第二十八話 顔合わせ
「それでは、今から一時間ほど自由時間とする。それぞれパーティの中で挨拶、情報共有などを済ませておいてくれ。一時間後に今度は受ける依頼についてそれぞれ説明させてもらうのでそのつもりでいるように」
そう言うとレイナは部屋を出て行ってしまった。ここからは自由時間となる。その場所にいるBチームの面々は恐る恐るといった感じで、お互いの顔を見合わせるのであった。
「あー...とりあえず、自己紹介でいいか?」
最初に切り出したのは、ウシクと呼ばれていた青年である。今回の受験者たちの中では割と年上のようだ。とはいってもワロウよりかははるかに年下なのだが。
もし、誰も口火を切りそうになかったら、ここは年長者の自分が仕切るしかないかと思っていたワロウは、ここでウシクが自ら出てきてくれたおかげで大分助かったと思った。
「いいんじゃねえか?なあ」
ワロウはさりげなく周りにも了解を取りながら、ウシクの意見に賛同する。全員が頷いたので、これで少しやりやすくなっただろう。
「じゃあ、まずは言い出しっぺの俺からだな。俺の名前はウシク。冒険者ランクはEだ。まあ、この試験受けに来てるから当然っちゃあ当然だな」
ウシクは長剣と盾を持ったごく一般的な戦士のようだ。ただ、体格はかなりがっちりしていて装備している盾もワロウの物よりも一回り大きい。チームの盾役といったところだろうか。
「見ての通りの戦士だ。パーティでは盾役を担ってる。特に変わったことはできないが、必要なら弓も多少扱える」
弓の心得もあるようだ。パーティ内に遠距離攻撃できるものがいないときは使うこともできるといった程度で本職ではなさそうだが。
「じゃあ...時計回りで行くか。次、頼むぜ」
「...ああ。ソール、だ」
ソールという青年はウシクよりも多少歳が下のようだ。武器は槍のようで、彼の背よりも少し高いくらいの長さがある。盾は持っていないので純粋なアタッカーというところだろう。
「...主に槍を使う。他にも剣は普通に扱える。...以上だ」
あまり口数は多くない方のようで、要点のみを端的に説明している。まあ、情報としては十分量あるので問題はないだろう。
「次、アタシ?...アンジェよ。武器は弓。でも、矢の本数に限りがあるから雑魚相手には使わないわ。短剣も使えるからそれで戦闘はできるから大丈夫よ。後は...足にも自信があるわ」
アンジェは最初から大きな弓を担いでいたので、武器はわかりやすかった。自己紹介では短剣も使うとのことだったが、下級冒険者の弓使いはほぼ全員他の武器も多少は扱えるのだ。
理由は簡単で、矢の金額が馬鹿にならないためである。下級冒険者の稼ぎで依頼を受けている最中に出てきた魔物に対して、いちいち矢を使っていたらあっという間に破産してしまう。
それに持っていける矢の量にも問題がある。戦闘に必要だからといってあまりに多く矢を担いでいくとそれだけでかなり嵩張るし重い。
こういったような問題は上級冒険者になれば解決するものも多い。例えば矢筒の中に異空間を作ってそこに大量の矢が保存しておけるマジックアイテムであったり、そもそも弓自体がマジックアイテムで矢がいらないというものもある。
なので、下級冒険者の弓使いはこういった逸品を求めて冒険をしている者が多い。大概はそのまま夢で終わってしまうものが多いのも事実だが。
ワロウからしてみれば、わざわざそんな苦労をしなくても剣士か何かになった方がいいのではないかとも思っていた。だが、実際には貴重な遠距離攻撃の持ち主ということもあってパーティ内では重宝されることも多いのだ。
「ええと...僕はキールって言います。武器はこの細剣を使います。後...ちょっとだけ魔法を使えます」
「ま、魔法?」
魔法と聞いてウシクが少しうろたえたような声を出す。ウシクが驚くのも無理はない。戦闘で使えるレベルの魔法を使える冒険者はかなり珍しい。
かつての弟子だったシェリーがあれだけ威力の大きい魔法を使えたのが異常なだけであって、普通、冒険者で魔法を使えるものなどほとんどいないのだ。
「あ、いや!使えると言っても初歩的な奴だけですから!皆さんが想像してるようなすごい奴ではないです...」
慌てたように手を振って否定するキール少年ではあったが、周囲の驚いたような雰囲気は無くならなかった。
「...ちなみにどんな魔法が使えるんだ?」
とりあえず使える魔法についてキールに尋ねてみるワロウ。聞いてもよくわからないかもしれないが、少なくともシェリーの魔法と比較することくらいはできるだろうと思ったのだ。
「ええと...水属性の魔法が使えます。まともに使えるのは水球くらいです」
(水球...ね。シェリーの炎玉と同じ威力だったら大したものだが...)
