スローライフにサヨナラを
※少し暗めのお話です。
外つ国に住む友人から、小包が届いた。
中には手紙と、厳重に梱包された箱。
ある映像が記録された、水晶が入っている。
僕たちの結婚披露宴の映像水晶だ。
あの時魔法使いの友人が、どういう風に魔法を唱えてくれたのか、今でも思い出せる。
結婚なんて、墓場に入るようなものだ。
いつもの皮肉を言う友人が、口角を上げ、呪文を詠唱する光景。
友人からの手紙には、『これを送って問題ないだろうか。できることならば、一緒にその場で、見たいと思う。』
なんて綴ってあり、らしくもない。
僕は大丈夫だ。
農作業も、公務も、順調にこなせるまでになった。
早く帰って、準備をしなければ。
ワインとチーズ、グラスを2つ。
君と僕の分。
ラズベリーで作ったケーキと、チーズケーキを1ピースずつ。
今年の収穫はずいぶん良かったね。
蝋燭を立て、火を付ける。
さあ、準備ができた。
水晶に魔力を込め、披露宴の映像を映し出す。
ああ。懐かしい。
むすっとした顔のお義父さんと、それをなだめるお義母さん。
お祝いの声をかける、たくさんの人々。
めったに酔わない父の、赤ら顔。
母の涙、隣にいる祖父の、くしゃっと笑った顔。
そして、一つ一つの席を回る君と、僕――。
もう、誰も、どこにも居ない。
白い陽の暑さが国中を灼き、鳥も鳴くのを止めた日のことだった。
外つ国へ留学に行っていた友人と、王族用の秘密の地下道を抜け、かろうじて助かった僕だけが、魔物の暴走から逃れ。
いなくなった人達だけでなく、思い出の品も、肖像画も、全て喪失した。
いつだったか、友人と連絡がつき。
少しずつ、僕の知ってることを伝えて。
残った人々と、国と日々を立て直し、生活が落ち着いて、喪ったことにも慣れてきた。
友人との近況報告に、公務の愚痴が混ざり始めた頃。
この映像を送ろうか? と魔法使いが聞いてきた。
ふと、水晶の反射に、のっぺりと張り付いた笑みの男が映る。
映像の世界が、永遠に止まってしまえばよかったのに。
乾いたはずの涙の代わりに、漏れ出たのは呪詛のような呟き。
還らない人達が笑む、甘い夢の中。
華燭の典は続いていく。
――これは、僕が禁呪を手に入れ魔王になる、ほんの少し前のお話――
この後、魔法使いの友人が勇者一行に入ります。