第八話 今日から魔法のお勉強
そして三年の月日が流れ、イリーナとアリフィアの二人は七歳に成長していた。
「イリーナちゃ~ん! 早く行かないと遅れちゃうよ~!」
「は~い! すぐ行くからちょっと待って~!」
この街の子供達は七歳になると、教会に魔術や算術などを習いに行けるようになる。
子供達の中には魔術以外の職業に憧れる者も居るので、強制的に教会へ行かされるような事はない。
子供達の意思を尊重し、教会へ行って魔術を習いたいと願った子供に限られている。
当然の事だが、イリーナもアリフィアも教会に通う事を親に願い出ていた。
イリーナの父親は『うちの娘は天才なんです! だから特別授業をお願いします!』などの恥ずかしい親バカ発言を連発していたのだが、後日それを知ったイリーナと母親に叱られ、暫くの間だが無視をされ悲しい思いをする事となる。
イリーナ達が教会に到着すると既に三十人くらいの子供たちが椅子に座っていた。
二人が慌てて空いている場所を探して席に着くと、程なくしてエルフらしき女性が子供達の前に現れた。
(うわ~、凄く綺麗~……ママやアリフィアのお母さんもそうだけど、この世界の女性って美人さんが多いわよね~)
イリーナは女性の美しい容姿に見惚れていた。
エルフは魔界に住む者の中では比較的寿命が長いらしい。
その為に知識の量や使える魔術の種類も他の魔族よりは豊富になり、教会で働く司祭様や教師と言った職業に向いているようだ。
「初めまして、ラウラ・アグーチナです、今年は教会でお勉強をしたいって言ってくれたお友達は、ここに居る三十三名になります、これからみんなで仲良く頑張っていきましょうね」
部屋には七歳の子供だけが集められていた。
どうやら八歳以上の子供は別の場所でより高度な勉強や魔術の練習をしているようだ。
三十三名と言うのはイリーナが想像していたよりも少人数だったが、前世でも仮に学校へ行く事を自由に選べて、しかも必死に進学をする必要が無く、学歴が就職に何も影響がない世界だとしたら、好んで勉強をする子供と言うのは少なくなるのではないだろうか。
むしろ勉強がしたくてしたくて仕方がない子供だけが集まった方が、教える側としては効率が良いかもしれない。
「皆さんはまだ魔術がどう言ったものなのか分からないと思いますので、今日は一番大切な基礎の部分をお話ししたいと思います」
ラウラの話はとても興味深かった。
イリーナの頭にある魔法のイメージと言えば、前世で見たアニメや漫画に出てくるような不思議な力で、呪文を唱えるだけで魔法少女に変身出来たり、凄い威力の攻撃で悪者を退治出来たり、欲しい物がポンポンと出せたり、テレビを見ていた女の子なら誰でも憧れるような力の事なのだが、どうやら実際の魔術とはそんな都合の良いものではないらしい。
「まず勘違いをしている方も多いと思いますけど、魔術と言うのは何も無い所から好きな物が出せちゃう、そんな夢のような術ではありませんよ」
魔術とは『無』から『有』を生み出す事は出来ず、この世界にある物質を利用し、魔力で使いたい物に変換する術なのだと言う。
「私は魔術で色々な物を生成出来ますけど、全く知らない物は作り出す事は出来ません……例えばそうですね……物語によく出てくる『伝説の剣』ってありますよね? あれって何でも切れるし絶対に折れないし、あると凄く便利だと思うんです……でも私は伝説の剣が何で出来ているのか知りませんし、どんな仕組みで折れなかったり良く切れたりするのかも分かりません、だから魔術で作り出す事が出来ないんです」
ラウラは例えとしてこんな話をしてくれた。
「もしここに、とても優秀な鍛冶職人さんが居たとしても、目の前に鉄や鋼などの材料が無ければ、たった一本の剣でさえ作る事は出来ませんよね? また材料がたくさんあったとしても、それが鉄鉱石や砂と言った形であったとしたら……そこに材料が含まれている事を知らなかったり、どうすれば取り出せるのかを知らなかったら、やっぱり剣を作り出す事は出来ませんよね?
