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第六十四話 万全の体調で挑む為に

 風除けの壁を作る手指魔術は疲労軽減に劇的な効果があった。

 どれほど速度を上げようとも、風圧による息苦しさを感じる事も無ければ手綱を持つ手に力を込める必要性も感じられない。

 しかも鞍へと固定された体躯は安定し、落馬の危険を考える必要性もなく、馬上とは言え簡易的な食事なら取れそうな快適さであった。


「もしもしイリーナちゃん、私の声が聞こえてる?」

「どうしたのアリフィア? さっきの村を出発してまだ二十分くらいしか経ってないのに、もう漏れそうなの? ちょっと早すぎない?」

「あらあらあらぁ、こんなに早く尿意の限界がくるなんてぇ、もしかしたら血液の中の糖分が多くなってるのかもしれないわねぇ……今から病気かどうか診察してみるからぁ、少しだけお小水を木の器に出して私に見せて貰えるかしらぁ」

「じゃあ(こぼ)れたら大変だから馬を止めるわね、器は村で体を拭く時に使った桶くらいの大きさで足りるかしら?」

「ちっが~~~~~う、そんな大量に出ない! って、そうじゃなくて! 通信の魔術がどんなものか分からないから試してみただけよ!」

「アリフィアったら、いっぱい出るからって別に恥ずかしがらなくてもいいのに」

「うんうん、健康な証拠よぉ」

「もう! いい加減にしてよイリーナちゃん!」


 普段ならばイリーナに揶揄われても軽く流していたアリフィアだったが、何故か今日は何時になく強い口調で怒り出した。


「どうしてこんな時に冗談ばかり言えるのよ! 今この瞬間にもお母さんや街の人が! イリーナちゃんのお母さん達だって酷い目にあってるかもしれないのに!」


 アリフィアは手綱を強く握りしめ、泣きそうになるのを必死に我慢しながら叫んだ。

 その訴えに対し、イリーナは大きく溜め息をつき答えた。


「だからこそよ……」

「えっ?」

「アリフィア、あなた自分が今どんな顔色や表情をしてるか分かってる?」

「…………」

「先を急ぎたいのは分かるわよ、私だって早く帰りたいのは同じだもの……でも、一生懸命走ってくれてるこの子達に掛けた強化魔術はこれ以上強力にはできないのは分かるわよね?」

「う……うん……」

「手指の魔術を全力で使えば幾らでも強化は出来るけど、それだとこの子達の身体能力が追い付かなくて命を落としてしまうもの……」


 身体強化の魔術は無限に強くなれるような便利な魔術ではない。

 魔術を使う者によって強化の振れ幅は違うものの、基本的には元からある筋肉や神経の持つ力を最大限発揮できるようにしているに過ぎず、魔術を掛けられる者の事を考えない無謀な負荷の増大は、ただ単に寿命を削るだけの愚行である。


「街に到着するまでの時間は変えられないんだから、今アリフィアがやるべき事はイライラしたり焦ったりする事じゃなくて、しっかりと休んで体調を万全に整える事なんじゃないの?」

「う……うん……」

「それに、もしかしたら街に着く前に幾つかの憲兵隊に追いつく可能性だってあるんだから、そんな時に体力的にも精神的にも限界でフラフラになってたら戦うことすらできないで負けちゃうわよ、それなのにどうして」

「イリーナちゃん、そこまでにしましょうねぇ」


 イリーナがアリフィアを説き伏せるように話している途中だったが、それを遮るようにローラが声を掛けた。


「アリフィアちゃんが精神的に追い詰められてる自分に気付かなっかみたいにぃ、イリーナちゃんも自分が追い詰められてるって事に気づいてるぅ?」

「わ、私は別に」

「アリフィアちゃんへの話し方がいつもより強くなってるのはぁ、心の中で苛立たしさが大きくなってる証拠よぉ」

「…………」

「睡眠時間を削るのってぇ、健康には良くない事だらけなんだからぁ、今はゆっくりオネムしましょうねぇ」

「ね、寝るって、何を言ってるんですか」

「大丈夫よぉ、私が先頭を走ってイリーナちゃん達の馬を誘導するからぁ、今はな~んにも考えないでぇ、ゆ~っくりゆ~っくり……ね」


 その言葉の次にイリーナ達の耳に流れてきたのはローラの歌であった。

 癒しの魔術を掛けながら歌うローラの声は心地よく、イリーナとアリフィアの両名は僅かな時間も抗えずに深い眠りに落ちていく。


「おやすみなさい……イリーナちゃん、アリフィアちゃん……」


 その後はローラを先頭に疾走を続けるが、手指魔術で作った壁には風よけの他に意外な効果があったようだ。

 森に住む凶暴な獣が何度となく彼女達の前に現れたが、その全てが見えない壁に弾かれ、原型を失い息絶えていく。

 考えてみれば当然の事なのだが、イリーナの手指魔術で作られた、破壊するのが不可能とも思える強固な壁が超高速でぶつかってくるのだ……現代の物で例えるなら、高速道路を疾走するトラックに体当たりをする野生動物と言った感じであろうか……。

