解かれた呪い
戦は一度休戦し、ジルベールは三つ子の親衛隊をはじめ、腕の立つ部下を引き連れ、またエルベルト側からも密かに腕の立つ精兵と、ヴィクトール自身もリリディアの捜索に乗りだした。
「ジル、奥方を無事に連れ戻した時には、俺の元へ来い!!」
「ヴィクトール殿下」
「もう、呪いのことなどどうでも良いだろう?お前は今までくだらない事にとらわれすぎたんだよ。どんな姿でも、お前を愛してくれる人間がいればそれでいいじゃないか?お前の奥方は、お前の為に命をかけられるほど、お前のことを愛しているではないか」
「……そうですね。俺は今まで何に拘っていたのか。本当に彼女がいれば、それで良かった筈なのに」
「帰ったら彼女を思いきり抱きしめてやれ」
ヴィクトールはそう言って手綱を引く。
ドラゴンはさらにスピードあげ、ディアナ山へと向かう。
ジルベールもそれに続き、ドラゴンのスピードをはやめた。
――――一刻も早くリリディアを探しに行かなければ。
空は真っ赤な紅色に染まり、間もなく日没を迎える。
少しでも空が明るい間に捜索が出来たらいいのだが、難しいかもしれない。
ジルベールがそう考えていた時。
暮れなずむ空を背景に、影絵のようになったニール山脈の方向から一頭のドラゴンが飛んでくるのが見えた。
他のドラゴンよりも小柄で、白い身体のドラゴン。
あれはリリディアのドラゴンだ。
ドラゴンの背中には誰かが乗っている。
ああ……間違いない。
白い美しいドレスを纏ったその女性は間違いなく自分の妻だ。
「ジル様っっ!!」
「リリディア!!」
ドラゴンたちは小高い丘に降り立った。
リリディアは軽やかにドラゴンから飛び降り、 既にドラゴンから降りているジルベールに駆け寄り抱きついた。
ジルベールもその身体をきつくきつく抱きしめる。
「良かった、山へ登るのは思いとどまってくれたのだな」
「いいえ。私はディアナ神にお会いすることができました!」
リリディアの言葉に驚いたのはジルベールだけではない。
アロナやヴィクトール、そして付いてきた兵士たちも響めいていた。
信じられぬと首を横に振るジルベールに。
リリディアは何故か少し恥ずかしそうに俯いた。
「この場でするのは恥ずかしいですけど……条件は三人以上に見守ってもらうことですものね」
「リリディア?」
小声で何やら呟いているリリディアにジルベールは首を傾げる。
リリディアは白い頬を薔薇色に染めながら、彼の頬を両手で挟んだ。
そして
「…………!!」
リリディアは自分の唇をカエルの口に重ねた。
何のためらいもなく美しい少女がカエルにキスをしている光景に、その場にいた人々は呆気にとられる。
そして少女は熱い声で告げる。
女神に教えて貰った呪文を。
「愛しています、ジルベール=ヴァルフォン」
次の瞬間。
眩しい光がジルベールを包んだ。
この場にいた全ての者たちの視界が白一色になる。
呪いを解く条件は。
自分たちを祝福してくれる者が三人以上いること。
その者たちに見守られながらキスをすること。
さらに。
女神がリリディアに教えた呪文は。
愛しているという言葉と。
その愛している者のフルネームであった。
分かってしまえば、あまりにも、あまりにも簡単な呪いの解き方であった。
光がおさまり、リリディアはゆっくりと目を開ける。
その青年を認めた瞬間。
リリディアの目は大きく見開かれた。
「ジル様……?」
艶やかな深緑色の髪の毛。
どこまでも澄んだトパーズ色の目。
精悍でありながら、美しい顔の青年が驚いた顔でリリディアを見つめていた。
「呪いが……解けたのか?」
恐る恐る問いかけるジルベールに。
リリディアは目に涙を浮かべ大きく頷く。
その奇跡の光景を目にしたヴィクトールとアロナ、そして他の兵士たちも歓声を上げる。
「奇跡だ!!」
「ジルベール様が人間になった!!」
「なんと美しい……あれが我らの主なのか!?」
ジルベールに付いてきていた三つ子の親衛隊たちは、主の真の姿を見て、感激のあまり涙する。
そして呪いを解いたディアナ神に感謝すべく跪き、ディアナ山に向かって祈りはじめる。
喜んでいるのは彼らだけではない。
共にリリディアの捜索に来ていたエルベルトの兵士もその光景に感動し、歓声をあげていた。
「ディアナ様だ……ディアナ様がジルベール殿の呪いを解いてくださったぞ!!」
「これでジルベール様は何のしがらみもなく我らの味方となる」
「ディアナ様、万歳!万歳!!」
ヴァルフォンの兵士もエルベルトの兵士と共に手を取り合い喜ぶ中。
ジルベールのトパーズ色の目からは止めどなく涙が零れた。
呪いが解けたことよりも。
愛するリリディアを再び抱きしめることができたことの方が嬉しかった。
「リリディア……俺も愛している……」




