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第七話   その魔法はあなたなの

 イリーナとアリフィアが心を通わせてから数か月が経ったある日、二人は思いもしなかった出来事に襲われる事となる。

 アリフィアの事を虐めていた少年達が言葉の暴力だけではなく、ついに手を出して来たのだ。


「お前! 人族のくせに何でここに居るんだよ!」

「わ……私は人族なんかじゃ無い……」

「うそ言うなよ! 母ちゃんも父ちゃんも言ってたぞ! お前も、お前の母ちゃんも全然魔術が使えないのは人族だからだって!」

「使えるもん……魔術くらい使えるもん……」

「だったら今ここで使ってみろよ!」


 少年の一人が足元の小石を拾いアリフィアに向かって投げつけた。


「どうした! ほらほら、魔術を使ってみろよ」

「痛い! やめて! お願いだからやめて!」


 集団心理とは恐ろしいものである。

 一度タガが外れ、自制心の無くなった少年達の心には『子供故の残酷さ』が如実に表れていた。

 四人の少年はアリフィアを囲むようにして次々と小石を投げつけた。


 アリフィアの家に遊びに行く途中のイリーナが、偶然その場面を目にしてしまう。


「あなたたち何してるの!」


 大声で叫んだイリーナは全速力で走って行き、地面にうずくまっているアリフィアを守るように覆いかぶさった。


「何だこいつ? こいつも人族の仲間か?」

「いいから一緒に退治しようぜ! 魔族のくせに、この裏切り者!」


 痛みを感じなくなったアリフィアはそっと後ろを振り返ってみた。

 するとそこには苦痛に耐えているイリーナの顔があった。


「イリーナちゃん、どうして!」

「アリフィアちゃんこんなに血がいっぱい出て……許さない! 絶対絶対許さない!」

「早くどいて! イリーナちゃんまで虐められちゃう!」


 イリーナには戦う力がある訳ではなかった。

 誰かが助けに来てくれる予定や、助かるための対策などがある訳でもなかった。

 ただ見て見ぬふりをするような卑怯者にはなりたくない……大切な友達の為に何も出来ないような弱虫にはなりたくない……

 そんな思いで気が付くと飛び出していたのだ。


「アリフィアちゃん大丈夫だよ、私が絶対に助けてあげるからね」

「やだやだやだ! このままじゃイリーナちゃんが死んじゃう! 誰でもいいから助けて!」 


 イリーナは投石を受けながらどうすれば良いのか必死に考えていた。

 だが『石が跳ね返ればいいのに』『空気のバリアが出来たらいいのに』……そんな何の解決にもならない非現実的な事しか浮かんでこない。

 

 しかし暫くすると不思議な事に石が当たる音も体に響く衝撃も無くなっていた。

 少年達は飽きて帰ってしまったのだろうか……そんな想いでそっと周りを見たイリーナは自分の目を疑った。

 少年達は帰るどころか、悲鳴をあげなくなった二人に対し更に過激な攻撃を加えていたのだ。

 石は『岩』と呼んでもいいほどの大きさになっており、少年の一人が必死の形相で持ち上げようと……いや、イリーナ達が気付かなかっただけで、すでに何個かは投げつけられていたようだ。

 何が起きているのか理解できないでいると、一組の男女が叫びながら近付いてきた。


「バカヤロー! 貴様ら何をやってる!」


 闘牛のような容姿をした大きな魔族が少年達を次々に殴り飛ばしていった。


「どこのガキだ! 性根を叩き直してやる!」


 殴り飛ばしただけではまだ気が済まないのだろうか、男性は少年達の胸倉を掴み引き摺りまわしている。

 少女二人を少年四人が囲み、石や岩を投げつけている現場を目の当たりにしたのだから、たとえ大人でも理性を無くして過激になってしまうのは仕方のない事かもしれない。

 そんな男性を横目に女性がイリーナ達の方へと近づきしゃがみ込んだ。


「こんな小さな女の子に酷い事を……よく頑張ったわね、もう大丈夫よ」


 女性は二人を抱きしめると癒しの魔術を使い始めた。

 難しい言葉ばかりだったのでイリーナには何を言っているのかは聞き取れなかったが、二人の傷は消え、出血も痛みも治まっていた。


「あ……ありがとうございます……」


 傷を癒す魔術に興奮しながらも、イリーナは女性に礼を告げた。

 続いてアリフィアの方を見るとまだ震えたまま呆然としている。

 体の傷や痛みは消えても、心の傷や痛みは消えはしない……。

 イリーナはアリフィアを優しくそっと抱きしめた。


(それにしても途中から痛みを感じなくなったのはどうしてなのかしら? 石や岩は確かに投げられていたのに……落ちてた岩の位置から見ても私の体に当たってたのは確かなんだけど)


