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試練の山

 


 どれくらい登ったのだろう?

 雑木林を抜けると一気に空が明るくなった。

 もう夜明けになるのか。

 それとも夜はとっくにあけているのか。

 薄暗い空、分厚い雪雲が空を覆っていた。

 目の前に広がるのは無数のリリアの木々。

 冬である今は、葉もなく花もない。

 いや……よく見ると枝には新たな芽が生えているのがわかる。


「もう少しで春だよ……」


 リリディアは木の芽に優しく声をかける。

 地面には雪がうっすらと積もっていた。

 空は雪空。

 雪が降り出し、吹雪く前に早く上へ登ろう。

 リリディアは表情を引き締め、前へ進む。

 雪山に備え羽毛が入った上着を着込み、分厚いニットの帽子もかぶっているが。

 何を着ても芯から冷える寒さがそこにはあった。

 葉もなく花もない木々は見通しが良い筈だが、

 歩いても、歩いても景色が変わる気配はなく、上に登っている筈なのに何度も同じ場所をぐるぐると回っているような錯覚を覚える。

 リリディアは枝に青いリボンを結ぶ。

 そして再び前へ進みはじめた。


「…………」


 しばらく歩いていると、また青いリボンをつけたスタート地点に戻った。

 どうも迷宮を彷徨っている状態らしい。

 今度はまっすぐ行かず、敢えて右方向へ足を進める。

 しばらく歩くと、また青いリボンの地点に戻る。

 ならば今度は左側から行ってみよう。

 どうせまた同じ地点に戻るのだろうな、と思いながら歩いて居ると、傷ついたリリアの木を見つける。

 魔物に引っかかれたのだろう。

 爪痕が何とも痛々しかった。

 リリディアは持っていた傷薬を木の幹にぬってやる。

 すると傷はみるみる内に塞がった。


「よかった……元気な花、咲かせてね」


 リリディアはリリアの木に優しく声をかける。

 そして木の枝に赤いリボンを目印としてつけた。

 不思議とこの木々には、人のように接してしまう自分がいる。

 何故か、少し膨らみかけている木の芽を発見すると、嬉しくなり、愛しい気持ちになる。

 ふと頬に冷たいものを感じ、空を見上げる。


「雪……」


 ああ、急がないと。

 風も強くなってきている。

 上に登れば登るほど、山は深い雪に覆われているのだ。

 吹雪く前にいそがないと。

 リリディアは歩き出す。

 道は正しかったのか、今度は青いリボンの地点にはたどり着かなかった。



 ごうごう、と空が唸っていた。

 リリアの迷宮を抜けると、今度は雪が行く手を阻む。

 まだ膝丈まで積もっていないだけマシなのかも知れない。

 ニールデンの北方は、山じゃなくても雪が屋根までの高さに積もることがあるのだ。

 まだ、歩けるのだから、自分はきっと恵まれている。

 けれども、凍てつく雪の豪風が行く手を阻む。


【娘よ、これ以上先へ進むことは許さぬ!!あの方は誰とも会いたがらない。人を憎んでいる故な】


 どこからともなく聞こえる声。

 リリディアは首を横に振る。


「それでもお会いしなければなりません」



【何故、そこまで命を張る?何がお前をそこまで突き動かす】


「私の命よりも大切な人が、呪いで苦しんでいるのです。あの人が心の底から笑ってくれるのであれば……私はどうなってもかまわない」


【馬鹿な……人間は利己的な生き物だと聞いている。そのような話、信じられぬわ!!】


「信じなくても良いです……ですが、どうか、どうか、ディアナ神にお目通りをっ」


【黙れ、黙れ、黙れ!!お前のような善人ぶった人間が私は一番嫌いなのだ!!己がどうなろうと構わないと申したな……では、この場で凍え死ね!!】


 さらなる豪風。

 凍てついた雪が氷の刃となってリリディアを襲う。

 氷の刃はリリディアの頬、足を切り裂いてゆく。

 目を固く閉じ、身を縮こませることしかできないリリディアであったが。

 不意に雪の刃が飛んできてないのに気づき、リリディアは目を開ける。

 見上げると自分の目の前にリリアの木が立っていた。

 木の枝にはあの赤いリボンがついている。

「あなた……私を助けに?」

 問いかけるリリディアに。


【赤いリボン、可愛い。付けて貰って嬉しかった】


 幼い少女の声が聞こえる。

 この木はまだ幼いのだ。

 リリディアは首を横に振る。


「私は何の気なしにリボンを付けただけ。目印としてつけただけ!!私を庇う必要なんか無い!!」

【傷、治してくれた。優しい声かけてくれた。私、リリディアが好き】

「駄目よ!!お願いっっ……」


 いやいやと首を横に振るリリディア。

 しかし幼いリリアの木は彼女を守るように立ちはだかっていた。

 さらにもう一本の木がリリディアを庇うように立ちはだかる。

 先ほどより大きな木。

 木の枝には青いリボンがついていた。

 今度は毅然とした女性の声が響き渡る。


【邪魔をするな!!リリアの娘ども!!】

雪の精(スノーム)よ、この娘は他の人間とは違う!!お前には見えないのか!?娘の魂の輝きが】

【魂の輝きぃ!?そんなものが人間にあってたまるか】

【この痴れ者……人間憎さに、魂を見る目を見失ったか!!】


 リリアの木と雪の精霊が言い争っている?

 遠くなる意識の中、リリディアは、ぼんやりとその声を聞いていた。

 ああ、此処で倒れたらいけない。

 ここで倒れてしまったらジル様の呪いは永遠に解けない。

 だけど、それ以上に。

 ジル様に二度と会えなくなる。

 もう一度、あの人に会いたい。

 会って、抱きしめたい。



 ジル様……

 ジル様……


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