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彼女の居場所  作者: 深谷
マキナ村
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8.解けた誤解と診療所

 ロンは突然やってきたよそ者の女、アイサを初めて見たとき驚いたとともに、その整った人形のような容貌に背筋が凍るような思いがした。彼が小さなころから寝物語に聞いていた魔女そのものの姿かたちをしていたから。


 真っ直ぐ腰まで伸びる艶のある漆黒の髪の毛に、釣り目がちな猫のような黒い瞳。陶器のように艶やかな少し血の気の悪い白い肌。魔女は子供を森へと誘い込み捕まえて食べてしまう悪い奴。

 だから、“森の中に子供たちだけでは行ってはいけない“。何度も何度も言い聞かされた、それは大人にとっては子供たちが危険な場所に立ち入らないようにするための一種の説教めいた怪談物語。ただのおとぎ話の一つであったが、ロンは彼女を見た瞬間その物語は事実なのだと確信した。


 悪い魔女がいるのだと、大人たちに知らせて回っても笑われるか呆れられるか、最終的に叱られて終わりだ。魔女は雑貨屋の店主たちをまずは取り込み、徐々に大人たちに洗脳を行っていった。初めはよそ者、しかもこの国では滅多に見ないであろう黒髪と黒目に遠巻きに見ていた者たちも、少し経てば一緒になって料理を作っただの話してみると案外いい子だっただの信者を着々と増やして言っている様子だった。


 ロンは俺だけは屈してなる者かと仲間たちと順番に魔女を監視し、しっぽを出さないかと観察を続けた。集団で襲撃しようという計画もあった。しかし、雑貨屋の娘に見つかると返り討ちに遭うし、なかなか計画通りに行かない。そして、その仲間も一人、また一人と去っていった。

 そうこう手をこまねいているうちに、魔女は村長まで手中に収めてしまった。魔女は村長が倉庫に使っていた建物を本拠地とするようだ。村と男たちがせっせと木材を運び込み、それから怪しい薬草やらよく分からない器具をどんどんと建物の中に運び込んでいった。


 一度忍び込んでめちゃくちゃにしてやろうかと思ったが、戸の鍵があまりにも頑丈で全くビクともしなかった。しかし、これで信ぴょう性も増したはずだ。

 この村で鍵をかけるなんてことをする家なんて、商売をしている雑貨屋か貴重品がたくさんある村長宅くらいしかない。それなのにあんな元倉庫にわざわざ鍵をかけて誰も入れなくするなんて何か人に見られたら困る物が置いてあるに違いない。


 そう思い、何度も侵入を試みるもどうしてもあいつは隙を見せなかった。


 そしてついに、最も恐れていたことが起こったのだ。


「そういえば、この前村にやってきた、アイサちゃんだっけ? あの子が診療所を始めたらしいよ」

「診療所ってなんだ?」

「さあ? 村長さんが怪我したり病気になったときに行くといいって言ってたけど、よく分かんねえな。そんなの適当に薬草塗るか飲むかしとけば直るのに」

「ふーん、よく分からないけど、あの子には色々よくしてもらってるからね。今度見に行ってみるかい?」


 両親があの魔女について話しているところを偶然聞いてしまったのだ。いつのまにか自分の親にまで触手を伸ばされていたとは。

 しかも“しんりょうじょ”なるものに怪我人や病人、すなわち弱った者たちを集めて何かするという。ハッと思いついたのは魔女の儀式のことだ。魔女は子供を食べることもするが、人をいけにえにし、悪魔を呼び出す人外の法を使うらしい。

 両親は近々その“しんりょうじょ”に行ってしまう。その前に魔女を打倒さねばならない。監視してしっぽが出るのを悠長に待っている暇はなくなった。

 仲間を集める時間さえ今は厭わしい。とにかく魔女を止めなければ。体格自体はそう変わらない。魔女の力さえ使われなければ自分だけでもどうにでもなるだろう。


 気が付くと彼は夕暮れの中を走り出していた。途中カーブを曲がり切れずにこけて膝が擦り剥けたがそんなこと気にしている暇はない。


 そして彼女はすぐに見つかった。下を向いてトボトボと、まるで落ち込んでいるかのように歩く彼女にロンはきつい口調で呼び止めた。


 それなのに。


 両親に手を出すな。出すなら俺を倒してから行けっ、という決意の下、相対したものの、思っていたような展開にはならず、なぜか傷ついたように顔をゆがませて叫ぶ彼女の言葉があまりにも寂寥感を感じさせて。

 泣き出しそうな顔で横をすり抜けようとする彼女に、気が付けば腕をつかんでいた。そこで急に疑問が頭をもたげた。ちょっと冷静になれば、いや、ならなくとも、こんな細腕のか弱い女の子のことをなぜ自分は魔女だと。悪だと決めつけることができたのか。彼女の方が年上とはいえ、たった2,3違うだけ。実際この数か月彼女は何も悪いことをしていない。

 排他的な村であるにもかかわらずすぐに村民たちと打ち解ける彼女を。ただ、髪と目の色が珍しいからというだけで、ただちょっと綺麗な顔をしているというだけで、何をそんなに焦っていたのだろうか。


 思わず確認するように彼女に問うと、途端。苦しそうだった彼女の表情がストンと消えた。


「……は?」


 彼は、自分の勘違いにようやく思い至ったのだった。


***


 ロンの独白を聞き、アイサは開いた口が塞がらなかった。


 蚊の鳴くような声でごめんと呟き下を向いて耳の先まで顔を赤らめさせた彼に何か言い返すのも阿保らしくなったアイサは、彼の手を引き診療所へと戻ってきた。


 膝の怪我も気になるし、どうやら彼は診療所が何なのか分かっていなかったらしい。もしかしたら他の村人たちもあまり理解できていなかったのかもしれない。それならば見てもらう方が早いだろう。


 誰かが勝手に入って薬の瓶を割ったり、場所を換えられたりしては大変だ。価格的にはそこまで価値はなくとも患者にとっては死活問題になりかねない。時たまやってくる商人からできるだけ頑丈な錠を頼んで見繕ってもらった。

 カシャンと小気味の良い音がして錠が外れる。

 戸を開くと嗅ぎなれたほのかに癖のある薬草が匂いたつ。埃一つない床や棚。皺ひとつない真っ白なシーツの敷かれたベッド。整然と並ぶ薬瓶や干した薬草。清潔に巻かれた包帯。薬研や乳鉢などの様々な製薬道具。そして、往診用の薬箱。


「やっぱり魔女……」

「違う」


 あまりに見慣れない道具や物に再度疑惑が首をもたげてしまったロンの言葉をピシャリと遮る。

 アイサはできの悪い生徒に教えるように小さく首を横に振ると、膝の怪我を消毒しながら薬屋とは診療所とは何かを言い含めるように諄々と説明するのだった。

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