11.臨時診療所と木の実
朝早く、アイサが一人往診箱を背負いやってきたのは田畑が広がる農場地帯だ。と言ってもそこまでまとまっているものでもなく、村人たちが無計画に耕したり潰したりしながら徐々に広がっていった場所といった風だ。
「お、アイサ! 待ってたぜ」
村民たちが各々農作業に精を出している中、ポツンと所在なさげに端の方で立っていたアイサに気が付いたロンが農作業の手を止めて大きく声を掛ける。それに呼応するように何人かの人がアイサに気が付き顔を上げた。そんな彼らに愛想よくぺこりと頭を下げると、ロンのもとへ向かった。
「よかった。他のみんなは?」
「マクリーとミラならもう少し奥の方にいるよ。リザは多分家でおばさんの手伝いじゃないか?」
眼鏡のマクリーにぽっちゃりのミラ。目を凝らすとそれらしき人物が小さく手を振っているような気がした。軽く振り返して最後のリザについて首を傾げた。マクリーやリザの家族の家業は農業ではないのだろうか。
「ああ、いつもは畑仕事だけど、今日は糸紡ぎやってんだ。ほら、綿とか麻とかその辺に植わってんのがそうだけど、あと、ちょっとだけ養蚕もやってる家もあるしな。それを年に何回か村の女総出で紡いで機織りして出来がいいのは売って、それ以外は俺らの服になる」
「へえ、なんだかすごいね」
城では勝手に仕立て屋がやって来て採寸されて、なんとなく好みを聞かれて気が付いたら自分ぴったりの服が届けられていた。素材がなんであるのか、それをどう生地にしてどう仕立てているのかなんて気にしたことなかった。
今着ている服もソニアから貰い受けたもの。村の女の子がよく着ている生成りの頭からかぶるだけのひざ丈のワンピースだ。フワフワとした白い綿花やひょろり見上げるほど伸びた青々しい麻の茎。さらに幼虫が吐き出した繭から最終的に自分たちの着る服ができるなんて何とも感慨が深い。
ほう、と感心していると、そんな彼女を訝しんだロンが肩を叩いて我に返す。
「んなことより、往診するんだろ? 水場はあの小屋の近くに井戸があるし小屋自体も今は多分何も入ってないからそこでけが人見たらいいんじゃないか?」
ロンの指さした場所には東屋のような藁葺屋根と柱だけの簡易な小屋があった。元は農具などを雨風からしのぐために作ったらしいのだが現在は使われていない。そこに茣蓙を敷けば休憩をするのにもいいし治療をするにもってこいの場所であった。
本来の往診とは意味合いが違っているが、それをわざわざ指摘してくる者もいないし、往診の意味を知っている者もほとんどいないので問題はないだろう。
「分かった。でも、一応大人にあそこを使ってもいいか聞いてからにするわ」
「あー、それもそうか。なら、そこのリーダーに聞いたらいいよ。俺ら昼には終わるからそれから手伝うことになる。あと周りで怪我した人がいたらそっちに行くよう言っとくよ」
ひと際体格がよくて日焼けて浅黒い厳つい男を指さすロン。この農業地域のリーダーをしている人物で、点在する農具置き場や小屋の管理も行っているということだった。
いつまでも話しているわけにもいかないため、手を振りわかれるとリーダーを訪ねるのだった。
ロンや村長から話を聞いていたのか、診療所の名を出すと二つ返事で了承を得た。それから茣蓙を敷き、消毒液や包帯、塗り薬や湿布を使いやすいように並べていく。屋根が日差しを遮り、程よいそよ風が小屋を通り抜ける。なかなかに快適な臨時診療所となった。
それからしばらく牧歌的な農園をのんびりと眺めていると、小さな男の子が父親らしき人物に連れられてやってきた。男の子は涙目で片方の手を包み込むようにしてしる。
「こんにちは。手を怪我されたのですか?」
「ああ、ここで治療してくれるって聞いたから。こいつ、鎌で指切っちまってよ。そこまで大怪我じゃないと思うんだが血が止まらないんだ。家に帰って止血するよりこっちの方が早いってロンに言われてよ」
ぽたりぽたりと血が滴り落ち、地面に染み込む。その血の量を見て男の子はヒッと悲鳴を上げた。父親の方は慣れているのかカラカラと笑いながら男の子をアイサに預けるとさっさと畑に戻っていってしまった。
おおらかなのか、何なのか。ぐすぐすと泣き始めてしまった男の子をとりあえず井戸のところまで連れていくと、水で傷口を洗い流していく。父親の言った通り思ったよりも傷は浅い。止血をしてから塗り薬を塗って包帯を巻く。血が止まったことに安心したのか、ようやく男の子は泣き止んだ。
清潔な布で涙を拭い、少しとはいえ血を流したのですぐに動くことはせず少し休憩していくことを勧める。干した甘みの増した木の実を差し出すとパッ笑顔になった。
しばらく雑談をして、父親が様子を見にやってきたところで男の子はお礼を言って小屋を出た。父親には念のために塗り薬を渡した。血が止まったのなら包帯はいらないだろう。
それからポツリポツリとやってくる怪我人の治療をして、小さな子供には干し木の実を渡した。治療よりもそのことが一番喜ばれた。
昼になり、子供組のお手伝いは終わる。3人組がやってきた。
「どんな感じだ?」
「ええ、ほとんど切り傷だから簡単な治療だから一人でも問題はなかったわ。ただ、思ったより干し木の実への食いつきがよかったのがちょっと、予想外というか。もうほとんど無くなってしまったの」
「でしょうね。治療から戻ってきた子から聞いたのか、それ以降ほんのちょっとの擦り傷とかでここに来ようとして親に怒られている子もいましたから」
「僕も貰いに行こうかと思ったもん」
「あら、それは困った子ね」
「ま、おおむね好調ってことでいいんじゃね?」
これで少しは診療所のことが分かってくれただろうか。今までのずさんな素人手当とは違う、きちんと手当された治療痕を見てからさらに実感してくれることを祈る。
反省点として木の実の量をもっと増やしておくことを念頭にいれ、半月程度、この臨時診療所を継続して行うこととなった。