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背徳の枢機卿

 翌日ジルベールはエルベルト国境へ遠征に出て行った。

 心配はしていない。

 彼は勇者と謳われる最強の戦士だ。

 負けて死ぬことなど有り得ない。

 だけど、このまま待つことは出来なかった。

 彼の為に何かしたいと思ったのだ。

 そこでオルディアナ教会へ向かい、自分もジルベールのために祈りを捧げようと思った。 

 自分は徳の高い人間ではない。

 だけど少しでも自分の声がディアナ神に届いたら……そう考えていた。

 自己満足と言えば自己満足なのかもしれない。

 だが、ただ待っているだけという状況は自分の中で許せなかった。

 クロードは必ずアロナを付けていくことを条件に、教会行きを了承した。


 オルディアナ教会。

 オルとは古代語で尊いを意味する。

 ディアナは言わずもがな女神の名前だ。

 この教会はディアナ神を奉っている。

 礼拝堂には美しい女神像が、慈悲深い眼差しでこちらを見つめているような気がする。 その目を見ていると、もしかしたら自分の声を聞き届けて貰えるのではないかという淡い期待を抱いてしまいそうだ。

 リリディアは両手を組み跪き、ディアナ神に祈りを捧げる。


 どうか夫が無事に帰ってきますように。

 そして夫が呪いから解放されますように。


 もしジルベールが心から笑えるようになるのなら。

 自分の命が散ってもかまわない。

 あの人は自分の命よりも大事な人になったから。


 アロナと共に祈りを捧げていたが、不意にアロナは立ち上がり帯剣していた剣を抜いた。 

そして振り返ると、背後に忍び寄る人物に刃を突きつける。  

 リリディアは目を見張る。

 そこには両手を挙げて苦笑いを浮かべるブランエ枢機卿の姿があった。



 枢機卿の姿を認め、アロナは剣をおさめた。

「ご無礼を」

 一言告げてから跪く。

 しかしその表情は警戒露わなもの。

 無礼とはさほど思っていないのが見て取れる。


「良いのですよ。護衛であれば当然の反応。声をおかけせずに近づいた私が悪いのです」

「大変申し訳ありません。ブランエ様、お怪我は?」

「大丈夫です。それにしても随分と熱心にお祈りをしていましたね」

「はい、夫の戦勝祈願と……あと呪いの解放を」

「ふむふむ。大変結構なことです。あなたのような信仰深いお方であれば、ディアナ神も願いを聞き届けてくださるかもしれませんな」


 ブランエはリリディアの近くに歩み寄り、その顔を覗き込んだ。

 一瞬。

 彼の茶色い目が怪しく細められた。

 しかしそれに気づいたものはこの場にはいない。

 リリディアもアロナも頭を垂れた状態だった。


「もしよろしければ、私と共に祈りを捧げませんか?こことは違う、特別な礼拝堂があるのです」

「で、ですか、そのような神聖な場所に私が入ってもよろしいのでしょうか」

「あなたの祈りは強い。その強い祈りを抱いていれば、ディアナ神は快く受け入れてくれる筈ですよ」

「……」


 リリディアはアロナの方を見る。

 アロナが険しい表情を浮かべ、首を横に振っている。

 従っては駄目だ、というのか。

 先ほどから彼女がブランエを見る目はとても鋭い。

 枢機卿を敬うような考えは微塵もない様子だ。



「ああ、あなたはもしかして亡国の……何と、バルフォン辺境伯があなたを匿っておりましたか」

「何の話でございましょう」

 アロナの声が震えている。

 枢機卿はアロナのことを知っている?

 彼女はただの使用人ではないのか?


「異教徒は出て行っていただきましょうか。ここはあくまでディアナ神を奉る教会。いかがわしいアロナ神を奉るような者が踏み入れる場所ではないわ!!」

「何を言う。我が故郷のアロナは美を愛する女神だ!それをお前達教会騎士団が、邪教と罵り我が国を滅ぼした……バン=ヘルガン、まさかお前が枢機卿になっていたとは。しかも名前を変えてまで……我が父と兄を殺した男が枢機卿とは。この国はそこまで堕ちたか!!」

