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第六話   心の繋がりを確かめる

 教会で知り合ったイリーナとアリフィアはよほど気が合ったのか、頻繁にお互いの家へ行き来して遊ぶようになっていた。

 アリフィアは母親と二人暮らしをしており、父親はアリフィアがまだ赤ん坊の頃に他界してしまったらしく顔は知らないのだと言う。

 母親は娘と同じ色の髪と瞳を持ち、アリフィアが成長した姿が容易に想像できるほど似た容姿をしていた。


 イリーナとアリフィアがこれほど仲良くなれたのは同じ年齢だったと言う事もあるが、それ以上に魔族にとっては『絶対悪』である人族への考え方が似ていた事が大きな要因なのかもしれない。

 他の魔族には言えないような考えでも、二人きりの時には気兼ねなく話し意見を交わす事が出来た。

 ただ、アリフィアは人混みの中に行く事や、イリーナ以外の魔族と接するのが苦手なようだった。

 二人で居る時以外はフードを目深に被り、極力顔や肌が見えないようにしている。


「アリフィアちゃんっていつもお顔を隠してるけど、日差しに弱いの?」

「ううん、そうじゃないけど……でも……私って変でしょ? だから隠さないと……」

「え~! 全然変じゃないよ!」


 軽いウェーブのかかった金色の髪と青い瞳、そして透き通るような白い肌……。

 アリフィアはイリーナが前世で持っていたフランス人形のように可愛い容姿をしていた。

 しかし、なぜか本人はそれが気に入らないらしい。

 髪の色や肌の色が分かりにくいように、いつも泥や炭を塗って汚している。


「もう、凄く可愛いのに、泥なんか塗ってたらもったいないよ」

「本当?……でも、近所の男の子は……ううん、ごめん、何でもない……私この格好が好きなの」


 アリフィアは一瞬だけ頬を染めて表情を緩めたが、すぐに悲しそうな表情へと変わってしまった。

 何かを恐れ、避けているような……そんな雰囲気だったが、それは興味本位で聞いてはいけない事のように思える。

 イリーナは気にはなっていたが聞き返す事が出来なかった。

 

 しかし一週間ほど過ぎたある日、イリーナはいつものようにアリフィアの家へと遊びに来ていた時に、その原因が分かってしまった。

 

「こんにちは~、アリフィアちゃ~ん、あっそび~ましょ~」

「あっ! いらっしゃ~い、中に入って入って~」


 中に入るとアリフィアと母親が出迎えてくれた。

 テーブルを見ると焼き菓子と飲み物が用意されている。


(アリフィアのお母さんっていつ見ても美人さんよね~、お菓子を作るのも上手だし、前世の日本だったら絶対に男の人にモテモテで人気モデルとか女優さんになってたと思うわ)


 こんな考えは人間の容姿に対し何の疑問もなく美しいと思える感性と、魔族の容姿も普通に美しいと思える二つの異なった感性を持つイリーナだからこその意見なのだと思う、

 人間の感性を持たない魔族からはアリフィア親娘おやこの容姿はひそかに問題視されていたのだが、イリーナはそれに気付く事ができなかった。

 しかしその問題は不意に窓の外から聞こえてきた子供達の声で気付かされてしまう。


「なぁなぁ、この家のおばさんって実は人族だって知ってるか?」

「え~! うっそだぁ~」

「うそじゃないって! 母ちゃんも言ってたぞ、だから魔王様が退治してくれるまでは迂闊に近づくなって」

「こえ~! 怒らせたら俺たち殺されちゃうじゃん! 早く逃げようぜ」


 そう、アリフィア母娘おやこの容姿は、周りからは浮いてしまうくらい魔族には見えないのである。

 加えてアリフィアの母親は日常の簡単な魔術も使う事が出来なかった。

 その事が更に噂を広めてしまう要因となっていた。

『あの母娘おやこは実は人族なのだ』と……。


 悪意にまみれた噂のせいでアリフィアはいつも周りから奇異の目で見られていた。

 それが辛くて羽や尻尾のない背を大きな布で覆い、角も触覚も無い頭を隠し、髪や肌に泥を塗って出来る限り目立たないようにしていたのだった。

 外の声を聞いたアリフィアが怯えるような視線をイリーナに向けている。

 今までは気にしていなかったとしても、人族だと疑い始めればイリーナも奇異の目で見てくるかもしれない……アリフィアはそれを恐れていたのではないだろうか。

 しかし当然の事だが、イリーナは一度も人間の容姿を異形だと思った事も、人間の存在を恐ろしいと思った事もなかった。

 それ故に自分に向けられたアリフィアの怯えるような視線が辛い。


 今までずっと周りから酷い言葉を投げ掛けられてきたのであろう、簡単に人を信用出来なくなったのも分かる……

 仲良くなったと思っていた友人が些細な理由で簡単に離れて行ってしまった時の悲しさも理解できる……。

 どう答えれば良いのか分からず困っているイリーナに対し、アリフィアがポツリと言葉を漏らした。


「もし……もしも私が本当に人族だったとしたら……やっぱりイリーナちゃんも私から離れて行っちゃうの?」


 突然のアリフィアの言葉にイリーナは溢れ出る涙を抑える事が出来なくなっていた。


「どうしてそんな事を言うの!」


 イリーナは前世での事を思い出していた。

 生まれつき聞こえない……たったそれだけの理由で近所の子供たちに避けられ、仲間に入れてもらえなかった日の事を。

 好きで聞こえない耳を持って生まれた訳じゃないのに……どれほど望んでも自分の力ではどうにも出来ない事なのに……。

 いったい何をすれば自分と一緒に遊んでくれるのか……そう悩み心を痛めた日の事を。


「魔族とか人族とかそんなの関係ないでしょ! 私はアリフィアちゃんが魔族だからお友達になった訳じゃないもん! 私はアリフィアちゃんが好きだから……だからお友達になりたいって思ったのに……なのに……なのにどうして私の事を信じてくれないの!」

 

 イリーナは感情を抑える事が出来なかった。


「もし仮にアリフィアちゃんが人族だったとしても、それはアリフィアちゃんのせいなの? アリフィアちゃんが努力すれば何とかなる事なの? そんなどう仕様も無いことを理由にして離れていくような卑怯者だって……私の事をそんな風に思ってたなんて……」


 前世でも幼い頃に聞こえない自分と友達になってくれた聴者の子供も居た。

 だが、その多くは徐々に聞こえない事を煩わしく思い、会話が出来ない事が面倒になり、そして離れていった。

 残ってくれた友人も、聞こえない者と一緒に居る事を周りから揶揄からかわれると逃げるように離れていった。

 その時の辛さは生まれ変わった今でも忘れる事は出来ない。

 だからこそ、自分はそんな卑怯な人達とは違うと信じてほしかった。

 イリーナはアリフィアから怯えた視線を向けられる事に耐えられず、ついには膝を折り泣き崩れてしまった。

 その姿を見たアリフィアは言ってはいけない言葉を使ってしまった事を……大切な友人を信じてあげられなかった事を後悔し涙を流した。


 その後の二人には余計な言葉は必要なかったのかもしれない。

 イリーナとアリフィアの二人は泣き疲れて眠ってしまうまでお互いの傍を離れる事は出来なかった……その姿はまるで子猫が優しさと温かさを求め、そっと寄り添うようであった


 目を覚ました時、本当の気持ちを理解しあえた二人はきっと、お互いが掛け替えのない存在となっている事だろう。

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