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ニールデンを滅ぼす男

 


 バンッッッッッ!!


 鍵が掛かっていた筈のドアが蹴破られた。

 淡紅色のフードをかぶったその人物は一見、信仰深い礼拝者のように思えた。

 しかし、深くかぶったフードの下、白い歯を見せてにぃっと笑ったかと思った次の瞬間。


「ぐっ!?」

「あ――」

「……っ!」


 一度に三人の騎士が倒れた。

 一人は額から血が吹き出し、一人は胸から血を流す、一人は喉から血が流れていた。

 そして。

 フードをかぶった人物は、拳銃を突きつけていた。

 銃口からは一筋の硝煙があがっている。


「く……こ、この女の命がどうなってもいいのか!?」


 恐らくリリディアとアロナの救出に来たのであろうと推察した騎士の一人が、捕らえているリリディアの喉に刃を突きつける。

 しかし、フードの人物は予想外の言葉を口にした。


「じゃあ、勝負しようか。俺がお前を殺すのが早いか、君が彼女を殺すのが早いか」


 言うが否や。

 リリディアを捕らえていた騎士の一人が額を撃ち抜かれていた。

 フードの人物は、しれっと言った。


「あ、御免。手が滑ったみたい」

「ふ、巫山戯るな!!こ、こうなったら」


 自棄になった騎士が短剣を振り上げリリディアを傷つけようとする。

 しかしそれは果たすことができない。

 騎士はナイフを振り上げた状態のまま固まり、そのまま崩れる。

 ブランエはぎょっとする。

 先ほどまで気絶していた筈のアロナが、リリディアを捕らえていた騎士を後ろから斬りつけたのだ。

「もう気づいたのか」と舌打ちをするブランエ。

 フードの男は鮮やかなまでに敵を斬り裂いたアロナを見て軽く口笛を吹く。


「やるな、お嬢さん」

「お嬢さんじゃない」


 アロナはむっとして否定する。

 そして彼女は、リリディアの手を掴み自分の方へ引き寄せる。

 あくまで主を守ろうとする姿は、女性でありながら何とも頼もしくあった。

 しかし、その凜とした眼差しは、彼女が一使用人ではなく、誇り高き、高貴な身分の人間であると思わせた。

 フードの男はそんなアロナをじっと見つめる。


「何よ、じろじろ見て」

「これは失礼。では邪魔者が片付いたところで逃げるとしますか」


 フードの男は身を翻し、リリディア達に着いてくるよう、親指で行き先を示す。


「あなた……本当に私たちを助けに?」


 訝しげに尋ねるリリディアにフードの男はニッと笑う。


「本当は偵察に来ただけだったんだけどな。か弱い淑女たちが拐かされているのを見てたら、放ってはおけなくなった」

「偵察だと……っ!?き、貴様、何者だ!?」

 ブランエの問いかけに、

 その人物は深くかぶっていたフードを外し、その姿を見せる。

 リリディアは目を見張る。

 銀色の髪、鋭いブルーパープルの目をした青年。

 精悍かつ、秀麗な男であった。

 彼は銃口をブランエに向け、不敵な笑みを浮かべる。


「我が名はヴィクトール=エルベルト。この国を滅ぼす男の名前だ、よく覚えておけ」

「ヴィクトール=エルベルト、だと!?」


 銀の悪鬼と呼ばれるエルベルト帝国第一王子の名前がそれではなかったか。

 しかし彼が率いる軍は今、ジルベール=ヴァルフォンと戦っている筈。

 するとヴィクトールはブランエの心を読んだかのように答えた。


「何でヴァルフォンと戦っている筈のお前が此処に居るんだって顔しているな……ははは、俺の代わりに戦ってくれる部下は山ほどいるからな。俺は軍に名前を貸してるだけだ。お前とは訳が違うんだよ」