 たまりかねて怒鳴るアロナに、枢機卿の目が狂喜に彩られる。

「やはりあなたは亡国の王女、アロナージュ王女でしたか」


 次の瞬間。

 礼拝堂に白い騎士服を纏った男達がリリディアたちを取り囲んだ。

 アロナは剣を構える。

 躍りかかってくる騎士団に、彼女は勇敢にも立ち向かう。

 一人を切り倒し、二人、三人を薙ぎ払う。


 ――――強い……。


 王女が単に護身として剣を嗜んでいたとは訳が違う。

 恐らく戦場に出ても即戦力になり得る強さだ。

 恐らくジルベールが本格的に彼女を鍛えていたのだろう。

 王女としてではなく、一騎士として。

 しかしいくら腕が立つとはいえ、多勢に無勢。

 アロナが一人を相手にしている隙に背後から別の騎士が彼女を羽交い締めにする。


「殺すな、生け捕りにしろ」

「やめて!!」


 リリディアが叫ぶのもむなしく、アロナはみぞおちに拳を打たれ気絶してしまう。

 そして。

 アロナの元に駆け寄ろうとしたリリディアも、教会騎士団の数人に取り押さえられた。


「離しなさい!!教会での暴挙が許されると思っているのですか」

「許すも何も、女神は何も言わない。神というものは気まぐれなのですから。矮小な我々が何をしたところで気にもとめますまい」

「何という罰当たりな……」


 枢機卿の言葉はあまりにも信じがたいものであった。

 リリディアは手を後ろに縛られ、気絶させられたアロナと共に、教会騎士団たちに連行される。


 階段を上らされ、さらに奥まった部屋。

 特別礼拝堂と書かれた部屋にリリディアとアロナは入れられる。

 しかし礼拝堂とは名ばかり。

 そこは完全なる寝室だった。

 気絶させられたアロナはベッドの上に寝かされる。

 リリディアはソファの上に投げ出された。 

 ブランエは嬉々として呟く。


「私はなんと幸運なのだろう。アロナの化身の如き姫君と、ディアナに愛されたかのような儚き美しさを持つ辺境伯夫人が同時に手にはいるとは」

「わ、私たちをどうするつもりなのです!?」

 震えるリリディアの問いかけに、ブランエはにんまりと笑う。


「あなた方には身をもってディアナ神の教えを勉強していただきます。まずはリリディア、あなたからですよ」

「いやぁぁぁぁぁっ!!」


 騎士たちに四肢を押さえられ身動きがとれない。

 リリディアのドレスはブランエの手によって引き裂かれる。

 露わになる胸元に目を見張ったのはブランエだけではない。

 彼女を取り押さえている騎士たちも欲望に目をぎらつかせる。

 まだ、下着に覆われているにも関わらず、二つの胸がなんともたわわに実っているのがわかる。

 そして透明感のある肌。


「何と美しい……あのカエルが毎晩この身体を楽しんでいるのかと思うと」

「あの方を、あなたと一緒にしないでください!!」

「何を言う?顔がカエルとはいえ、あの男は毎晩お前を求めているのであろう……それとも、まだ一度も触れあっていないとか?」


 その問いかけに。

 反射的に身体が震えるリリディア。

 その反応を見たブランエは興奮混じりの声を上げる。


「なんと……まだ一度も夫婦生活を営んではおらぬのか!!……ああ、成る程。ジルベールは、ヴァルフォンの呪いを恐れているからか。子供が出来れば当然カエルの顔をした子が生まれるからな」


 可笑しそうに笑い声を上げるブランエにリリディアは唇を噛みしめる。

 ジルベールの苦しみを嘲笑うなんて。

 どこが徳の高い僧だ!?

 しかも特別礼拝堂と称した場所で、これからしようとしていることを考えると、あまりのおぞましさに吐き気がする。

 この枢機卿は恐らくジルベールの為に祈りなど捧げてはいない。

 いや。

 百歩譲って捧げていたとしても、こんな男の願い永遠に聞き届けてはくれまい。


(騙されてた……ジル様はこんな人たちの為に今まで戦ってきたんだ)


 悔しい気持ちがこみ上げる。

 こんな男に触れられるぐらいなら、いっそのこと死んでしまいたい。

 騎士が腰に付けている短剣をじっと見る。


 いっそのこと刺し違えてでも……


 リリディアがそこまで思い立ったその時だった。

 礼拝堂の扉の向こう、空気を切り裂くような悲鳴が上がる。


『ぎぁぁぁぁ、痛い!痛い』

『くそ……まさかこれだけの人数をお前一人が!?』

『し、死に神だぁぁぁぁ!!』


 ドア越しに聞こえてくる驚愕の声やうめき声。

 最初は遠くからだったのが、それはどんどん近づいてくる。

 その場にいる騎士達が戦きながらも剣を構える。


「くそ……なんだ、こんな時にっっ」


 ブランエも己の剣を引き抜き構えの姿勢をとる。

 しかし現役を引退してから、何一つ鍛錬を積んでいなかった彼の身体は緊張に震えていた。


 バンッッッッッ!!


 鍵が掛かっていた筈のドアが蹴破られた。

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