第二十三話 昇格試験 第一部
その扉から現れたのは一人の女性冒険者だった。その女性冒険者は長い髪を後ろでひとくくりにしていて、腰からはレイピアのような細剣を下げている。
彼女は部屋の中をぐるりと見渡すと中にいる冒険者達の数を数え始めた。その様子でなんとなく彼女がどういう立場の人間なのかは察しがついた。
「...よし、全員いるようだな。私はCランク冒険者のレイナという。今回の昇格試験の試験官だ。諸君とは短い付き合いになると思うがよろしく頼む」
(Cランク冒険者...か)
ランクで言えばバルドと同じ階級である。だが、バルドよりかは一回り位若そうだ。25,6歳くらいだろうか。このくらいの年でCランクともなれば将来有望と言えるだろう。
「うわあ...女性の冒険者の方が試験官なんですね...ちょ、ちょっと緊張してきました...」
「美人が相手だからってあんまり浮かれてるんじゃねえぜ?」
「ち、違いますって!」
反応が初心なキール少年をからかっていると、試験官の女性冒険者...レイナの視線がこちらに向いた。
「こら、そこ。静かにするんだ。今から試験内容を話すからな」
「あ、す、すみませんでした...」
適当に手を振って謝るワロウとは正反対にきちんと謝るキール少年。いかにも冒険者といった風のワロウと身なりがきれいなキール少年の凸凹なコンビにレイナは一瞬気を取られたような顔をする。
が、すぐに気を取り直して試験について説明を始めた。
「いいか。今回の昇格試験は一次試験と二次試験に分かれている。一次試験は私との模擬戦闘で、二次試験は一次試験合格者同士でパーティを組んでもらい指定された依頼を達成してもらう」
レイナの言葉にややざわつく室内。事前に試験内容を知らなかったものも多いのかもしれない。隣の冒険者とひそひそと相談するのが見て取れた。
一方でワロウは特に驚きはなかった。この前バルドが言っていた試験内容と全く一緒だったためである。
「う、うむむ...やっぱりパーティを組んで戦うことになるんですね...」
キール少年はというと、知らなかった方に属していたようだ。試験内容を聞いて緊張している様子がうかがえる。
(パーティを組んで戦う...ねえ。今までやったことがないのかもしれんな)
キール少年もこの試験に参加しているということはある程度の戦闘技能は持っているのだろう。だが、実際の冒険者達と同じようにパーティを組んで戦ったことは無いのかもしれない。
「では、今から一次試験を開始する。今から詳しい内容を伝えるので、聞き逃さないように!」
レイナの説明はざわつく冒険者達を差し置いてどんどん進んでいく。それに慌てたように相談しあっていた冒険者達は口をつぐんだ。
「いいか。今から一次試験の模擬戦闘に関して説明をする。まずは...」
レイナの説明によると、今回行われるのはギルドから貸出された練習用の武器を使っての模擬戦闘のようだ。レイナと一対一で戦って合否が決められる。
もちろん今ここにいる受験者たちではCランク冒険者のレイナに勝てるはずもない。なので、もしレイナに負けたとしても、Dランクとして十分な実力を示せればそれでよいとのことだった。
(まあ、そりゃそうだろうな。勝たないとダメなんて言ってたら誰も受からなくなっちまう)
「...説明は以上だ。何か質問のあるものは?」
「ケガの扱いはどうなるんだ?」
「ケガに関してはすべて自己責任だ。ただ、私もわざとケガを負わせるような真似はしない。萎縮せずに挑んでくれ」
「魔法は使っていいのか?」
「もちろん使ってもいいが、殺傷能力の高いものは避けてくれ」
その後もいくつか質問が続いたが、ワロウには関係なさそうなものばかりだった。話半分に聞いていると、質問はどうやら出きったらしい。
「よし、質問はもうないな?では早速試験の方に移らせてもらう」
どうやらいきなり試験になるようだ。心の準備もへったくれもないが、ワロウとしてもその方が手っ取り早くてありがたい。
「い、いよいよですね...」
「そうだな。ま、お互いに頑張るとしようや」
「は、はい!」
そんな会話をしていると、レイナが今度は順番を決め始めた。ワロウとしてはなるべく早めに済ませておきたいと思ったが、果たしてどうなるだろうか。
「では順番を決めるぞ。正直なんでもいいんだが...よし、じゃあ私から見て右回りに試験をすることにしよう」
(うげっ!まいったな、こりゃ...)
