表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/68

第四話   この世界が出来るまで

 涼しい風が心地よいと感じられる、そんなとある日の朝、イリーナは母親と一緒に教会へと向かうために街を歩いていた。

 教会は街の中心部に建っており、住人達の心の拠り所となっている。

 もちろん教会と言っても地球でよく見かける神様や仏様を祀っているいる訳ではなく、祭壇にはこの世界の魔族が崇める『魔王様』の像が飾られていた。

 住人たちは一週間に一度訪れる『休息の日』には教会に集まり、司祭様から世界の成り立ちや魔王の功績などを聞く慣習となっている。

 またこの街には学校と言った機関がなく、基本的な文字や言葉は親が教える事になっているのだが、親だけでは教える事の出来ない算術や魔術のような専門的な知識を教える事も教会の大きな役割の一つだった。


 イリーナが生まれ育った街は二万人ほどの魔物が暮らしており、街としては小規模な方なのかもしれない。

 四方には大きな森があり、そこに住む危険な獣が入ってこられぬように頑丈な柵で囲まれている。

 その中では農作物を育てている者や狩で獣を捉える者、鍛冶で剣などの武器を作る者や食器などの日常品を作る者など、それぞれ得意な事を生業とし平和な日々を送っていた。

 この世界にある物のすべてが前世では見た事のない未知の存在だと言う訳ではなく、中にはイリーナがよく目にしていたカレンダーのような物や、一日の時間を計る時計のような物も存在している。

 世界は違っていても作物を育てる文化がある限り、種を植える時期や収穫の時期を決めるためのこよみや、規則正しい生活を送るための時間の概念は必要不可欠な事なのであろう。


 前世のイリーナならば『魔界』とはどんな所か? と質問をされたら、真っ黒な空が広がる世界に険しい山が連なり、人間が吸うと一瞬で血を吐くような恐ろしい瘴気が漂い、醜い姿の魔物があちらこちらで人間を襲っている……そう答えていただろう。

 しかし実際の魔界はと言えば、生き物や植物の姿形は違うものの、人間の街とさほど変わりはなかった。

 もちろん喧嘩などの争い事や犯罪なども無い訳ではないが、それは人間の世界でもある事であり『魔界だから』と言った特別な事ではなかった。


 今ではすっかり慣れてしまったが、イリーナが初めて母親に背負われて外出した時の衝撃は凄かった。

 地球でも国によっては髪の色や肌の色が違うのが当たり前なのだが、こちらの世界ではそれらが更に多種多様なものとなっていたからだ。

 肌の色は淡い青色や褐色だけではなく、淡い紅色や薄紫、中には金色に輝く肌を持つ者も居た。

 髪の色も紺色や銀色や緑色、ピンクに水色に黄色と実に華やかで、前世にある物で分かりやすく例えるなら、裕福な子供が買ってもらいクラスメイトに自慢をしていた『百色入りの色鉛筆』を眺めているような気分になったものだ。


 屋台で軽く買い物を済ませた二人が教会の中に入ると、そこには既に多くの魔物たちが座っており司祭様が訪れるのを待っていた。


「あっ! ママ、ここが空いてるよ」


 空席を見つけ椅子に腰を下ろしたイリーナは、隣に同じ年齢くらいの少女が座っている事に気が付いた。

 フードを目深に被り顔はよく見えなかったが、人見知りをしないイリーナは直ぐに声をかけてみた。


「こんにちは、私はイリーナって言うの、よろしくね」

「…………」

「こんにちは~! イリーナ・カレリナで~す!」

「…………」


 元気よく話しかけてみたが、少女はうつむいたまま一言も話さなかった。

 イリーナはその様子から前世での自分の姿を思い出していた。


(もしかして……この子は前世の私と同じで耳が聞こえていないのかも……)


 聞こえないまま集会などに出席する事の悲しさは身に染みて分かっている。

 周りの誰とも話せず、何を楽しそうにしているのかも分からない孤独はとても辛いものだ。


(どうしよう……手の平に文字を書いてお話するのは……ダメ、よね……私ぐらいの年齢だと文字をスラスラと読めない子の方が多いと思うし)


 あれこれと考えているイリーナの耳に、ポツリとささやくような声が聞こえてきた。


「えっと……アリフィア……クラスノヴァなの……」

 

 聞き洩らしそうなか細い声だが、確かに少女は返事をしてくれた。


(よかった~、ちゃんと聞こえてたんだ……と言う事は初対面で緊張してるのかな? もしくは凄い恥ずかしがりやさんとか?)