魔術もそれと同じなんです……この世界にない物や材料が分からない物は出す事が出来ませんし、材料がある物でも、その物質はこの世界のどこに、どんな形で存在しているのか、どうすればその物質を取り出す事が出来るのか、それらを理解し頭の中に思い描けなければ何も出来ないんです」
「ラウラ先生~、じゃあ知識が足りなかったら魔術は全然使えないんですか?」
イリーナの質問に対し、ラウラは少し考えてから話し始めた。
基本としては知識が足りない場合は魔術はつかえないらしい。
だが例外として、魔力が大きい者の場合は稀に使えてしまう事があると言う。
当然の事だが中途半端な知識で発動してしまった魔術は暴走の危険があり、決してやってはいけない事とされている。
ラウラは何故危険なのか、何故やってはいけないのかを子供達に説明した。
「え~っと……例えばみなさんが毎日飲んでいるお水は、この世界のどこにあるか分かりますか?」
「井戸にありま~す」
「川にも流れています」
「はいそうですね、でも実はこのお部屋の中にもお水があるんですけど、どこにあるか見つけられますか?」
子供達は部屋の中を見渡し、壺や桶が置いていないか探し始めた。
アリフィアも一生懸命探しているがなかなか答えが分からず唸っている。
このままでは誰も答えそうになかったのでイリーナが元気よく手を挙げた。
「空気の中に水蒸気のような小さな粒の形で隠れています」
「え? イリーナさん凄いわね、正解ですよ」
「イリーナちゃん凄い凄い!」
ラウラとアリフィアに褒められ、イリーナは少し嬉しくなった。
「目に見えない物を認識し理解するのはとても難しい事です、でもみなさんは今このお部屋には見えない形でお水が隠れている、そしてそれを集めればお水になるって事を知りましたよね?」
「はい」
「凄く稀な事なんですけど、使う人の魔力がとても大きい場合、水蒸気がどんな物なのかイメージ出来なくても、その知識だけでお水を出せてしまう場合があるんです、でもそれは凄く危険な事なんですよ」
イリーナは過去に水を出してしまい、母親に心配を掛けた時の事を思い出していた。
「少し難しいお話になりますけど、実は私たちの体の中にもたくさんのお水が隠れているんです、血液とか細胞とか……だから正確に空気の中のお水だけを集めるイメージが出来ていれば、何の問題もないんですけど、お部屋の中にあるお水をって、そんな漠然としたイメージを思い描いてしまったら……そんな状態で魔術が発動ししてしまったら……その時は空気の中のお水だけではなく、体の中のお水も奪われてしまい死んでしまう場合もあるんです」
この時イリーナは初めて母親が心配し、泣き崩れた理由を理解した。
普通の大人ならば四歳の子供が、水は熱すると水蒸気に姿を変えると言った知識を持っているとは思わないだろう。
母親は稀に起きてしまう危険な状態が娘を襲ったのだと思い、うろたえていたのだ。
「だから物事をキチンと理解できる知識を学ぶ事はとても大切なんですよ、それに知識が増えればそれだけ使える魔術の幅も広がりますからね」
「先生~、それって色々な物が出せるようになるって事なんですか?」
「それもありますけど、同じ物を出す魔術でも知識が多い方がいいんですよ、さっきの鍛冶職人さんのお話で例えると、職人さんの前に鋼と鉄鉱石の両方が置いてあったとすると、鋼を加工する知識しかない職人さんは剣を一本しか作れませんけど、鉄鉱石から鉄を取り出す知識もある職人さんは鋼と鉄の二本の剣を作れますよね、魔術もそれと同じなんです、知識を増やせばそれだけ使える魔術の種類も威力も増えていくんです、だからみなさんも、これから私と一緒に色々な事を覚えていって、正しい魔術が使えるように頑張りましょうね」
「は~い」
元気な返事が部屋中に響き渡る。
イリーナは明日からの授業がとても待ち遠しかった。