「……!?」


 ブランエは唇を噛む。

 領土の面積は、エルベルトと大差はないが、経済力、軍事力、また政治力からしても、エルベルトはニールデンを遙かに上回っていた。

 ヴァルフォンの守護がなければ、ニールデンはとっくに滅ぼされている。



「ヴァルフォン辺境伯のお陰で、お前達は生きながらえているのに、その恩人の奥方に手をだそうとは……とんだくそ坊主だな」

「だ、黙れ!!お前達、行け!!エルベルト帝国第一皇子の首をとり、その名を上げるが良い!!」


 生き残った騎士たちだけではなく、ブランエは柱にある警報のベルが鳴るボタンを押した。

 教会に警報が響き渡り、多くの騎士の足音が近づいてくる。


「おっと大勢くる前に退散しないとな。君たちもこっちに来るんだ」


 部屋を後にし、ヴィクトールは近くの階段を昇り始めた。

 アロナは首を横に振る。


「上に逃げては追い詰められるだけ……」

「大丈夫だ。軽い女の子二人なら乗せることができる」

「え……!?」


 何のことを言っているのか分からなかったが、今は目の前に居る青年を信じるしかなかった。

 リリディアとアロナは頷いてから、彼についてゆく。

 らせん状になった階段をしばらく昇っていくと、教会の屋上にたどり着いた。

 そこには、なんとドラゴンが待機していた。

 ヴィクトールはそれに飛び乗り、二人も乗るように促す。

 リリディアは一番前に。

 その後ろはアロナ。

 彼女たちの後ろにヴィクトールが乗る形だ。


「ちょ、ちょっと。今、私の胸を触ったでしょう!?」

 真後ろのヴィクトールに抗議するアロナ。

「わざとじゃない。手綱を掴もうとしたら君の胸が当たっただけだ」

「い、いくらエルベルトの皇子とはいえ許せません!!」

「本当威勢の良いお嬢さんだな」

「だからお嬢さんじゃありませんから!!」


 言い合いながらもドラゴンは上空へ飛翔する。

 教会騎士団が屋上にたどり着き、ドラゴンに向かって矢を放つが。

 三人を乗せたドラゴンは、既に矢が届かぬほど遠くへ飛んでいた。


 悔しげな枢機卿の叫び声が、教会じゅうにこだまする。



 教会から二キロほど離れた場所にドラゴンはまず降りた。

 そこにはリリディアとアロナのドラゴンが待機する小高い丘があった。

 リリディアとアロナはすぐに自分たちのドラゴンに乗り換え、その場を離れる。

 王都を離れ、小一時間ほどドラゴンを飛ばし、ニールデン領とエルベルト領の国境にあたる草原にたどり着いた。

 三頭のドラゴンはそこに着陸する。



「あ、ありがとうございます」

 敵とはいえ助けてもらったことは事実。

 ドラゴンから降りると、リリディアはヴィクトールに頭を下げた。

「ジルベールには借りがあるからな。礼には及ばぬ」

「借り?あなた方は我が夫にとって敵ではないのですか?」

「表向きはな」

「表向き?」

「今も我が軍とヴァルフォン軍は戦っている。死者を一人も出さぬ形でな」

「まさか……戦をしている振りをしているのですか?」

「うむ。私も無駄な戦いは好まぬ。それはジルベールにとっても同じ。時が来たら我らはジルベールを新たな将軍として迎え入れようと思っている」

「ジル様があなた方に?」

「いや……あくまで俺が一方的に願っているだけだがな。俺はあいつを部下として欲しい。しかしあいつは呪いが解けるまでは、あの王に従わざるを得ないと抜かす。別にカエルであろうがなんであろうが俺は構わんのだがな。しかし、確かに呪いがある限り、どんなに手柄を立てても、栄誉あることをしても、嘲笑う者はいる……それがあいつには耐えられないのだろう。一縷の望みの為に、愚王に仕えているなど馬鹿馬鹿しいことこの上ないが」

「……けれど、その一縷の望みも絶たれてしまった」

 力なく呟くリリディアにアロナが首を横に振る。

「あんなのが徳の高い僧であるわけがありません!!今はブランエ=クースリーと名乗っているようですが、昔は別の名前でした。あいつは私の父と兄を殺し、しかも私より二つ上の姉を……12になったばかりの姉を……」

 辛すぎて声が出ないアロナの身体を、リリディアは抱きしめる。

「話さなくてもいい……そうね……あなたをこんなにも悲しませるあの男が枢機卿を名乗ること自体が間違っている。それに恐らく祈りを捧げてなどいないでしょう。特別礼拝堂が寝室では」

「……あなたは、まさかニールデンの教会騎士団たちに滅ぼされたルビナス王国の王女か」

 問いかけるヴィクトールに、アロナははっと我に返り慌てて跪く。

「このたびは助けていただき誠にありがとうございます。私はルビナス王国第二王女、アロナージュ=ルビナスと申します」

「アロナージュ……それが本当の君の名前か。よく心に刻んでおく。いずれまた会おう。特にアロナージュ、君には必ずまた会いに行く」

「ヴィクトール殿下?」

「主を守る為に戦う君の姿は誰よりも美しかった……」


 その熱い眼差しと甘い声に。

 アロナの顔はかぁぁぁっと真っ赤に染まった。

 リリディアは「まぁっ」と驚きの声を漏らす。

 どうやらアロナはヴィクトール皇子に気に入られたらしい。


「リリディア=ヴァルフォン。夫であるジルベールに伝えよ。俺の元に来い!お前が仕えるべき主はあの愚王ではない、とな」

「ヴィクトール殿下の思い、我が夫にしかと伝えておきます」


 リリディアの言葉にヴィクトールは満足そうに頷いてからドラゴンの手綱を引く。

 ドラゴンは嘶き、エルベルトの空に向かって飛び立つ。

 その姿が見えなくなるまで、アロナはじっとその姿を見送っていた。



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