第八話(最終回) プリーズ・テル・ミー・ユア・シークレット
「ねえ」
囁くような声にルイがわずかに首を向けたとき、ルイの唇にサキの唇が触れた。
「な……」
動揺するだけの間もなく、ルイは自分の口の中に入り込む快感に驚いていた。
「なんだよ!」
溶けてしまいそうな感覚に飲み込まれる前になんとか身を離す。
「いいよ」
「なにが」
「しようよ」
「え……?」
じりじりと迫るサキから遠ざかろうとするルイ。しかし、その動きはのろい。
「やらせてあげる」
「何言って」
「お願い、逃げないで」
「なにも逃げたりなんか……どうしたんだよ、なにがあるんだ?」
「なにも。ねえ、やっぱり怖い? セックス」
「やめてくれ、どうしちゃったんだよ」
「普通だよ、みんなしてること」
サキが自分の服に手をかける。
「そうじゃなくて」
「ワタシだって恥ずかしいよ、こんなの」
「じゃあどうして」
「そうしないと伝わらないから」
「なにを伝えたいっていうんだ」
「迫る女になぜなには禁物だって教えておいてあげる」
「なにを」
「ねぇ、そうやっていつまでも少年でいるつもり?」
「……」
顔を背けようとしたとき、再びルイの口に甘い感触が襲った。そして、サキの手に導かれてルイに手に柔かな肉感が乗る。
もうルイは逆らわなかった。ただ、体に走る電流に身を任せ、芳しい香りを肺いっぱいに吸い込み、サキの中を泳ぐ。
やがて時間が経って冷えた部屋を熱気が塗りつぶした頃、たどたどしい二人の動きは止まった。
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二人は背中合わせに座っている。
「これでわかったでしょ?」
「なに?」
「三木君だって他の人となんにも変わらない普通の人だよ。寂しさの勢いに任せてやっちゃうような普通の人」
「……ああ」
「でもこんなの汚いとかそういう話じゃないんだよ。怖がる必要もない、そういうものなの」
「……うん」
「だから逃げないでよ。ワタシはこれからも付き合うし、恐い目にも会うだろうなって思ってるし、辛いことが起こるかもしれないなって思ってる。思った上で付いていくつもりだから」
「どうしてそこまで?」
「……鈍いって言われたことない?」
「ないな」
「あのさ、さっきのこと覚えてる? ワタシが襲われてるところを助けてくれた」
「ああ、ついさっきだもの、覚えてるよ」
「あのとき、ワタシは彼氏に置いていかれたの。カナムに襲われそうになって、もうダメだ~ってなってるところに来てくれた」
「ああ、うん」
「わからない?」
「わからない」
「ハァー……あのね、普通ね、あんなピンチに颯爽と男の子が助けにきてくれたら、女の子はその男の子のこと好きになっちゃうものなの」
「……」
「しかも、迷惑かけられて苛立ってるのに優しくしてくれてさ」
「いや、あ、それは、さすがにあの状況で冷たくなんか……」
唐突に立ち上がるルイ。どこかへ行くようだ。
「どこ行くの?」
「……見回り」
「まだやるの?」
「少し違う」
「違う?」
「みんなが同じで変わらないって言うなら……今度は……そこにある幸せを守りたい」
サキは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑顔になった。
「じゃあ、一緒に行こう!」
* * *
「ええいクソッ! どこにいる!?」
焦る男の頭の中に直接女の声が聞こえてきた。
「やっぱり複数いるね。こっちに来そうな人はサイコ・コントロールで追い払えるけど、ここを突破されると人の多い所に出ちゃう。なんとか今ここで全部仕留めるしかないよ」
そこは街灯が少なく、夜の暗さが直接襲ってくる場所だ。同時に、男にとって必要となる影ができない。
「多少目立っても仕方ない、あたりを照らした上『フル装備』でいく!」
男は建物の上にいる女に向かって叫んだ。
「オレに光を!」
光が辺りを照らし出し、闇に潜むケダモノをも浮かび上がらせた。同時に男にとってもっとも強い武器もそこに生まれる。
男は裸足になると自分の影に手足を潜り込ませた。そして、まるで砂を巻き上げるように自分の影を自分にかけた。
「投影!」
淑女が闇夜に作り出した光のステージに、夜をもとりこむ影の戦士が舞い降りた。
「大丈夫、ワタシがサポートするから!」
「ああ! お前達に誰の幸せも壊させはしない……特に今夜はな!!」
あの思い出の夜から何度目だろうか、今年の聖夜も、影のない男と光を与える女が踊り舞う。




