三十六話 レッドウルフの痕跡
ウシクに場所を割り振られた後、ワロウは自分が割り振られた場所を丹念に調べていた。
すると、奥の茂みの方で草が倒れているのが見えた。
(あれは...獣道か)
同じ道を何度も通れば、そこの部分の草が倒れて踏み固められ道となる。もしかしたらレッドウルフが使った通路の可能性もある。ワロウはさらに近づいて調べてみることにした。
(!...これは...)
倒れている草の茂みの辺りを探っていると、地面になにやら大きな足跡がついていることに気づいた。
(足跡だな...)
(かなり大きい...レッドウルフのものか...?)
その足跡はかなり大きく、ワロウの顔ほどもある。その持ち主の大きさも相応に大きいことが察せられた。またその形も森狼の物をそのまま大きくしたような形状をしている。
この大きさでなおかつ狼系統の足跡。まず間違いなくレッドウルフのものとみて間違いないだろう。
(この着き方...多分昨日の足跡だな...)
ワロウはディントンの森に安全に潜るために、死ぬ気で森狼達の行動や縄張りを調べ上げたことがある。その経験から足跡を見れば、大体いつついたものなのかを判別することができた。
(意外と近くにいるのか...?)
とりあえず、痕跡を見つけることができたので仲間たちへ伝えることにする。幸いなことにまだ探し始めた直後だったので、彼らはまだ遠くに行っておらずすぐに見つけることができた。
一回仲間を集めるために、ワロウは周囲に大声で呼びかけた。
「おーい!こっちに足跡があるぞ!」
「え!ホントですか!」
割とワロウの近くで探していたキール少年が真っ先に駆けつけてきた。ワロウが足跡の方を指さすと、キール少年は驚きの表情でそれを見つめた。
「ホントだ...これがレッドウルフの...」
「この足跡だと...あっちの雑木林の方に向かっているようだな」
足跡の先の方を眺めてみると、そこは雑木林となっていて中の様子を伺うことはできない。見た目は普通の雑木林で何も物音は聞こえてこない。だが、レッドウルフがそこに潜んでいると考えると少々不気味にも感じる。
ワロウとキール少年が話をしている間に他の面々も集まってきた。皆でその足跡を見ていたが、ウシクがふと疑問をぶつけてきた。
「これ、レッドウルフの足跡なのか?確かに大きいけどよ...」
「少なくとも狼系統の足跡には間違いない。森狼の足跡なら腐るほど見てるんでな」
今までワロウは十数年間森狼をうまく避けながら森での採取を続けてきた。レッドウルフの物かどうかは定かではないが、この足跡は間違いなく狼のものだ。
「成程な...この大きさとこの辺で見かける狼系統の魔物...おそらくレッドウルフで間違いないだろう」
ソールはワロウの言いたいことにすぐに察しがついたようだ。周り説明するように補足をしてくれた。
それで、他のメンバーもこの足跡がレッドウルフのものだと納得したようだ。だが、アンジェが浮かなさそうな表情をしている。
「でも...これ、いつ付いたのかしら。結構前だったらあまり意味ないかもしれないわ」
確かにあまり前の足跡では大して手掛かりにならないだろう。だが、それに関しても問題ない。ワロウの見立てではこれほどはっきり残っていれば、おそらく昨日ついたものだと見当がついていたからだ。
「付き方からいって昨日に付いたものだと...ん?」
「ど、どうしたんですか?」
そのことを説明しようとしたワロウだったが、その途中であることに気づいた。
(そういや昨日、雨降ってたよな...)
雨が降っていれば、足跡は消えてしまう。そして昨日ワロウが試験から戻ってきたときには結構な勢いで雨が降っていた。記憶が正しければそれはワロウが寝る前まで降り続いていたはずだ。
(ということは...この足跡が付いたのはその後...)
ワロウが寝た後にこの足跡がついた。つまり、レッドウルフは夜の間に移動をしていたことになる。それは...
(夜行性か!森狼も夜行性だからな...その可能性も十分にありうる)
「おーい。どうしたよ?いきなり黙っちまって」
言葉の途中で止まってしまったワロウに、ウシクがどうかしたのかと尋ねてくる。ワロウは慌てて今の予想を話すことにした。
「いや...昨日、雨が降ってただろ?雨が降れば足跡は消える。だからこの足跡が付いたのは昨日の雨が止んだ後だ」
「...!確かにそうね」
「ということはだ。レッドウルフは夜行性の可能性が高い。昨日の雨は夜までずっと降っていたからな」
ワロウの予想に、仲間たちは不意を突かれたような表情をした。全く予想だにしていなかったようだ。
確かにワロウは森狼という身近な例があったが、魔物全体から見ると夜行性の魔物というのはそこまで多くはない。ウシク達がその可能性を見落としていても不思議ではなかった。
「夜行性...か。確かにその可能性もあるな。ちょっと迂闊だったぜ」
「えー!じゃあ夜にここに来なきゃいけないわけ?」
アンジェがうんざりといった様子で文句を垂れる。まあ、気持ちはわからないではない。町から数時間かけて来たのにも関わらず、もう一度夜に出直せとなればうんざりするのも仕方がないだろう。
だが、その心配は杞憂だ。ワロウは諭すようにアンジェにそのことを伝える。
「逆だ逆。奴の寝床さえわかれば寝込みを襲えるかもしれん。逆に好都合なんだよ」
「あ、そうか...それもそうね」
レッドウルフが夜行性ということは、つまり昼の今は寝ている可能性が非常に高い。ならばその場所さえわかってしまえば、こちらが不意をつけるというわけだ。
「まあ、探すのはちっと大変かもしれんがな」
ただ、それはメリットだけではない。寝ているということは、その場所から動かないのだ。つまりレッドウルフのねぐらを見つける必要がある。ただ単に姿を見つけるだけならば動き回っている夜の方が見つけやすいだろう。
だが、レッドウルフという強敵を相手にすることを考えれば、探し回る手間を考えても不意をつけるというのはあまりにも大きいメリットだ。
「そうか...この広い丘の中から奴のねぐらを探し当てねばならんのだな」
「うげえ...ちょっときつくない?それ」
若い娘に相応しくない声で、アンジェがうんざりした声をあげる。確かにこの広い丘の中を片っ端から探し回るようでは、それだけで夜になってしまいそうだ。それでは本末転倒である。
ただ、手掛かりがないわけではない。
「まあ、足跡があるからな。これを追っていけば...」
「そうだな。とりあえずこれを追ってみるとしようぜ。それでいいだろ?」
ウシクが尋ねると、全員が頷いた。そして、一行は足跡を追ってレッドウルフのねぐらに向けて出発したのであった。