 ある程度の大きさを誇る獣でさえ勝負にすらならず、一方的に弾き飛ばされ潰されるだけであった。

 

(獣は少し怖かったけどぉ、これなら大丈夫ねぇ)


 もしも獣に進路を塞がれたら……。

 ローラはイリーナ達に頼らず自分だけで戦おうと覚悟を決めていたが、どうやらその必要はなさそうだ。

 その後もローラはイリーナ達を起こす事なく先を急いだ。


「ふわぁあぁぁあああ……よく寝た~……」

「あららぁ、おはようイリーナちゃん」

「おはようございますローラさん……って、今どのあたりを走ってるんです?」

「そうねぇ、もうすぐ次の村に着く辺りかしらぁ」

「えっ? そんなに進んでるんですか?……あれから半日近く寝てたなんて……ごめんなさい! ローラさんにばかり負担を掛けて」

「ううん、それだけ疲れてたのよぉ、それに私はぁ、イリーナちゃん達の体調を守る為に付いてきたんだからぁ」

 

 ローラは笑って答えているが、その身に疲労が溜まっていない訳がない。

 街までの行程はあと四日ほど残っているのだから、今のようにローラにだけ負担を強いるのはどう考えても無理ある。


「アイフィア起きてる? もうすぐ次の村に到着するから準備して」

「ん~……あと五分だけ……」

「いいから早く起きなさい!」


 一つ目の村を出発する時に、それまでに気付いた問題点を解決する方法を色々と考え尽くした筈だった。

 しかし時間の経過と共に思いもしなかった問題が次々と浮かび上がってくる。

 イリーナは次の村から先の予定と問題点をアリフィア達と話し合う事にした。


「まずは睡眠だけど、私とアリフィアだけじゃなく、ローラさんもしっかり休まないと体を壊しちゃうから、順番に睡眠時間を取るようにしましょ」

「そんな大きな問題もなかったしぃ、私は大丈夫なのにぃ」

「そんなのは駄目ですよ!」

 

 先ほどローラだけが起きていた時の話を聞けば、危険視していた獣は空気の壁により問題にすらならなかったと言う。

 ならば尚のこと、常時全員が起きている必要性は無いのではないか?

 今後は一時間毎に交代で先頭を走る案をイリーナは推してきた。


「確かにそれだとローラさんも休めるし、いい案だと思うわ」


 イリーナの考えにアリフィアが賛成する。


「ただ、一つだけ不満を言ってもいい?」

「なに? どうしたのよアリフィア」

「イリーナちゃんの魔術で落ちる心配はないんだけど、馬の上でうつ伏せの体勢で寝るのって……何て言うか、体がバキバキに痛くならない?」

「あぁ、それは私も思った」

「でしょでしょ~、それをどうにか出来ないかな~って」


 イリーナは少しだけ考えた後に手指の魔術を発動させた。


「アリフィア、ローラさん……両手を離しても落ちないから、うつ伏せでも仰向けでもいいので体を思いきり倒してもらえる?」


 言葉の意味はよく分からなかったが、アリフィアは仰向けに、そしてローラはうつ伏せに体を倒してみる。

 すると言葉では表現の仕様がない柔らかさが体を包み込んできた。

 イリーナは周りにある空気を固定し、寝心地の良い緩衝材を作ったようだ。


「ふわあぁあぁあ~、イリーナちゃん何なのこれ?」

「ふふ~ん、触れた者をダメにする魅惑のクッションよ!」

「ダメにって、体に悪影響でもあるの?……って、意識が……ローラさん……大丈夫です……か」

「…………」

「ふふふっ、やっぱりローラさんも疲れてたみたいね、すぐに寝ちゃったもの……さぁ、短い時間だけど、アリフィアも次の村に着くまで寝てていいわよ」

「…………」


 その後、村に到着するまでローラ達は熟睡し、目を覚ます事はなかった。


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