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彼女の居場所  作者: 深谷
プロローグ
1/13

1.平穏の終わり

 アイサは姉の代替品として生まれた。


 生まれつき病弱な姉。貴族の娘は多少の情けはあるものの大抵は政略の道具として扱われる。彼女が欠陥品であることが分かった瞬間、彼女の父親は彼女のこと要らないものと認識した。そして翌年アイサが生まれた。

 アルキア王国の公爵令嬢であり、可憐で儚げな美しいアイサの姉は、自室のベッドの上から顔をのぞかせ、庭師によってよく手入れの行き届いた庭園を憂いのこもった漆黒の瞳で見下ろしていた。


 そんな庭園には芝生の上を駆けまわる一人の少女。アイサは姉とは正反対で生まれてこの方病気一つしたことのない健康体であった。姉に姿は似てはいるものの、特段秀でているわけでもない地味な容姿と令嬢としては眉を顰められてしまうほど活発で勝気な性格。

 勉強に飽きてしまったのか喜々として講師たちから逃げ回る彼女を見下ろしながら、姉は愛おしむように口元だけで小さく微笑む。

 ギシリ、と歯を食いしばる音が聞こえた。背後にいる母親の忌々し気に細められた鋭いまなざしがこちらに向かないように、気づかれないようにすぐさま笑みを消す。


「お母さま。少し眠くなってしまいました」

「あら。今日は少し日が強いから疲れが出てしまったのかしらね。ゆっくりお休みなさい」


 途端、鋭い視線は鳴りを潜め柔和な表情を浮かべた母親が、愛おしむように彼女の艶やかな黒髪に手を這わせる。使用人に銘じて彼女をベッドに横たわらせた。

 欠陥品を生んだ妻のレッテルを張られたくなかったのか、寝たきりの娘に同情したのか、母親は欠陥品の姉を狂信的に愛し、健康的な代替品であるアイサを盲目的に憎んだ。


「本当に忌々しい……どうしてこの子がこんな不憫な思いをしなければならないの。どうしてあの子はあんなに元気なのに、どうして……」


 退出する際、母親がポツリと呟いた小言に彼女は誰もいなくなった部屋で一人。


「だからといって、あの子のせいではないのにね」


 そう言って、ゆっくりとまどろみに身をゆだねていった。


***


 アイサが5歳の頃。王太子の許嫁。未来の王妃候補としての教育が始まった。もちろん王妃候補は彼女だけではないが、公爵家の令嬢というだけで他の者よりも優位な位置にいた。アイサは身体的には健康で、見目も姉程ではないが悪くない。道具としては申し分がなかった。

 彼女たち王妃候補は城内にて軟禁に近い状態で教育を受ける。年端も行かぬ彼女たちは毎日監視され、評価され、そして基準に満たないと判定されると親もとへ返された。そして、気が付けば彼女の他に残った候補は2人となった。

 だからといって、彼女自身がそのことについて誇ることはなかった。ただ家に帰らなくてもよい期間が延長になったという事実はとても喜ばしかった。

 彼女の父親はどこまでもアイサを政略の道具としてしか見ておらず、母親は本来であればアイサの姉が王妃候補として登城するはずだったのにと、謂われのない恨みを抱き、その思いに同調した使用人たちも彼女のことを冷遇していた。年の離れた兄は公爵家跡取りとして自分の事で手一杯であるし、一つ離れた姉は自力でベッドから起き上がることすらできない。公爵家には彼女の居場所などどこにもなかった。


 2年後、王妃候補がアイサ一人に絞られることとなった。公爵家へ帰りたくない一心で勉学に励み、自分を抑え込み、優等生を演じ続けた。

 講師からは、王妃としての立ち振る舞いや様々な教養を叩きこまれた。退屈であろうとつらかろうと逃げることはせずに歯を食いしばって耐えてきた。それはこれからも続くだろう。

 しかし、彼らは公正であった。理不尽なことで喚き散らすこともなく手を上げることもなく、気分で食事を抜かれることもなかった。土砂降りの雨の中泥水に突き飛ばされ罵声を浴びせられることも、そんな姿を見ても無関心になかったことにされない。ただそれだけでこの王城が天国のように思えた。

 王妃とは初めて登城した日に一言二言言葉を交わしただけであったが、これからは彼女から直接、王妃としての心得や彼女の得意とする外交について学んでいくこととなった。それに並行して、隣国から15年前、和平のための実質的な人質としてやってきた第二側妃からはこの国にはない薬師としての知識、彼女の国の言語を学ぶ。

 王妃に子はおらず、第一側妃が王太子と第二王子を、第二側妃が姫をそれぞれ産んでいる。王妃は子供が好きなのか、側妃の子供たちを分け隔てなく我が子のように慈しんでおり、さらにアイサに対しても厳しいながらも愛情を持って接してくれることに面はゆさを感じていた。第一側妃や王子たちとはあまり関わることはなかったが、第二側妃や姫とは友好を深めることができた。

 少しだけ抑え込んでいた自分自身と言うものを取り戻すことができた。


 家族を諦めた彼女にとって、心赦せる人物たちとの数年間は何物にも代えがたいかけがえのないものであった。


***


 14歳の春。何者かによって王妃が毒殺されたとの報を受けた瞬間、彼女の幸福な日常は音を立てて崩れ去った。

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