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第四十五話 決定的な力の差を示す

 アリフィアの攻撃で負傷した者が医務室へと運ばれ、広場にはイリーナとミーリャの二人が残されている。

 そこにたった一人教官の存在が加わっただけで、場の空気は例えようのない重圧に支配されてしまった。

 先ほどまで鳴り響いていた歓声や怒号は聞こえず、ミーリャの戦いを見守る者たちの息遣いや鼓動までもが聞こえそうなほど静まり返っている。


「お前がどれほど強いか知らねぇが、私は絶対に負ける訳にはいかないんだよ!」


 ミーリャは気合を込め普段よりも魔力量を高めようとしている。

 対峙しているイリーナは彼女との戦いをどう進めるのが良いか思案していた。

 この先敵対すると言った考えが思い浮かばなくなるくらいの実力差を見せつけ、尚且つこの戦いを通して力量を見極めようとしている教官にも、自分は魔王と同様の絶対的な存在なのだと認めさせるにはどうすればいいのか。

 ローラのように戦いが始まる前に止めてしまっては、また疑問を持つ者が残ってしまい意味がない。

 もちろん戦いに勝つ事は大前提なのだが、仮に長引いたり苦戦するような態度を見せれば『ただ強い』だけで『絶対的な存在』とまでは思われない。

 ならば答えは一つ。

 どんな魔族にも……たとえ教官クラスの魔族であっても不可能な光景を見せつければいいのだ。


「準備はいいかしら? 遠慮せずに掛かってきなさい」


 イリーナは手を後ろに組んだまま広場の中央に佇んだ。

 何も仕掛けてこないイリーナに対し、ミーリャは得意な火属性の魔術で攻撃を開始する。

 

「手加減は一切しねぇ! この一撃でお前を焼き尽くす!」


 詠唱を終えたミーリャの手元に巨大な火球が現れ、距離を置いて見ているローラ達にも影響を及ぼすほどの火力で周囲を熱していった。


「こんなに熱いのにイリーナちゃんは大丈夫なのぉ?」

「大丈夫、問題ないですよ! イリーナちゃんを信じてください!」


 村に居た頃よりも確実に威力を増した魔術を放つミーリャにローラは不安を感じていた。

 高温で空気が揺らめき見る者すべての視界を歪ませる。

 離れている者でさえ苦悶の表情を浮かべる中、イリーナは微動だにせず平然と立っている。


【私のまわりの空気を冷やせ】


 イリーナは誰にも悟られぬよう、後ろ手のまま指文字だけで魔術を発動していた。

 涼しげな表情で微笑むイリーナの様子に驚きながらも、ミーリャの魔術は更に強大なものへと変貌を遂げる。

 熱せられた空気が上昇気流を生み、炎は竜の形となりミーリャを中心に吹き荒れる。


「これで終わりだ! 死んでも恨むなよ!」


 空高く舞い上がった火竜はイリーナを目掛け一気に駆け下りてくる。

 

【氷の壁を作り火竜を退けろ】


 巨大な炎の竜が口を開け、その牙でイリーナを食らい尽くす。

 極度の熱は触れる物全てを燃やし尽くし、地表を溶岩と化してしまった。

 生きている者はおろか形ある物でさえ存在を許されないであろうその場所に、イリーナは平然と立っている。


「し……信じられねぇ……」


 魔術を詠唱する事もなく、その場から一歩も動かずに微笑むその姿は恐怖以外の何物でもない。

 尚もイリーナは指文字を使い魔術を発動させる。


【溶岩を冷やし元の大地に戻せ】


 指の動きは小さく分かり辛い。

 誰の目にもイリーナが何かをしているようには映らない。

 なのに彼女が微笑むだけで大地は冷え固まり、草が芽生え、何も無かったかのように元の姿を取り戻していく。


「無闇に物を壊しちゃ駄目でしょ」


 大人が子供を嗜めるように……。

 今の強大な攻撃でさえも、小さな子供の悪戯と何も変わらないのだと言いたげな……そんなイリーナの態度がミーリャの怒りを更に誘う。

 

