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ヴァルフォン家の呪い

 

 有るところに勇敢で美しい若者がいた。

 戦でも負けない。

 巨大かつ強大な魔物を相手にも怯むことなく、彼一人で倒した程。

 国では英雄と称えられていた。

 彼には婚約者がいた。

 貴族の娘で、彼女の強い要望で二人は婚約をすることになった。

 他にも若者と結婚したがっていた貴族の娘がいたがその中で最も身分の高い娘が、若者の婚約者の座を勝ち取ったのだ、

 ある日若者は山へ狩りに出掛けた。

 鹿を追いかけていた所、一人の少女が水浴びをしているのに気づいた。

 淡い紅色の髪が艶やかな、この世の者とは思えない美しい少女だった。

 若者は一目で少女に恋をしてしまう。

 そして少女もまた美しい人間の男性に恋をした。

 二人は人目を忍んで会うようになった。

 若者は婚約者がいる身。

 そして少女は女神の娘。

 お互いに許されぬ恋だった。


 しかし女神ディアナの目は誤魔化せなかった。

 様子がおかしい娘の後をつけ、彼女が人間の若者と恋をしていることを知った。

 しかも女神が見た光景は娘と若者が裸で抱き合っている所だった。

 娘を汚した若者に、女神は烈火のように怒り狂った。

 女神は己の武器である弓を引き、若者を射貫こうとした。

 しかし射貫かれたのは若者ではなく、彼を庇った娘だった。

 絶命した娘はリリアの木に姿を変えました。

 彼女の正体は、数多くあるリリアの木の内の一本だったのだ。

 本来美しい花が咲くはずのリリアの木は、絶命したことで枯れ果ててしまっていた。


 若者は悲しみのあまり絶叫を上げた。

 女神は悲しみと怒りに狂い、若者に呪いをかける。


「ヴァルフォン家の人間は代々、醜いカエルの姿で生まれることになるじゃろう」

「お、お待ちください!私はどうなっても構いません。しかし私の血族は関係ない!!」

「我が娘に手を出した自身を呪うのじゃな。まぁ、お前の為にずっと祈り続けてくれる者がいれば考えなくもないが。ただし徳を積んだ者ではないと祈りは届かぬ。高僧にでも頭をさげるが良い」


 しかし、自分の為に祈り続けてくれる徳の高い高僧など見つかるわけがなく。

 若者と婚約者はその後、結婚したが生まれてきた子供はカエルの姿をしていた。

 そしてヴァルフォン家の者は代々カエルの姿で生まれることになる。

 敢えて子供を作らず養子をとったりもしたが、必ず次の代ではカエルの姿の子が生まれた。ヴァルフォン家を名乗らず子供を作っても、やはりカエルの姿をした子が生まれてしまう。