ワロウはちょうどレイナの左隣りに立って話を聞いていた。つまり順番で言うとワロウが一番最後だ。遅い方とかならまだしも一番最後になってしまうのは勘弁願いたかった。だが決まってしまったものはどうしようもない。
「最初は君だな?名前とギルドカードの提示を頼む」
「名前はオニリオ。ギルドカードは...これだ」
「オニリオ...ね。よし、確認できた。では向かうとしよう」
レイナは早速一人目の冒険者を連れて部屋を出ていった。試験官がいなくなったことで部屋の中はまたがやがやと騒がしくなってくる。
「うう...最後から二番目かあ...ヤダなぁ...」
キール少年はワロウの隣で話していたので、ワロウが最後ならば彼は最後から二番目ということになる。最後よりかはマシだとは思うがそれでも他に比べるとプレッシャーがかかるのは確かである。
「...まあ、しゃあねえさ。おとなしくここで待ってるしかねえよ」
「そ、そうですね...」
「それに...そこまで時間はかからねえんじゃねえかな」
「...え?それってどういう...」
試験官のレイナはCランク冒険者である。Cランク冒険者はDランク冒険者とは強さが全く異なる。ワロウ自身もCランク冒険者のバルドと一緒にリザードマンを倒したが、彼の動きはやはり今まで見てきた冒険者と比べても圧倒的に強かった。
そんなバルドと同じCランク冒険者を相手にまだEランクの彼らが長い間戦えるとは思えなかった。
もちろんレイナが最初から本気でかかってくることは無いだろうが、戦闘が無駄に長引くといったようなことは無いだろう。レイナが本気をだせば一瞬で終わってしまうだろうから。
「ま、単なる予想さ。そんな大した意味じゃねえよ」
「予想...ですか」
「そうそう。ま、遅かろうが早かろうがオレ達は待つことしかできねえからな。ゆっくり待つことにしようぜ」
「は、はい。わかりました...」
その後も次々と受験者たちが連れていかれた。試験を受けた冒険者は控室まで戻ってこないようで部屋の中の人数はどんどん減っていく。
そしてワロウの予想通り、受験者たちは次から次へとどんどん呼ばれていった。あまりのペースの速さに受験者たちも若干ざわついている。
(...何をざわついているんだ?)
ワロウの感覚的にはまあこんなもんだろうといったところだったのだが、他の受験生たちにとってはそうではなかったようだ。その中にキール少年もいた。
「ワ、ワロウさん...すごい早さで呼ばれて行きますけど...」
「うん?相手はCランク冒険者だぞ。Eランクの俺たちなんか鎧袖一触だろ」
「え...そこまで実力差があるものなんですか...?」
お前、見たことないのか...と言いそうになったワロウだったが、よくよく考えてみると貴族?と思われるキール少年が冒険者の強さを知らなくても無理はないかもしれない。
周りでざわついている受験者たちも自分たちより格上の冒険者と一緒に戦闘をする機会がなかったのだろう。
「...いいか?確かにEランクとDランクの冒険者の強さはそこまで大きく変わらねえ。だが、Dより上のランクからは一つランクが違うだけで全く次元が違うんだよ」
「そ、そうなんですか?」
「Cランク冒険者っていったらもう上級冒険者の仲間入りだ。そんじょそこらの冒険者なんか一瞬で倒せるのさ。あのレイナとかいうネーチャンだって相当な腕前のはずだぜ」
「む、むむむ...そうだったんですね...勉強になります」
ワロウが冒険者のランクについて少し講義をしていると、いつの間にか辺りに人がいなくなっていた。いつ呼ばれるのかとキール少年が落ち着きなくそわそわしていると、レイナが次の受験者を呼びに来た。
「後は...そこの二人だけか。どちらが先に試験を受ける?」