「ふざけやがって! 私の魔術がこれだけだと思うな!」


 ミーリャは炎を槍に変え、水を刃に変え、土を弾丸に変え、様々な攻撃を繰り返してきた。

 しかしその攻撃はイリーナの指文字によってことごとく防がれる。

 避ける動作一つ取らず、魔術の詠唱で防ぐ事もせず、正面から攻撃の全てを受けているように見えるのに、イリーナには傷どころか痕跡一つ残らない……。

 攻防戦と呼んで良いのか分からない光景が見ている者の前で繰り返される。


「くそっ! 何でだ! 何で効かないんだよ!」


 本来であれば火属性であるミーリャは水や土の魔術は得意ではない筈だ。

 それをイリーナでなければ致命傷になっていたであろう威力にまで高めていたのは、養成所に来てからの努力以外に理由はないのだろう。

 教官に目を付けられ、特別に指導を受けていたのも納得できる。


「何をしているリュドミーラ! そいつは始まってからずっと後ろで手を組んだままで、一歩も動いていないんだぞ!」


 教官の苛立つ感情を受け、ミーリャは数多の攻撃魔術を繰り返すが、イリーナはそれら全てを受けきって見せた。

 そう、まるで小さな子供が本気で向かって来るのを避けもせず、優しく笑いながら受けて遊ぶ大人のように。


「じゃあ、そろそろ終わりにしましょうか?」


 イリーナが後ろで組んでいた手を外し前に突き出す。

 何をするのか分からず警戒するミーリャを他所に手指での詠唱が始まった。


【彼女の周りに酸素を集め……燐を……】


 その瞬間ミーリャが業火に包まれた。

 彼女自身が使う火の魔術など比べ物にならないほど凄まじい火柱が吹き上がる。

 火の属性を持ち、炎に耐性がある筈のミーリャが熱さに耐え切れず崩れ落ちる。


「うわあぁあぁあ!」

「やめてイリーナちゃん! ミーリャが死んじゃう!」


 火を扱う幼馴染が炎に苦しめられている……そんな想像すらしなかった光景を目の当たりにしたローラが泣き叫ぶ。


「まだだ! まだ私は負けてない! 私が強くならなかったら別の村人が! ローラが戦場に連れていかれるかもしれないんだよ!」 


 業火に身を焼かれながらミーリャが思わぬ言葉を口にする。

 驚いたイリーナが炎を消し去ると、ローラが大急ぎでミーリャの元へと駆け寄った。


「ミーリャ! しっかりしてミーリャ!」

「絶対にさせねぇ……ローラを危険な目に……あわせてたまるか……」


 ローラが泣きながら癒しの魔術を施す中、ミーリャは虚ろな瞳のまま何度も同じ言葉を呟き続けていた。


「今のリュドミーラさんの言葉はどう言う意味なんですか……」


 魔王の生まれ変わりが真実なのかどうか。

 それを見極める為に訪れていた教官は自分の教え子たちが大勢傷ついた事など気にも留めず、イリーナを見ながら満足げな笑みを浮かべている。


「笑ってないで答えて!」


 イリーナはそんな彼を睨み付け怒りの感情をぶつけた。


「ああ、簡単な話だ……リュドミーラは戦闘力が高いが精神的に弱い部分があったからな、人族との戦いではその弱さが仇となりかねない、だから一つ条件を出してやったんだ」

「条件?」

「お前が弱かったら村人から他の者を兵士として連れてくるしかない……その中にはエレオノーラとか言う幼馴染も含まれるからなって、そう言ってやったんだよ」

「そんな事を……」

「リュドミーラは止めてくれって必死に縋ったよ……だからこその条件だ! お前がここで一番であり続けたらいい! 誰にも負けない強者であり続ける限り幼馴染は招集しないってな」

「…………」

「おかげで奴は精神的にも肉体的にも強くなった! 俺の教育方法は間違っていない! いずれこの養成所で学んだ者が人族を滅ぼし、俺は出世するんだ!」

「ふざけないで!」


 高笑いをする教官を前にイリーナの怒りは頂点に達していた。


「私はまだ本当の力を出していないわよ……」


 強さの片鱗を見たと言ってもそれは教え子に対しての事。

 養成所の中では一番になれる素質があると認めてはいても、その実力はまだまだ自分の足元にも及ばないと高を括り、教官は鼻で笑っていた。


「そんなに自信があるなら私の力の全てをあなたに見せてあげるわ! さぁ、掛かってきなさい!」


 ミーリャを苦しめた教官は絶対に許す事はできない。

 イリーナは持てる力の全てをぶつけ、この男の心を折る事に迷いはなかった。


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