第三十四話 天国のような状況
「咆哮を使われると危険なら咆哮を使えなくすればいい」
「おいおい、そりゃどういうことだ?そりゃ、咆哮を使えなくできるんなら万々歳だが...」
ウシクはワロウの言っていることがわからないようで、首をかしげている。まあ確かに少し言葉が足りなかったかもしれない。
ワロウは少し前に魔法を使う敵と戦ったハルト達の話を聞いていた。その時は水亀の視界を奪って防御魔法を使えないようにした。それと同じことをやればいいのだ。
「喉を狙えばいい。とにかく飛び道具でも何でも奴の喉を狙って攻撃するんだ」
「ああ...負傷させて咆哮を使えなくさせるということか。悪くない案だな」
「成程ね。それは確かにいいかもしれないわ」
ソールがワロウの意見に賛成すると、他の面々もそれに同意した。そしてあともう一つ注意しておくべきことがある。
「後は...なるべく一度に固まって攻撃するのは危険だな。二人位は常に咆哮の範囲から離れて援護できた方がいいだろう」
「それもそうね。じゃあここは遠距離攻撃持ちのアタシとキール君でいいかしらね?」
「あ、は、はい!」
一度に固まってしまうと、運悪く咆哮されたときにそのまま全員喰らってお陀仏になってしまう可能性は十分に考えられる。
そこで、少し離れた位置で待機してもらうことにより、一度に全滅するのを避けようという作戦である。もし、近接組の誰かが動けなくなったらそれを援護するように動いてもらうのだ。
「うんうん。良さそうだな。じゃあそれでいくか」
「...頼むぜ、リーダー」
途中から一切参加せずに話を聞く側に回っていたウシクが満足そうに頷いている。
ここまでほとんどワロウが一人で作戦を決めているのだが、それでいいのだろうかと思いつつも、実際の戦闘になったらウシクがリーダーシップを発揮してくれるだろう。
というか発揮してくれなければ困る。ワロウは今までソロで活動してきたせいでパーティの指揮など取ったことはないのだから。
やってできないこともないだろうが、流石に指揮初デビューが正念場の昇格試験というのは流石に勘弁願いたかった。
(...まあ何とかなるだろ。あの時と比べりゃ全然いい)
少々不安な点もあるが、ワロウは基本的には今回の試験を大丈夫だろうと楽観視していた。それはワロウ自身がかなり強くなったことが要因の一つでもある。
あの森狼を相手にあっさりと勝ててしまったことはワロウの中で大きな自信になっていた。しかも、あの時と比べて武器や防具はペンドールのおかげでかなりよくなっている。
例え今回のレッドウルフがDランクの中で強敵だと言っても、こちらは5人もいるし、いざとなったらレイナも助けてくれる。条件としてはかなりいい。
(...というか前が酷すぎただけか)
最後の森狼と戦ったときのコンディションはあまりにも酷すぎた。一人きりで夜の森の中で戦わなければならなかったのだ。
それに、その前に2匹の森狼と死闘を繰り広げた結果、あちこち大ケガしていて、ポーションで治したといっても体力も血もかなり失っていた。なんとか根性で立っているような状態だった。
そんな最悪の状態で戦っていたあの頃と比べれば今回の試験など天国のようなものだ。...流石に比較対象が悪いのではないかとも思えるが。
と、ワロウがそんなことを考えていると、作戦会議は終わったと判断したのかレイナが話しかけてきた。
「...準備はできたか?もういいなら早速出発してもらっても構わないぞ」
「そうだなあ...特にないよな?何か荷物を取りに戻るやつとかいるか?」
ウシクが代表して、パーティメンバーに各々が準備するものがあるかどうか聞くと、全員首を横へと振った。試験に必要な荷物はすでに持ち込んでいるようだ。
「よし、じゃあ出発だ! 試験、絶対に受かってやろうぜ!」
「「おう!!」」
ウシクが頭と胸に拳を当てて、そのまま前に突き出す。他のメンバーも同じ動作で拳を前に突き出して軽くぶつける。昔から伝わる武運を祈る風習だ。
ただ、キール少年は知らなかったようで、周りの様子を見て慌てて真似をして拳を前に突き出した。その様子が周囲の笑いを誘った。
「ふふ...そんなに慌てなくてもいいわよ。知らなかったのかしら?」
「あ、は、はい...お恥ずかしながら、今知りました...」
アンジェがにこにこしながら宥めるとキール少年は恥ずかしかったのか、顔を赤くして縮こまってしまった。ほほえましい限りである。
「おいおい、知らないって今までする機会も無かったのかよ?」
ウシクの疑問はもっともだ。この風習は冒険者の中では古くから知られている風習で、よっぽどの駆け出しでない限り誰でも知っているようなものなのだ。
Dランク試験をこれから受けようとする人間が知らない...というのは少々考えにくい。
「あ、えっと、そうですね...たまたま無かったというか...」
キール少年は明らかに返答に困っている。キール少年が冒険者の風習を知らない理由。ワロウにはある程度察しがついていた。
(...今まで冒険者としては活動していないからだろうな)
元々話し方や、装備を見てワロウはキール少年が少なくとも貴族の類であることをある程度確信していた。
おそらくだが、キール少年はワロウも使った推薦の仕組みを使ってこの試験を受けに来たのだろう。推薦のためにはギルドマスターかCランク以上の冒険者の推薦が必要になるが、貴族であればその点は容易に準備できるはずだ。
つまり、貴族のお坊ちゃんが推薦を使っていきなり冒険者になろうとしているのだ。冒険者の風習など知るわけがないだろう。そこまでして何故冒険者になろうとしている理由は皆目見当もつかないのだが。
(仕方ねえな...ちょいと助けてやるか)
「ま、場所によって多少違うんだろ。オレも昔この風習を知らない奴にあったことあるぜ」
「ふーん..そうなのか。これってこの辺だけの風習だったりするのか?」
「知らないわよ。そんなの...まあ、別にどうでもいいでしょ」
もちろん口から出まかせである。実際にはこの風習を知らない冒険者にはあったことなんかなかった。
だが、ワロウがそういうとそんなこともあるのかという雰囲気になり、誰もそれ以上そのことについて追及しようとはしなかった。
話が終わってホッとしたのか、キール少年は大きく息を吐いていた。やはりあまり突っ込まれたくはなかったところだったのだろう。
「おっと、ここで時間を使ってる場合じゃないな。日が暮れちまう。さっさと行こうぜ!」
「...それは構わないのだが」
善は急げと言わんばかりにウシクが元気よく出発しようとしたところを、ソールが止める。何事かとウシクがソールの方を向くとソールはやれやれといったように首を振った。
「どこに行くつもりなんだ?まだ、場所は聞いてなかったように思うが」
「.......そういやそうだったな。わりいわりい、すっかり忘れてたぜ。で、どこなんだ場所は?」
くるりと振り向いてウシクがレイナにそう尋ねると、レイナは頭を抱えながら、ギルドの受付の方を指さした。
「...依頼の受注はまだしてないからな。依頼の詳細を聞きたいなら受付に行け」
意気揚々と出発しようとしたところだったが、さっそく出鼻をくじかれてしまうワロウ一行なのであった。




