初めての夜会
「よくお似合いです、リリディア様」
ほう、とため息をつくアロナ。
リリディアの体型に合わせて作られたドレス。
最高の絹は控えめなピンク色。白のフリルをさりげなくあしらい、少し大胆に胸元をあけたデザインだ。
首にはリリディアの目と同じ色のサファイヤの首飾りが胸元を彩る。
今回の夜会は国王陛下主催。
そして二人の婚姻発表の場でもあった。
「リリディア、用意は出来たのか?」
部屋に入ってきたジルベール。
膨よかな体型にあった騎士団の正装だ。フェニックスの羽が刺繍された布地で作られたグリーンのチュニックに、深緑のマント、そして銀細工が施された肩守。
「まぁ、素敵です。ジル様」
「世辞はいい。何を着ても似合わぬことぐらい自覚している」
「ご謙遜を。よくお似合いですよ。戦鬼と呼ばれるあなたに相応しく、とても勇ましいです……あ、すみません。なにかもっと気の利いたことを言えたらいいのですが、どうも人を褒めるのが苦手で」
慌ててうつむくリリディアに、ジルベールはふっと笑う。
一瞬。
ほんの一瞬だけだが、カエルの潰れたような顔である筈のジルベールが、涼しげな美男子に見えたような気がした。
リリディアは目を擦ってからもう一度ジルベールを見つめる。
元のカエルの顔がそこにあった。
「それにしてもリリディア。君はなんて綺麗なのだろう?」
「そ、そんな……ジル様こそお世辞はいいですよ」
「世辞なものか。ずっと君を部屋の中に隠しておきたい」
「何故ですか?」
「そんなに美しかったら、他の男が君を攫おうとするからな」
じっと見つめるジルベールにリリディアは恥ずかしさのあまり再びうつむいた。
その綺麗なトパーズ色の目で見つめられると、否応なく鼓動が早くなる。
ああ、私はジル様のことを……。
リリディアはこの時、自分の気持ちに初めて気づいた。
彼の事が好きになっている。
彼に恋をしている。
ああ、私は夫であるこの人に恋をしているのだ。
ニールデン王国王城、舞踏会の広間――――
ディアナ神とニンフたちが描かれた天井、窓枠や壁枠は細かい唐草の金細工が施され、クリスタルのシャンデリアが、豪奢なドレスや衣装で着飾る貴族達をきらびやかに照らす。
そんな彼らの話題は、この舞踏会の主役であるカエル伯爵と、その伴侶となったレイスター家の長女である。
「それにしても、あの醜いカエルの元に嫁ぐことになるとは。リリディア様もおかわいそうに」
ランギュリ伯爵令嬢である、ベリア=ランギュリはクスクス笑いながら言った。
隣にいる令嬢も可笑しそうに笑って頷く。
「ヒルディア様の代わりに嫁がされたという噂よ。まぁ、ヒルディア様は第二王子のフランクス様と婚約するとの噂ですし」
「みすぼらしい方とカエル伯爵。とてもよくお似合いじゃなくて?」
ベリアの言葉に周囲の貴族たちもくすくす笑う。
「あらぁ、そんなことを言ったら悪いですわ」
ベリアの隣にいる令嬢は堪えきれず肩をふるわせている。
同じ場にいた一人の青年も、ひとしきり笑ってから言った。
「そうだよ。今日は二人とも懸命に着飾っている筈だ。温かい目で見守ってあげないとね」
フランクス=レイ=ブルーキング
彼の言葉にベリアをはじめ他の貴族令嬢もぽうっと顔を赤らめながら頷く。
まばゆい金色の髪、透き通るような青い目、非の打ち所がない整った顔立ち。その美しさに令嬢たちは完全に見蕩れていた。
「そうですわね。フランクス殿下、それにしても今宵はヒルディア様が此処に来られず、残念でしたわね」
「まぁ仕方がないさ。熱が出たらしいからね」
「あの……よろしければ、今宵は私と踊って頂けませんか?」
恥じらうそぶりを見せながら、ベリアが申し出る。
ヒルディアとは友人関係にあるが、隙あらばフランクスの心を射止めたいと思う野心も彼女にはあった。そしてそれは他の令嬢たちも同じ事。
抜け駆けをしたベリアに、令嬢たちは密かに眉をひそめる。
フランクスはにこやかに笑い、彼女の手をとった。
「喜んで」
見目麗しき王子と伯爵令嬢はダンスホールへ向かい、四重奏の曲に合わせ優雅に踊りはじめた。
その様子を憧憬の目で見る者もいれば、羨望の目で見る者、嫉妬の目で見る者と様々だが二人のダンスは周囲の注目を集めていた。
「ベリア嬢ってば。ヒルディア様が欠席なのを良いことに」
「まぁ、フランクス殿下とヒルディア様はまだ正式に婚約が決まったわけではないしな」
「今宵はチャンスだと思っている令嬢はベリア嬢だけではあるまいよ」
ダンスの曲が終わったのを見計らい、国王が手を叩いた。
そして声高に言った。
「皆の者、今宵は隣国サイモンドの襲撃から常に盾となってくれている勇者、ジルベール=ヴァルフォンの結婚報告の場でもある。ジルベールよ、前へ出よ」
「はっ!」
カエルの顔をした大男が扉の向こうから現れ堂々とした足取りで歩き、玉座の前に跪く。
どこから見てもカエルそのものの顔に、ある者は密かに笑い、ある者は嫌悪する。
中にはその場から立ち去る者も。
「そして、その妻、リリディア=レイスター、前へ」
国王の言葉に。
どこからともなく、クスクスと笑い声が。
ジルベールは密かに拳を握りしめる。
笑っていられるのも、今のうちだ。