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彼女の居場所  作者: 深谷
マキナ村
9/13

9.増えた仲間とある少女との邂逅

「一班報告!」

「はい! 西区の住人たちも北区同様、診療所なるものを理解できている者はほとんどいませんでした」


 眼鏡をかけた細身の少年がハキハキと調査結果を報告する。


「リーダー。2班、南区、東区も同じような結果だったよ。町長から聞いたけどよく理解できない、アイサちゃんが何か始めたらしいけど、忙しくてそれどころじゃない。結局なんだったんだ。っていう意見ばっかり」


 次に手を上げ発言したのはぽっちゃりとした小柄な少年。


「ん。やはり、早急に診療所の認知度を上げていく頃から始めなければいけないな」


 最後にリーダーと呼ばれたロンが総括すると、うんうんと頷き合う十代前半の少年たち。一班二班といってもロンを含め、たった3人しかいない。各班一人ずつ。それは班と言ってもいいのか、しかし彼らは真面目に診療所に客や患者が来ない理由を、各家々を回り調査してくれているので無碍にもできない。

 村の人口は100人程度。そのほとんどが村の中で生まれ村の中で一生を終えて死んでいく。外界の情報は時たまやってくる商人のものだけ。たまに外界に夢を抱き出ていく者もいないでもないが、旅をする力も知識も何も持っていないため戻ってくるか途中で行き倒れるのが落ち。

 あえてしているわけではないし、そしてこの村だけに言えることではないが近隣の村々も似たような閉鎖的な場所であった。

 王都周辺ではもう少し文明的な生活をしているらしいというのは商人の話から推測できるが、その知識がこの村にまで行き届くのにはもう少し時間がかかるだろう。


「……あ、ありがとう」


 彼らは元々ロンが魔女退治のために奮闘していたころ最後まで残っていた仲間たちで、アイサが魔女という誤解が解けた後に、ロンと共に素直に謝罪にきた素直な少年たちだ。そして、薬屋の有用性。例えば、ただの薬草であればその辺りの森や山に行けばいくらでも生えているが、そのまま食べたり塗ったりしたところでその効果はたかが知れているし、大量に摂取するのには苦しい物もある。しかし、きちんと調合し、効果を高めれば丸薬一つ飲むだけで済み、苦みも軽減される。

 診療所の目的、怪我を軽いからと放っておいてそこから菌が入り重症になるのを事前に防ぐ、正しい知識で軽い症状に抑えることができる。などをきちんと理解し、閑古鳥のなく診療所の現状、村民たちの意識を調査。どのようにしたら人々を呼び込むことができるかなどを会議するということをここ数日行っていた。彼らの両親は田畑を耕すことを生業にしているため、午前中は彼らも手伝いを行う。そのため集まるのはもっぱら仕事の終わったお昼過ぎだ。

 そんな彼らは、アイサが作った菓子やお茶目当てに通っているという側面がないではないが、それでも毎日一人で無為な時間を過ごすよりはいい。

 菓子と言っても木の実と小麦を混ぜて焼いただけのほとんど甘みのないものであったり、その辺りに生えている食用の草を潰して芋と混ぜて茹でたものであったり、アイサが城で食べていた所謂お菓子ではないが、それでも少年たちにはとても好評であった。


 年下であるし性別も違う。しかし、そんな彼らとの時間は城内でのドロドロした内心何を考えているか分からない令嬢や使用人たちの顔色を窺いながらの遠回しな会話にうんざりしていたアイサには、表情と言葉と内心が一致していて、いちいち相手の裏を探らないでいいというまるで天国のようなひと時であった。

