上非常に面倒なことだった。
かといって無視すると、この3人では大蜘蛛に勝つどころか逃げ切れるかも怪しい。流石にこのまま死なれると寝覚めが悪いのでワロウは一応引き留めることにした。
「...大蜘蛛はやめておけ」
「なんでだよ! 大蜘蛛のせいで被害が出てるんだろ?オレたちが退治してやるよ!」
「お前ら、ランクは?」
「全員Eだけど..だからなんだよ」
「ギルドに掲示してあっただろ。Eランク以下の冒険者は大蜘蛛に接触することを禁ずるって」
下手にランクの低い冒険者が、上級の魔物に手を出すとその本人が死んでしまうどころか、その魔物を刺激して周囲にいらぬ被害を及ぼす可能性がある。
なので、ギルドでは強い魔物が出た際にはある一定以上の強さの冒険者以外の接触を禁じることがある。今回の大蜘蛛も同じで、Eランク以下は接触禁止となっていた。
「ええっ!聞いてないぞ!」
(掲示板も見てないのかよ...基本中の基本だぞ)
ギルドの掲示板は文字が読めないものでもわかるよう簡単な絵や記号で連絡事項を記載している。その記号の見方などはギルドに登録するときに真っ先に教えられ、依頼を受けるときや討伐に向かう前に必ず掲示板を確認するように言われる。
今回のように、新たな魔物がいたり、元々いた魔物でもいる場所が変わっていたりすることがあるためである。
(ホントにこいつらEランクもあるのか?まだ子供だし、怪しいな...)
Eランクは決して低いランクではない。冒険者のランクは最初Hから始まってG,F,E,D,C,B,Aと上がっていく。一般的にはDランクで一人前といわれており、その一歩手前のEランクは当然それなりの知識や実力が必要になる。
掲示板の確認という基本的なことを忘れている、もしくは知らないといったことは考えにくかった。
「お前ら、ちょっとギルドカードを出せ」
「な、なんでだよ?疑ってるのか、俺たちを」
「ハ、ハルト、早く見せたほうがいいって...別にやましいこともないし...」
そう言って、ダッドがギルドカードを取り出すと、シェリーもおずおずとじぶんおのギルドカードを差し出した。それを見てハルトもしぶしぶ自分のギルドカードをワロウに渡した。
ワロウはカードを受け取るとそれぞれを太陽に透かして見た。するとある模様が透けて見える。ワロウはその模様を見て驚いた。
「お前ら、迷宮都市の出身だったのか」
(なるほどな、迷宮都市出身ならギルドの常識のことをあまり知らなくても不思議じゃない)
迷宮都市はその名のごとく迷宮があちらこちらにある都市のことである。迷宮は何回層かで構築されているダンジョンのことで、普通の森や平原などとは全く異なる環境である。
迷宮都市のギルドは迷宮を専門としているため、普通のギルドと異なることが多い。
ワロウも昔迷宮都市出身の冒険者と一緒に仕事をしたことがあるが、常識が違いすぎて非常に苦労した思い出がある。
「え、な、なんでわかったんすか?」
「知らないのか?ギルドカードを透かすとカードを取得した都市のマークがみえるんだよ」
「へえ。そうなのか」
「し、知りませんでした...」
とりあえず、これでわかったことが二つある。ギルドカードが本物だということと目の前の子供たちが本当にEランクであるということだ。
「疑って悪かったな。返すぜ」
ワロウがそれぞれにカードを返すと、3人は興味深そうに自分のカードを太陽にかざして、模様を見始めた。
「おっ! 本当だ。オレらの町の模様が見えるぞ!」
「す、すげぇ。こんな機能があったんすね...」
「すごいきれいですね...ギルドの人たちが作ってるのでしょうか?」
「いや、この透かしは魔法装置を使って作ってる。その魔法装置はギルド以外に所持は禁止されてるし、内部に古代の魔法装置が一部使われてるからな。偽造も不可能に近いってわけだ」
古代の魔法装置とはその名の通りはるか昔の古代文明が使っていたとされる魔法装置のことを意味する。ときおり遺跡から見つかるほかダンジョンから見つかることもあり、その仕組みは非常に複雑で現在の技術でコピーすることはほぼできないといわれている。
「さて、豆知識は置いておいて、だ。さっきの話に戻るけどよ。お前らは大蜘蛛とは接触禁止だ。今日は町に戻るんだな」
「えー、けち臭いこと言うなよ、おっさん。別に見逃してくれてもいいだろ?」
「ダメだ。ボルドーに言いつけるぞ。」
「誰だよ、ボルドーって」
「お、おいハルト、ボルドーってディントンのギルドマスターだろ?やばいって...」
「今日は戻りましょう、ハルト。他に魔物の情報も仕入れてないですし」
ハルト以外の二人はそもそも乗り気ではなかったこともあり、町に帰ることに賛成のようである。しかし、ハルトは不満そうな顔で文句を言う。
「でもよ、大蜘蛛倒さないともう金がないぞ」
「うッ...まあ、確かに...」
「迷宮都市から依頼を受けてませんからね...どうしましょう...」
どうやら彼らは金欠のようだ。
困っている様子の3人を見かねたワロウが口をはさむ。
「今日はディントンに戻って、明日適当な依頼を受ければいいだろうが」
「大きな討伐依頼がないから困ってるんだよ。この町、採取依頼と護衛依頼ばっかじゃないか」
言われてみるとワロウには心当たりがあった。ディントンの町は森と平原に囲まれているが、平原の方にはあまり強い魔物が出てこないのだ。逆に森の奥の方に行けば強い魔物もいるが町の近くまで出てくることはほぼないため討伐対象にはならない。
なので、平原の魔物が討伐対象となるのだが弱いので報酬も大したことがない。3人分の生活費を稼ぐのは厳しいだろう。
また、護衛依頼は信用と実績が必要となる。この町に来たばかりのしかもEランクの3人では受けるのは難しいだろう。
「お前ら、採取依頼は受けたことないのか?」
「ないっすねえ。迷宮都市じゃ採取依頼なんてなかったっすから」
「この町の採取依頼も見てみたんですけど、全然わからなくて...」
無理もないとワロウは思った。採取依頼はある一定の知識が必要となってくる。
ディントンの町では先ほど述べたように討伐依頼があまりないため、採取依頼が中心に冒険者たちは生計を立てている。そのため初心者冒険者に対しては先輩冒険者がその技術を教えているのである。
しかし、迷宮都市出身の彼らはそんな技術のことを知るわけもなく採取依頼を受けることができない。
(さて、どうしたもんかね...)
ワロウは彼らの窮地を助ける手段を思いついてはいた。ただ、わざわざそのことを今あったばかりの3人に伝える義理はない。
困った様子で話し合っている3人を前にワロウは少し考えこむのであった。
 




