10.美味しいお菓子とリザの忠告
「おい、何で先に行くんだよ」
「姉ちゃん、アイサが驚くからやめてていったのに」
「言っても無駄だよお」
いつもの3人組がやってきたことでようやく我に返ったアイサは、リザのことを改めてみる。威風堂々とした立ち振る舞い。濃い茶髪をポニーテールに結び、緑色の瞳でアイサのことを無遠慮に見下ろしている。しかし、城内の貴族たちとは違ってこちらを侮ったり見下したりしているわけではないらしく、あまり嫌な視線ではない。
「こんにちは。少し前からこの村でお世話になっているアイサといいます」
「フフ、そんなにかしこまらないで。弟から話を聞いて是非ともお友達になりたいと思ってたの。なのに、なかなか弟があなたを紹介してくれないから挨拶が遅くなってしまったわ。あまり、私と同年代の女の子がいないから寂しかったのに」
そういって視線を下に向けて悲しそうに笑ってから、すぐに気まずそうに明後日の方向を向く3人組を睨みつけた。なかなかに鋭い眼光。
「俺らに向ける態度と全然違う……」
「シッ、ロンは余計なこと言わない」
「そんなことよりも今日のお菓子はなんだろうね」
ぽっちゃり少年の言葉により、とりあえず診療所の中に彼女を案内して作戦会議という名のおやつタイムが開始されたのだった。
「んー、おいしい! 何このフワフワ。初めて食べるわっ。あなたのいたところではこれが普通なの?」
「んー、本当はもっと砂糖とかはちみつを使って甘みを加えたいんだけどここでは滅多に手に入らないでしょ。でも焼き加減は自分で言ってなんだけどうまくいったの思うの」
「アイサ、十分だよ。いつもの奴もいいけど、今日のは格別だな。お茶もいつもより甘くてうまい」
「リザが来るから今日は特に張り切って準備したの」
「まさか姉ちゃんに感謝する日が来るなんて。本当に美味しい……」
「ここはまさに天国だねえ」
フワフワケーキは大好評。3人組は天にも昇るような蕩け切った顔で、名残惜しそうにカス一つでも勿体ないと皿をなめるようにして完食した。
少し遅れてリザも食べきり、お茶をゆっくりと飲む。
「ふう。ごちそうさまでした。あなた、ここに来るまで料理なんてしたことなかったって言ってたのに、ずいぶん上手なのね」
「そう言ってもらえて嬉しいわ。ウーノさんたちに何か役に立ちたくて、村の人たちに色々聞いたり自分で研究したりしてたら楽しくなっちゃって」
おやつタイムが終わる頃には完全に打ち解けたリザとアイサ。皿とカップを片付け、人心地突いたところでようやく本題の薬屋兼診療所繁盛のための作戦会議が始まった。
まずは、リザに薬屋、診療所の存在意義、この村の診療所の認知度、彼らの病気や怪我に対する認識、その他の人が全然来ないという現状などを、順を追って説明した。そして、そこまで黙って話を聞いていたリザは腕を組んで一考。
「アイサ。とりあえず、その診療所を知ってもらうためにあなたたちが村人たちの家を周って説明したらいいんじゃないの? こんなところでじっとしてたって誰も来ないのは当たり前でしょう。だって、彼らは彼らの生活があるし、この村に新しい何かを取り入れるのはとても時間がかかるのよ。それはよそから来たあなたの方がよくわかっていると思うけど」
「いや、俺らだって村を調査して回ったついでに説明したって。でも全然ピンと来てないみたいなんだよな」
「そう、薬を1つ飲んだらこんなたくさんの薬草毎日飲まなくてもよくなるとか、傷口を洗いもしないで放っておくと大変なことになるよっていっても、今まで大丈夫だったんだから問題ないって相手にしてくれないし」
「ただのごっこ遊びだと思われて終わりなんだよねえ」
リザの言葉にすかさず反論する3人組。しかし、リザは一言馬鹿ねえと一刀両断。
「そうじゃなくて、ただ口で言っただけで理解できるわけないでしょうってこと。実際に治療して薬を渡して来いって言ってんの。アイサ、この店は町長に言われてできた物だけど、もうあなたのお店なのよ。あなたが率先して宣伝に行かないと意味がないでしょう。それに薬のことも治療のことも詳しく分かっているのはあなただけなのだし」
そう言われて、アイサは目からうろこが落ちた心境だった。なんだかんだ言って箱入り娘のアイサ。この村ではそんなこと通用しないと分かっていたはずなのに、城を出てからカティアたちと別れてしまってから、気がつける場面はいくらでもあったはずなのに。どうしても無意識に人に何かしてもらうのは当たり前で、アイサ自身はそこに居れば誰かが何とかしてくれるだろうと考えていたことに、自身の浅ましさに愕然とした。村長が村の人たちに周知したからと、3人組が聞き取り調査をしてくれたついでに更に宣伝してくれたからと、それなのになぜ人々はここに来てくれないのか。もうこちらは十分に行動しているのになぜ? と、勝手に被害者意識を持っていた。
自分自身が何一つ動いていないのに何を言っていたのだろう。こんなところで暢気におやつタイムをしている暇はなかったのだ。
「お、おい。アイサ。こいつ口悪いからあまり気にすることないぞ」
「そうですよ。姉ちゃん、耐性のない人にあまりズケズケ言うのはどうかと」
「そうだよ、別に誰も来なくても僕たちは毎日来るから寂しくないよ」
リザの言葉を聞いて黙りこくってしまったアイサを心配した3人組の言葉は、アイサの耳をむなしく素通りしていった。
「……そうよね。そうよ。リザ、ありがとう! なんで今までここでじっとしてたんだろう。誰も来ないのならこちらから行けばいいなんて当たり前のこと、何で気が付かなかったのかしら。往診したら駄目なんてそんなことないのに、往診箱だって用意したのにただの宝の持ち腐れになるところだったわ。本当にありがとう!」
急にハイテンションで立ち上がり、感激を全身で表すアイサに、皆一歩引き気味になる。リザの両手を取り握り絞めブンブン上下に揺らして何度も何度も感謝の言葉を告げると、
「さて、そうと決まったらすぐに用意しなくては。あなたたちごめんなさい。きっと明日からお菓子作れなくなる」
そこでようやく3人組のことを思い出し、申し訳なさそうに頭を下げた。
「何言ってんだよ。そんなの気にすんなって、俺らは元々アイサの手伝いをしたくてここに来てたんだ。お前が村を周るっていうなら俺らもそっちについて行くに決まってんだろ」
「そうですよ。人では多い方がいいでしょうから」
「うん、でもたまにはまたお菓子作ってくれると嬉しいけどね」
「みんなっ! ありがとう!」
感激したアイサに3人まとめて抱きしめられ、急なことに顔を真っ赤にさせる少年たち。そんな様子をうんうんと満足げに見つめるリザ。
その後、簡単な包帯の巻き方や処置の仕方、薬の種類の講習を彼らに施す。それからどこから往診に向かえば効率的かを話し合い、解散した。
停滞していた空気が大きく動き出したことを感じ、アイサは何とも言えない高揚感を抱きつつ帰路につくのであった。