 それが何の実にもなっていない堂々巡りの会議という名のただのよもやま話であっても。


「そうだ、アイサ。今度姉を連れてきてもいいですか? 僕たちの話を聞いて興味を持ったらしくて。私も参加させなさいよって毎日うるさくて……」


 眼鏡の少年が辟易した様子で思い出したようにぐったりと項垂れる。


「ええ、もちろん。じゃあ、お菓子とコップ、それから椅子を増やさなくちゃ」

「げぇ、リザの奴呼ぶのか……」


 現在、診療所の椅子は二つで、アイサとロンがそれぞれ椅子に座り、ベッドに眼鏡とぽっちゃりの少年が座っている。


 ベッドにはまだ余裕があるが、初めての女の子加入ということで張り切ったアイサがわくわくと計画を立てる。しかし、少年たちは不評なようだ。


「その、あなたのお姉さん。リザさん? どんな子なの?」

「あいつは、ちょっと俺らより早く生まれたってだけで俺らの事舎弟か何かと勘違いしてる、気の強い嫌な女だ」

「うん、僕もちょっと苦手かな……」

「でも、弟である僕に拒否権なんてないんだよ」

「そ、そう」


 渋い顔をするロン。いつも朗らかなぽっちゃり少年は珍しく悲しそうに眉を八の字に下げ、眼鏡少年は諦念のため息。散々な言われように少し会うのが怖くなったアイサではあったが、今更駄目とも言えない。言ったとして拒否権がないのなら連れてこないという選択肢はないのだろう。


 明日連れてくると言って肩を落としながら去っていく少年たちを見送り、アイサも店じまいを始めた。今日も客足はゼロ。このままでは子供の集会所として認知されてしまわないか戦々恐々としながらもガチャンと頑丈な錠を付けてウーノたちの待つ家へと足を向けるのであった。


 次の日。

 今日は少し早起きをして、いつもより凝ったお菓子を作ることにした。糖度の高い果実と酸味のある木の実を煮詰めてジャムを作る。卵黄とバター、牛乳、そして小麦を混ぜ合わせ、卵白を泡立てた物を加えて型に入れてから焼く。村長宅にあるような大きなパン焼き窯ではないが、少量の菓子を作るには家の窯で充分だ。少々温度調節が難しいが慣れればなんてことはない。焼き上がったフワフワとしたケーキを半分に切ってかごに入れ、ジャムは瓶詰め。用意を整える。

 いつも通りに朝食を作り、残ったケーキをデザートとして出す。柔らかな食感は家族に好評で、ウーノも上機嫌で狩りに出かけていった。


「今日はいつもよりも気合が入ってるね」

「今日のお菓子、とっても美味しかったよ! また作ってね。アイサお姉ちゃん!」


 アイサ的にはもう少し甘みが欲しい所ではあるが、甘味が乏しいこの村ではそれでも贅沢なものとなる。椅子はすぐには用意できなかったので、ソニアに話だけ通しておいて、余っているカップを受け取ると足取り軽やかに診療所へ向かった。


 午前中はいつも通り、誰も来ない薬局のカウンターで一人過ごす。いつもより時間が経つのが遅く感じるのは午後が楽しみで仕方がないからであろうか。しかし不安がないでもない。

 女の子が来るのだからお茶は甘みの強いものにして、果実を入れるともっといいかもしれない。気に入ってくれるだろうか。

 気が強いと言っていたけど、どれくらいなのだろうか。急に怒鳴られたり悪態をつかれたりしたらどうしよう。城でいくらか耐性ができているとはいえ、最近は村で平和に過ごし過ぎて少しへ垂れてしまった気もする。

 高揚感と不安がないまぜに心中を渦巻く。落ち着かなくて無駄に立ち上がってはカウンターの周りをうろうろしてみたり、診療所のベッドのシーツを取り換えてみたり、あれこれしているとガンガンと力強いノックが聞こえた。


 いつもならロン達はノックなどせずそのまま入ってくる。もしかして患者さんかもしれない。慌ててドアを開けと、


「こんにちは、アイサ。私リズっていうの。よろしくね」


 アイサより少し背の高い女の子が、仁王立ちでふんぞり返るようにして立っていた。

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