 イリーナは今起きた不思議な出来事を考えながら、助けてくれた女性に付き添われてアリフィアの家へと向かった。

 少年達の方はと言うと、その後も何度も何度も男性によって殴り飛ばされていたようだ。

 女性いわく『怪我は後で私がいくらでも治してあげるから大丈夫よ、あの子達には他人を傷つける痛みをもっともっと体に染み込ませてあげないとね、これは親切心でやってあげてる躾だから』との事だったが、ニッコリと微笑みながら話すその姿は少しだけ怖かった。


 家に着くと服がボロボロになっている二人を見て母親が酷くうろたえたが、女性から事の経緯を説明されると涙を流しながら二人を抱きしめた。


「ごめんね、助けてあげられなくてごめんね……」


 母親は自分が人族だと噂されている事が原因で、娘にまで辛い思いをさせている事を悔やんでいるようだった。

 イリーナは何とか場の空気を和ませようと、汚れた服をつまみながらお道化るような笑顔で話した。


「えっと~、このまま帰るとパパとママが驚いちゃうからお風呂に入りたいな~、あとお洋服も借りられたら嬉しいな~」

「え? あ、そうよね! すぐに用意してあげるから少しだけ待っててね」


 母親は涙を拭い、慌てた様子で部屋を後にする。

 暫くしてお風呂の用意が整ったのでイリーナとアリフィアは一緒に体に付いた砂汚れを落とし、新しい服へと着替える事にした。

 ようやく落ち着くことが出来たところで、アリフィアがゆっくりと話しかけてきた。


「ねぇイリーナちゃん……」

「何? どうしたの?」

「どうしてイリーナちゃんはあんな事をしたの?」

「え? あんな事って?」

「イリーナちゃんが大怪我をしてたかもしれないのに……どうして私に覆いかぶさってくれたの?」


 アリフィアは下を向いたまま淡々と話しかけてくる。


「え~っと……何にも考えてなかったかも……えへへ」


 その答えに対して怒った訳ではないのだろうが、アリフィアは険しい表情でイリーナに詰め寄ってきた。


「何も考えてないって! もしかしたらイリーナちゃんが死んでたかもしれないのに! なのにどうして私なんかの為に!」


 捲し立てるアリフィアの言葉を遮るようにイリーナが語りかける。


「『私なんか』じゃないよ……他の誰でもないアリフィアちゃんだから……アリフィアちゃんが大切なお友達だから……それが答えじゃダメ?」


 アリフィアはその後何も言えなくなり、大きな声を出して泣き出してしまった。

 

「もう大丈夫なんだから泣かないでよ……それよりも、あの男の子達が大きな石を投げ始めた時に、アリフィアちゃんも私の事を守ってくれてたでしょ? ありがとうね」


 イリーナは石による攻撃が効かなくなった原因をずっと考えていた。

 助けてくれた男女のどちらかが魔術を使った可能性も考えたが、二人が現れたのはイリーナが痛みを感じなくなってから随分と経ってからなので、この二人のお陰とは考えにくい。

 イリーナが防御の魔術など使えないのは、本人が一番分かっている。

 以上の事から消去法で『あの攻撃を防いでいたのはアリフィアが無意識のうちに使った魔術である』と言うのがイリーナが出した結論だった。


「え?……」


 アリフィアは思いもしなかった言葉に泣く事も忘れて呆然としてしまった。

 

「だ~か~ら~、私はあの石を防いでたのはきっとアリフィアちゃんの魔法だって思うの」

「わ、私は魔術は使えないし……」

「でもあの時アリフィアちゃんはずっと『イリーナちゃんが死んじゃう! イリーナちゃんを助けて!』って声に出して願っててくれたでしょ?」

「う……うん……」

「それが魔法が発動した条件だと思うの」

「そんな事ってあるの?」


 イリーナは以前に魔術で水を出してしまい、母親を心配させてしまった時の事を話した。

 魔術の知識が無くとも条件さえ揃えば発動してしまう事や、それが凄く危険な事も。


「だからアリフィアちゃんも知らないうちに防御の魔法を使っちゃったんだと思うの」

「そう……なのかな? だったら嬉しいな」

「絶対にそうだって、凄く危険だと思うから確かめる事は出来ないけど、もっともっと大きくなって、魔術の事をいっぱいお勉強したら分かる事だと思うわ、だから二人で凄い魔法を使えるようになりましょうね」

「うん!」


 二人は明るい笑顔で手を握り合った。

 イリーナがいつも傍に居てくれる……その安心感はアリフィアの心から容姿に対する劣等感を消し去り、自然な笑顔で笑えるようになっていた。

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