一一話 中年冒険者の葛藤
ギルド長室を出た後ワロウはそのまま受付でサーシャから薬の代金を受け取った。代金を受け取るときにワロウがあまりにも上の空といった様子だったので、サーシャにかなり心配されてしまったが、そこではなんでもないと言ってそのまま自分の家へと戻った。
道中は自分がギルド職員に誘われたことが信じられず、そのことについて考えこみながら歩いていたせいか全く記憶になかった。気づいたら家に着いていた。
家の入り口で掃除をしていた大家に一言あいさつをして、部屋の中に入るとやっと自分の領域に戻れたような気がした。気が少し緩んだのか、何とも言えない疲労感がどっと押し寄せてきた。
ワロウは大きくため息を吐きながら、ベッドの上へと横たわった。そして部屋の天井を眺めながら先ほどのギルドでの出来事について考える。
(まさかボルドーからギルド職員に誘われるとはな...考えてもみなかった)
(ギルド職員か...どうする?)
ワロウのように読み書きができ、冒険者経験もある人間は少ない。なので、ギルドでは彼のような人材はまさに引く手あまたなのである。
また、冒険者側としても、経験と読み書きという高いスキルを要求される代わりにそれ相応の待遇も約束されているため、ギルド職員になることは引退した冒険者の一つの夢と言っても過言ではない。
普通の冒険者だったらギルド職員に誘われた時点で即答していただろう。
(...何を悩んでるんだ?ワロウ。ギルド職員になればいいじゃないか)
だが、ワロウは悩んでいた。どこからどう考えてもギルド職員になるというのが正解だとわかっている。だが、ボルドーに誘われたときにすぐには返答できない自分がいた。どこかでそれに納得できなかったのだ。
(不安なのか?ギルド職員になることが)
(確かにオレはお世辞でも強いとは言えねえ。ギルドの指導員なんかできるのか?)
ワロウはDランク相応の戦闘技術は持っていなかった。その他の部分でギルドに貢献したということでDランクになっているのだ。もし、自分が指導員になったとしても戦闘についてまともに教えられるかどうかは怪しかった。
(...いや、そもそも戦闘の指導だけが目的ならオレなんか誘わねえだろう)
(それだったら、読み書きができなくてもいいから強い奴にやらせた方がいい。...ノーマンみたいにな)
ボルドーも、ワロウの実力のことは当然知っている。そこを何も考えずに読み書きができる冒険者だからという理由だけでギルド職員に誘ったりするほどボルドーは考えなしではない。ワロウだからこそ誘った理由があるに違いないのだ。
(ボルドーは冒険者としてのやり方ってやつを教えてほしいんだろうな)
ワロウは今までソロで活動をしてきた。ソロの冒険者として生きていくのはかなり難しいことだ。なにせパーティでやっていることをすべて一人で行わなければならない。
まだ若いうちは体力もあるし、ほかの臨時パーティにも入りやすいので何とかソロでも生きていけるが、年齢が上がるにつれ体力の限界が来るし、臨時パーティにも入りづらくなる。
ワロウほどの年齢でソロで冒険者をやっているのは圧倒的な実力の持ち主か特殊な技能を持っているかのどちらかだ。ワロウの場合はその圧倒的な森に関する知識と薬師としての技術がそれに当てはまる。
ワロウはそんな厳しい状況でいままで生き残ってきたのだ。そこから得た経験と知識は後輩の冒険者達にとってはまさに宝の山といってもよいだろう。
ワロウが自分に何が求められているのかを思案しているうちに、意外と時間がたっていたようでいつのまにか昼の時間となっていた。ワロウの部屋には調理場はあるが、調合関連の装置のせいでほとんど埋まってしまっているため、実際に調理することはできない。
待っていても食事は出てこない。仕方がないのでワロウは面倒くさそうにベッドから立ち上がると、外出の準備を整え外へと出た。
外に出るとあいにく近くの食堂はどこも混んでいた。今日はとても並んで待つ気分ではないし遠くの食堂まで行く気力もない。
そこで、すぐに食事が買える近くの出店で串焼きと焼き飯を買ってきた。ちょうど近くの広場に椅子があったのでそこに座り込み昼食をとることにした。
昼時なので、辺りは行きかう人々の声や、出店の主人の客を呼び込む声などで非常ににぎやかだ。ワロウはそんな町の風景や人々を見ながら串焼きを頬張りつつ先ほどの続きを考えていた。
(いい町だ。ここは)
(ギルド職員になったらずっとこの町で働くことになる...)
一度ギルドの職員になったらそうそう町の外にでることはない。ワロウが今誘われている指導員でも、駆け出したちを指導するために依頼で外に出ることはあってもそれ以外は基本的に町の中にいることになるだろう。
つまり、ギルド職員になってしまえば残りの人生をこの町で暮らすこととほぼ同義なのである。
(...この町で人生を終えるのか?オレは)
(ここで終わっていいのか?後悔しないのか?)
ワロウは自問自答した。本当に自分はこれから先をこの町で過ごして後悔しないのかと。ここで人生を終えていいのかと。
(なんなんだ、一体。このままギルド職員になって何が悪い)
(この歳にもなって何かを始めようってわけにもいかねえだろう)
この町で一生を過ごしてもいいと思う自分と、それを止めようとする自分がいる。ワロウ自身がどっちが本当の自分なのかわからなかった。
(もうこの町に15年もいるんだ。いいじゃねえか。ギルド職員になって少しでもこの町に貢献出来りゃ万々歳だ)
ワロウは自分にギルド職員になるよう言い聞かせる。それが正解なのだと。
しかし、どんなに言い聞かせてもどこかもやもやしたものが心の中で燻っていて決心できない。
(だが...まだ決心がつかねえ。なんでだ?なんでなんだよ...!)
ギルド職員になるべきかならないべきか。
ワロウはその日から葛藤を抱えながら日々を過ごしていったのであった。
 