 国王にヴァルフォン家を取り潰して欲しいと願い出た当主もいた。

 しかし、辺境を守るヴァルフォン家が潰れることを王家は良しとしなかった。

 当時から強力な精兵を率い、国の盾となっていたヴァルフォン家を取り潰してしまえば、その隙をつき必ずティモンド王国、もしくはエルベルト帝国が攻めてくる。

 国王はその時当時の当主に約束をした。


 その呪いを解く為に、枢機卿に毎日祈って貰う。いつ呪いが解けるかわからない。

 だが、呪いが解けるまで代々の枢機卿はヴァルフォン家の為に祈る。 



 そして、代々の枢機卿は毎日ヴァルフォン家の為に祈ることになった。

 しかし、呪いは解けずに今に至る。


  ~ヴァルフォン家の呪いより~



 ヴァルフォン家の書庫にて。

 リリディアはこの家の伝承を読み進めていた。

 ジルベールの先祖は、女神ディアナの娘と恋に落ちて、心と体を通わせた。

 しかしそれがディアナの知るところとなり、彼は女神が放つ矢によって殺されそうになった。

 しかし娘が恋人を庇い、母が放った矢を受け死んでしまった。

 怒り狂った女神は、ヴァルフォン家に呪いをかけたのである。



 リリディアは窓へ目をやる。

 つい最近まで花を咲かせていたニール山脈は雪化粧を纏っていた。

 月明かりに照らされ、雪山は幻想的なまでに夜の空に映えていた。

 ニール山脈の中でもひときわ高い山。

 ディアナ山。

 あの山が女神と同じ名前なのは、女神ディアナが住んでいると言われているからだ。

 しかしその姿を見た者はいない。

 ジルベールの先祖は見たのかも知れないが、この本に書かれたことはあくまで伝説。

 本当なのかどうかすら分からない。

 彼女の元へたどり着くには険しい山道を登り、迷宮のようなリリアの木の森を抜けなければいけない。

 何人もの人間がディアナに会おうとしたが、たどり着いた者は一人もいなかった。

 神様に会うなどそうそう簡単なことではない。

 山頂までたどり着くまでの険しい道、気候、そして女神様が機嫌が良い時、条件が整って初めて会うことができるのだ。

  その時書庫の戸をノックする音が聞こえた。


「まだ、寝ていないのか?」

 入ってきたのはジルベールだ。

 リリディアは恥ずかしそうに俯いた。

「つい本に夢中になって」

「ああ、我が家に伝わる伝承か。君には知ってもらった方がいいのかもしれないな」


 辛そうに古びた本を見つめるジルベール。

 リリディアは胸が苦しくなる。

 どんなに活躍をしても、どんなに名を上げても。

 きっとジルベールの心は晴れない。

 その姿でいる限り、彼を賞賛する声よりは嘲笑う声、嫌悪の声の方が多いのだ。


「ジル様。明日は出立の日。早く寝た方が良いのでは」

「うむ。そうなんだが、なかなか眠れなくてな」

「豪傑と名高いあなたでも、戦はやはり緊張するものなのですね」

「ああ……戦の前はいつも寝られない。そこで、リリディア、頼みがあるのだが」

「何ですか?」

 じっと見つめてくるトパーズの目にドキドキしながらも、リリディアは首を傾げる。

 ジルベールはしばらく口をもごもごさせていた。

 言うか言うまいか迷っているようだ。

「私に出来る事であれば何でも言ってくださいませ」

 優しく背中を押すように。

 リリディアはジルベールに声をかけた。

 ジルベールは床の方に視線をやり、小さな声で言った。


「今夜、一緒に寝てくれないか?」


 勇気を振り絞ってようやく口から出てきたジルベールの願いに。

 リリディアの顔は真っ赤になる。


「え……っと、つまり、それは」

「え……い、いや、違う!!その、添い寝だけでいいんだ」


 慌てたように言うジルベールに、ますます顔を紅くするリリディア。

 自分の方が早まった考えに至ってしまったことが、なんだかとても恥ずかしかった。

 ジルベールはそっとリリディアの肩に手を置く。


「今は添い寝だけでいい。俺は物心つく前に母親に死なれ、父も戦場にいることが多かったから、誰かと一緒に寝たことがないんだ」

「そう……だったのですね。私はあなたのお母様になれるかどうか分かりませんが、添い寝ぐらいでしたらいつでもしますわ」

「いや、君を母親代わりにするつもりはない。あくまで君は俺の妻だ。だけど、誰かと一緒に寝ることを知らずに生きてきたから、俺はそれを経験してみたいんだ」

「分かりました。ジル様、今日は一緒に寝ましょう」


 その日、リリディアはジルベールと同じベッドで寝ることになった。

 真っ白な寝具で統一されたベッドは、とても大きく大人二人が寝ても十分な広さがあった。

 寝間着姿になった妻に、ジルベールはドキッとする。

 シンプルなワンピースは透け感のある生地、モスリンで作られていて、裸身のシルエットが透けて見えてしまっていた。

  ジルベールも男性。

 そんな格好で来られてしまってはあらぬ想像をしてしまう。


 邪念を振り払いながらも、ジルベールはベッドの中に潜り込む。

 リリディアも遠慮がちにベッドの中に入る。

 自分から誘っておいて何だが、リリディアをまともに見る事ができない。

 まともに見てしまったら、本能のまま行動しそうで恐ろしかった。

 情けないが背中を向けて、側に彼女がいる気配を感じながら寝るのが精一杯。

 それでも胸がドキドキする。

 彼女は自分の妻だ。

 触れても何の問題もない。

 思うがままに、身体の温もり、柔らかさを味わっても何の問題も無い。

 この華奢で美しい身体に、己の子を孕ませても何の問題も無いのだ。


 けれども、生まれてくる子供のことを思うとそれはできない。


 ジルベールは目を閉じた。

 とにかく寝よう。

 彼女が側に居てくれる。

 それだけで十分なのだから。



「ジル様」

「……っっ!?」


 背中に温かい感触。

 腰にはリリディアの細い手が回っている。


 後ろから彼女が抱きついている!?


 信じられなかった。

 今まで手を繋いだことぐらいしかなかった。それだけでも自分の中では十分に進歩だったのだが。

 しかし彼女の身体はかすかに震えているのが分かり、ジルベールは訝しげに声をかける。


「リリディア?」

「ジル様……どうか、どうかご無事で」

「……っっ!!」


 泣いている。

 リリディアが泣いている。

  想いが伝わってくる。

 自分の無事を心の底から願っている、そんな想いが。

 ジルベールは身体を翻し、リリディアの方を見る。

 自分の為に涙をこぼしている少女が無性に愛しくなった。


 きつく、きつく、その身体を抱きしめる。


「リリディア、俺は君が……愛しい」

「ジル様、私もです。お願いです、絶対に無事に帰ってきてください」

「大丈夫だ。俺は負けを知らぬ。早く仕事を終わらせて君の元に帰って来る」

「ジル様っっ」



 その日はお互いの温もりを確かめるように、抱き合ったまま寝た。

 妻として抱くことはできなかったが。

 抱きしめて彼女の温度を感じているだけで十分幸せだった。




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