 イリーナは緊張を和らげ、相手を怯えさせないようにと小声で話しかけるようにした。


「アリフィアちゃんも司祭様のお話を聞きにきたんでしょ?」

「……う、うん」

「今日のお話って何か知ってる? 私のおうちに『魔王様と悪い勇者達』って絵本があるんだけど、それをもっと詳しくお話してくれるんだって~、楽しみよね~」

「……やっぱり……イリーナちゃんも魔王様が正しいって……そう思ってるの?」


 イリーナにしか聞こえないくらいの小さな声だったが、この世界の住人にしては違和感のある質問に思えた。

 前世では『魔王』のイメージと言えば小説などで描かれている『悪の権化』一択だったが、この世界に生まれ変わり魔物の優しさを身をもって体験しているイリーナには、どう想像しても『魔王』と『悪者』のイメージが繋がらなかった。

 なので魔王に対しては正しいとか間違っている等の感情よりも、どんな偉大な功績を残して英雄視されているのかと言った、絵本では省略されているエピソードの方に興味があった。


 アリフィアの問いにどう答えようかと考えていると、祭壇に一人の男性が歩み寄ってきた。

 尖った耳が特徴のエルフのように見えるが、どうやらこの男性が司祭様のようだ。


「今日は小さなお子様が大勢来られているようですので、魔王様がお守りになられたこの世界の成り立ちをお話し致しましょう」


 司祭様の話はとても興味深く面白いものだった。


 はるか昔、魔族の住む世界と人族の住む世界は決して交わる事無く、お互いの存在さえも知らないまま、魔族は平和な日々を送っていたと言う。

 その二つの世界が三千年ほど前に未曽有の天変地異に襲われる事となる。

 大地震による地割れや大雨による洪水、高波による被害も凄まじかったが、それ以上に被害を拡大させたのが数か所に出現した『空間の亀裂』だった。


 亀裂の中に歪みながら見える未知の空間、未知の大地、未知の生物……。

 怯える魔物達をあざ笑うかのように亀裂は次第に大きくなり、魔族が暮らしていた平和な世界の半分を奪い……そこに住む者達すべての命を消し去り……そして新しい大地と入れ替わった。


 最愛なる親族を失い……友を失い……。

 土地を失い……家を失い……。

 悲しみに打ち震えている魔族を襲った更なる悲劇……それが人族による蛮行だったと言う……。


 人族の世界からは境界線を越え、次々と武装をした兵士が魔族の世界へと押し寄せて来た。

 もとより人族には異形の者と共存をする等と言った考えは無かったのだろう。

 失った領地を元々あった広さに戻す為……交わった魔族の土地でさえ、人族の所有物に決まっているのだから取り返すのが当然の事なのだと……。

 そんな身勝手な考えを『正義』と名乗り、虐殺の限りを尽くした。


(うわ~……絵本だと困ってる魔物達の前に魔王様がさっそうと現れて 『きゃ~! 格好いい~!』って所から始まるけど、その前の出来事って想像してた以上に残酷なのね……でも前世の童話なんかでも、原作は凄く残酷だったみたいだし……それにしても架空の物語とは言え人間の設定が酷いわね)


 人間として生活していた記憶があるイリーナは心の中で司祭様にツッコミを入れていた。

 しかし前世では魔王が出てくる物語では必ずと言っていいほど、魔物は恐ろしく残酷で、人間を殺戮し勇者に退治される、そんな設定にされているのでイリーナは『お互い様か……』と苦笑していた。

 その時ふと隣を見るとアリフィアが体を竦めて震えている。

 怪談話を聞いた子供が存在しないお化けを恐れるのと同じなのだろう。

 残虐な人間の話を聞き、自分もいつか襲われてしまうのではないかと言った恐怖心が芽生えてしまったのかもしれない。

 イリーナはアリフィアの手をそっと握り、安心させる為に優しい言葉でささやいた。


「アリフィアちゃん、この街には怖い人間なんて居ないよ、それにもし居たとしても私が『あっちに行け~!』ってやっつけてあげるから大丈夫だよ」


 その言葉にアリフィアはうつむいたまま強く手を握り返してきた。

 

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