第二十六話 一次試験終了
「それに...」
更に言葉を続けるレイナ。
「貴殿、剣と盾の使い方に差がありすぎる」
「...というと?」
「剣の腕前はかなりのものだが...盾の扱いは正直下手だ。今まで使ったことがないんじゃないか?」
「...そんなに差があるか?」
確かに剣の腕は今までに比べてかなり向上したことは間違いないが、それに比べて盾の使い方が下手かといわれると自分ではよくわからなかった。
ただ、実際に戦った本人がそういうのだから、きっとそうなのだろう。少なくとも先頭に関してはワロウよりも数段上なのだから。
「ああ。だから剣は人に習っていて、盾は自己流だと思ったんだ」
「...成程な」
そう言われるとワロウには少し心当たりがあった。
森狼に襲われて死にかけていたとき。あの時は盾が壊れてしまって剣だけで何とかしなくてはならない状況だった。だからきっと剣の腕は強化されたものの盾の扱いはそのままだったのだ。
つまりその状態を外から見れば、剣の扱いはかなりうまいが、盾の扱いはド下手というかなりちぐはぐな状態となる。普通、両方とも使っていればそこまで大きな差は開かないはずだからだ。そこにレイナも違和感を感じたのだろう。
「まあ...ちょっと事情があってな。剣術に関しては色々やったのさ」
「ふうむ...そうか」
まさか本当のことを言うわけにもいかないので、適当にぼやかしながら答えるワロウ。
レイナはそのワロウの返答に満足したようではなかったが、それ以上深くは聞いてこなかった。他人の事情は深くは聞かない。冒険者の暗黙の了解の一つだ。
「まあいい。これ以上は聞かないでおこう」
「そうしてくれると助かる」
「...よし、では試験は終了だ。また明日、ギルドまで来てくれ」
「...なに?二日間あるのか?」
ワロウは一日ですべてが終わるものだと思っていたのだ。だからこの後すぐに二次試験が始まるものだとばかり思っていた。が、レイナが言うことが本当ならば実際は二日間に分かれていたようだ。
(それは聞いてねえぞ...)
「なんだ。知らなかったのか?明日、依頼でも入ってるのか」
心配そうに聞いてくるレイナだったが、ワロウに関してはその心配はない。なにせ今まで依頼を受けようにも組んでくれるパーティがいないため、受けられなかったのだから。
今、ワロウが何とかソロでこなしている依頼はほとんど常設依頼の採取で、別に期日が決まっているわけでもない。いきなり明日と言われても問題はない。...それがいいか悪いかは置いておいて。
「いや...そういうわけじゃあない。今日で終わりだと思ってたから少し驚いただけだ」
「ふむ...冒険者としては事前にそれくらいは確認しておくべきだぞ?」
「...こいつぁ一本取られたな。面目ない」
(クソ...後で覚えとけよ、バルドの野郎...)
どちらかというと推薦を取ることに夢中になっていて、試験内容をきちんと確認していなかったワロウが悪いのだが...
「さて...では繰り返しになるが、また明日の朝にギルドに来てくれ。時間は今日と同じだ」
「....ああ、そういうことか。やっと頭が回ってきたぜ」
「ん?どうした」
「いや、明日来いっていうことは一次試験は合格でいいんだな?」
ワロウが念のためレイナに確認すると、レイナは何を当たり前のことを言っているんだという顔になった。
「あそこまで私と互角に戦えていたんだから合格に決まってるだろう?」
「互角...ではないと思うがね。実際、お前さんが本気を出した瞬間に一瞬で負けたしな」
レイナの剣を弾いた瞬間は正直勝ったと思っていた。だが、それを容易にひっくり返してしまったのだから、彼女の本気は少なくともワロウよりかははるかに強いのだろう。
「まあ、ほかの連中と比較して...というのもある。少なくとも今回の受験者の中で一番強いのは貴殿か...後は....」
レイナが口ごもったもう一人の強い人物。ワロウには一人心当たりがあった。まず、間違いなく他の受験生たちと比べて明らかに長い時間試験していたキール少年のことだろう。
試験時間が長かったということは、レイナとしばらく打ち合っていたということであり、その分強いと言えるだろう。
「あの坊主...か」
「...そうだな。彼は強かった。正直ただの剣の腕前ならば貴殿の方が強いとは思うが、彼は他にもいろいろとできるからな」
「ふうん...色々...ねえ」
その”色々”の内容が少し気になったワロウだったが、それ以上は聞かなかった。自分の戦い方をなるべく秘密にしたい冒険者もいるからだ。
それに、レイナから聞くのではなく、二次試験のときにもし一緒のチームになったら
その時に聞いてみればいいだろうと思ったのである。
「よし...了解だ。もう戻っていいんだよな?」
「ああ。明日に備えてゆっくり体を休めたまえ」
「おう。じゃ、また明日もよろしく頼むぜ」
そういうとワロウはひらひらと手を振ってその場を後にしたのであった。
一方で演習場に一人残されたレイナは試験の後片付けをしながら先ほどの試験について考えていた。
(先ほどの彼...ワロウだったか)
(強かった。間違いなくDランク相当の腕前はあるはずだ)
ワロウには伝えなかったが、ほかの受験者たちは言ってしまえばかなり弱かった。元々Eランクなので仕方がないところもあるが、手加減したレイナとまともに打ち合えたのは全体の半分ほどだった。
さらに、一方的に打たれるだけでなく反撃までしてきたのはワロウ含めて数人程度。その中でもワロウは一瞬だけとはいえこちらを本気にさせた。それだけ強かったということだ。
(あれだけの強さであの歳までEランクだったのか...)