「威力と射程は?」
「そこまで威力はないですね。当たっても強めに殴ったくらいの威力しかないです。射程は...大体この部屋の端から端くらいまで...かな」
(ふーん...確かに威力はそうでもないな。牽制で使えるくらいか...)
しかし威力は低めとはいえ、貴重な遠距離攻撃の持ち主である。しかも完全に魔法メインだったシェリーとは異なり、細剣による近接戦闘までできるというのだ。かなり貴重な人材と言えるだろう。
「いや...驚いたな。水を飛ばして遠距離攻撃するのか。大したもんだな」
「そうね。アタシも初めてだわ。なりはちっこいけどやるのね」
「い、いやあ...そんな...」
ウシクとアンジェの感心したような言葉に照れるキール少年。その一方でソールは最初は驚いた表情を見せていたものの、今は元の仏頂面に戻っている。物事に動じないタイプのかそれともどうでもいいと思ったのか...
ワロウもソールと似たような感じで、キール少年が魔法を使うということ自体は驚いていたが、魔法自体にはそこまで驚いていなかった。ワロウの場合は比べる対象がシェリーというのがあまり良くないのかもしれないが。
「それで?他の魔法は?」
「あ、いや...その...使えなくはないんですけど、師匠から使うなって...」
「ふーん...どんな魔法なんだ?」
「氷の魔法です。時間がかかるうえに、まだ制御が甘くって...動く相手にはまず当てられないんです。威力はかなりあるんですけどね」
確かに使えると言っても暴発するような魔法を戦闘中に使うことはできないだろう。最悪味方を誤爆してしまう可能性まであるのだから。コントロールが悪いのならなおさらだ。
ワロウが特に驚いたような様子を見せずに淡々と質問していると、ウシクが不思議そうな顔で尋ねてきた。
「ソールと...おっさんはあんまり驚いてないみたいだな?」
「ワロウだ。ついこの間まで魔法使いとパーティを組んでたんでな。そのせいだ」
「魔法使いと?ふーん...そうなのか...」
ワロウとウシクが話している間にも、アンジェとキール少年は魔法について話し合っている。
「ねえ。魔法ってどうやったら使えるようになるの?弓使ってるとさ、矢代が馬鹿にならないから使えるなら使いたいんだけど...」
「ま、魔法ですか?...その、あまり僕もよくわかってないんですけど...遺伝とかも関係してるみたいで、誰でも使えるというわけではないみたいです」
「イデン?イデンって何?」
「あ、えっと...遺伝というのは...」
このままではキール少年の魔法講義が始まってしまいそうだ。魔法が使えるという発言から、当初の自己紹介から大分話がそれてしまった。このままではワロウのことが流されてしまうだろう。
「おいおい、魔法の講義もいいが、後にしてくれよ」
「あ、ゴメンゴメン。自己紹介、途中だったわね」
「さっきも言ったが、ワロウだ。見ての通りの普通の剣士だよ。剣以外は使ったことは無い。他には...薬草とかにはそこそこ詳しいつもりだ」
ワロウはとりあえず無難に自己紹介をした。実は他にも回復術が使えたりするのだが、普通ならば僧侶しか使えないはずの回復術を使えるとなると、痛くもない腹を色々と探られそうなので、このことを他人に話すつもりはさらさらなかった。
これでワロウを含め全員の自己紹介が終わった。そうなると次にすべきことは...そんあんことをワロウが考えていると、ウシクがぽつりとつぶやいた。
「剣士...ね。ちなみに失礼なのを承知で聞くんだけどよ...」