レイナにとってみればワロウはかなり不自然な存在だった。普通、あれだけ強ければとっくのとうにDランクになっているはずだ。
だが、実際には今までEランクでやってきているのだ。そこにはきっと何か理由があるに違いない。
(...訳アリ...といったところか)
とはいえ、今日話してみた感じでは悪い人間でもなさそうだ。何かやらかしたせいでEランクのままだったという可能性は低いと思った。
(詮索無用だな...今は受験生の一人だ。それ以上でも以下でもない)
あまり他人の事情にあれこれと突っ込んでもいいことは無い。レイナはこれ以上気にするなと自分を言い聞かせながら、明日の第二試験の準備を粛々と進めるのであった。
朝ぐずっていた天気はワロウが宿へと戻るころには、いよいよ本降りとなってきた。この天気の中で依頼を受けろと言われるのは正直勘弁してほしかったので、明日が試験で助かったと思った。
雨が降る中、相変わらず宿の前では門番が雨に打たれながら、行き来する人間を見張っている。思えば大分長い間この宿にいるが、ここの豪華さにも慣れてきていた。
あまり良くないことだとはわかっているのだが、ペンドールが引き留めてくるのだから仕方がない。と自分に言い訳をしながら宿の中へ入ろうとすると、そこでワロウのことを待ち構えていたのかバルドがすぐに絡んできた
「よお。どうだったよ試験は?」
「てめえ、二日間だなんて聞いてなかったぞ」
「...いきなりなんの話だよ」
ワロウはギルドであった出来事を話した。今日で試験を全部やるのかと思っていたら、今日は一次試験のみでまた明日に二次試験があるということ。そしてワロウ自身は一次試験に合格したことなどなど...
「ああ...二日間だったな、そういや。わりいわりい」
「おら。どう落とし前つけるんだ?」
ワロウが芝居がかった仕草でバルドに詰め寄ると、バルドの方は困ったように頭をかきながらも反論した。
「おいおい、勘弁してくれよ...お前だって確認してなかったんだろ?」
そう言われてしまうとワロウとしてもぐうの音もでない。そもそも自分が悪いということはわかっているのだ。ちょっとバルドに八つ当たりしたかっただである。
「で、どんな奴がいた?試験で」
「まあ普通の冒険者だったな。オレくらいの年の奴は誰もいなくて気まずい思いしちまったぜ」
「正直、お前と同じ年でDランク昇格試験受ける奴なんていないと思うけどな」
全く持ってその通りである。歳をとってから昇格試験というのはまず考えられない。冒険者の全盛期は20代後半くらいだと言われており、そこからは落ちていく一方である。
なので昇格試験を受けるのもそのくらいの年までのことが多い。実際にバルドも20代後半でCランク昇格試験を受けていた。
「ああ...でも、逆に若いというか子供もいたな」
「ふうん。何歳くらいだ?」
「14,5くらいじゃねえかな。なんか服装とか言葉使いとかがすげえ貴族っぽいんだよな」
「貴族っぽい...?」
ワロウの発した”貴族”...その言葉にバルドは少し眉をひそめた。




