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第四十話  魔族と人族の平和の為

 恐らくこの世界で手指の魔術が使える唯一の存在であろう自分には魔王と同等の力がある。

 身に宿る力から逃げる事はしないと覚悟を決めたイリーナだったが、正直その力をどう活用すれば最大限の効果が得られるのかは思いつかなかった。

 どれほど強大な力があろうとも、レオニードと同じように個人で動いていたのでは組織に対する抵抗力としては限界がある。

 仮に軍隊に匹敵する戦力を保有していたとしても、闇雲に暴力で押さえつけるだけでは人の心は離れ、魔族と人族の両方を救う事など出来ない気がする。

 かと言って徒党を組み、親しい者を争いの渦中に巻き込む訳にもいかない。

 両親は勿論のこと、大切な友人であるアリフィアやローラ、恩師であるラウラや司祭様に裏切り者の烙印を押し付けてしまう選択肢などはありえない。


「どうかしたのイリーナちゃん?」

「えっ?……」


 眉間にしわを寄せ黙り込んでいるイリーナにアリフィアが声をかける。

 このまま何でもないと誤魔化しても良いものか……。

 話さないまま街へと戻ってしまえば、それはこの先助けられる可能性のある子供たちを見殺しにするのと何も変わらない。

 しかし引き返すには皆を説得するだけの理由が必要となる。

 まずは皆を安全な街へと送り返し、自分だけが単独で抜け出せるようにするのが正解なのだろうか。


「イリーナちゃん、何か悩んでるでしょ?」

「なっ……何よ急に……」

「その目の動きと動揺の仕方だと、悩んでるのはイリーナちゃん自身の力の事ね」

「…………」

「あとは額に流れてる汗の量と香りから察するに、この集落の惨状は許せない、自分の力でどうにか出来ないものか、だけど私達と一緒に居る現状で人族を助ける行為をしていいのか……ってとこね」

「アリフィアちゃんすごぉい! そんな事まで分かっちゃうのぉ?」


 イリーナ限定で発動する力かもしれないが、もはや超能力と呼んでよいレベルの洞察力にローラは感動の声を上げた。


「舐めて汗の味が分ればもっと詳しく分析出来るんだけど、やってみていい?」

「……それはちょっとぉ」


 満面の笑顔で自慢をするアリフィアの言葉にローラは少し引き気味だった。


「え~……アリフィアさんの言動はひとまず置いといて……イリーナさん、悩んでいる事があれば私や司祭様がいくらでも相談にのりますから、だから話してもらえませんか?」


 ラウラの言葉に甘えて話してしまいたい気持ちが大きくなるが、それでもなお戸惑いの気持ちは消え去らない。

 暫く沈黙が続くが、アリフィアが我慢しきれない様子で捲し立てた。


「もう! 人族の事で私達に迷惑が掛かるとか色々考えてるんでしょうけど、バカにしないで欲しいわ!」

「別にバカになんて」

「私が何年イリーナちゃんの幼馴染をして、なめ回すような視線で全身を隈なく見てきたと思ってるの! イリーナちゃんの考えなんて全部お見通しなんだから」

「…………」

「まずはちゃんとお話ししないと少しも前に進まないでしょ? 考えてる事を全部話して、みんなで意見を出し合って、全てはそこからでしょ」

「若干問題発言もあったようですけど、アリフィアさんの言う通りだと思いますよ」

「最悪な結末を想像してるのかも知れないけど、イリーナちゃんが正しかったら全力で応援するし、逆に間違ってると思ったら全力で阻止するために縛りあげて監禁してお仕置きして……うふ、うふふふ」

「ん~……問題発言だらけだった気がしますけど今は聞き流して、とにかくイリーナさんは今後何をしたいと考えているのか、そしてそれを行えばどんな問題が起きると危惧しているのか、私達に話してもらえますか?」


 この場の空気を和ませるため、あえてアリフィアが冗談交じりの言葉を発したとは思えないが、イリーナの心は若干軽くなったようだ。


「私は……使える力を隠さず、魔王様の生まれ変わりであると認めてもらい、みんなを……魔族だけでなく人族の弱者も救いたいんです!」


 一度崩れ始めた堰からは次々と水が流れ出して行くように、イリーナは抱え込んでいる悩みや不安を語りだした。

 レオニードに会い、魔族だけに限らず人族の弱者も大勢苦しめられているのだと知った事を。

 それを阻止しようと一人で抗っている彼の手助けをしたい事を。

 今現在も各地で行われてる愉悦の為だけの蛮行をどうすれば止められるのか。

 敵であれば何をしても許されるのだと、そんな卑怯な洗脳をしているのは誰なのか。

 戦場に居る兵士を倒すだけでは収まらない殺戮はどうすれば終焉を迎えられるのか。

 人族と魔族のどの組織を、誰を、何を抑えれば家族に迷惑を掛ける事無く平和が訪れるのか。


「魔族も人族も関係ない!……子供たちが殺される世界なんて無くしたいのに、なのに私にはその方法が分からないんですよ!」

「落ち着いてイリーナちゃん……よく話せましたね、えらいえらい」


 話し終えたイリーナは何も出来ない不甲斐なさから大粒の涙を流して咽び泣いた。

 ローラはそんなイリーナを抱き寄せ、癒しの魔術を掛けながら頭を撫でるのだった。

 その様子を見ながらラウラが語り始める。


「恥ずかしい話ですが、私は子供たちに魔王様や人族との争いの歴史を教えておきながら知らない事がいっぱいあったようですね……土地を取り戻す為にどのような戦いを人族としてきたか、それだけを見聞きして全てを理解したと思い違いをしていました……蛮行は人族だけが行っていると知らされていたのに、まさか魔族がこんな行為を楽しんでいたとは……」


 ラウラが知らないのも無理はない。

 何か有事があった時に指揮をする者が真っ先に行うこと、それは情報操作なのだから。

 手駒には扱いやすい情報だけを与えればいい、真実は一部の者だけが所有していればいい。

 おそらく中央都市の、それも上位の者にしか魔族の闇の部分は知らされずにもみ消されていたのであろう。


「先ほどイリーナさんは司祭様にこの集落で起きた殺戮が魔王様の教えなのかと聞きましたよね? 私は絶対に違うと思います」

「私もそう思います」


 ラウラに続き司祭様も魔族の蛮行を否定し始めた。


「魔王様の力は、争う事も抗う事も出来なかった弱き魔族を救う為のものなのです……弱き魔族に向けられた刃には容赦なく対抗し排除しましたが、襲ってくる事も出来ない人族の弱者を追い詰め、いたぶるような……そんな力では決して無かった筈です」


 ラウラと司祭様は今まで疑う事すら無く教えていた経典の内容が、実は卑怯な者の手により都合よく歪曲されているのかもと懸念を抱く。

 本来の正しい魔王様の教えを伝え魔族に真の平和をもたらす為、ラウラと司祭様はイリーナの願いに協力しようと考えた。


「ラウラ先生……私はどうしたらいいんですか」

「そうですね、まずは」


 巨大な組織が持つ地位や権力と言った力は、ある意味武力よりも厄介なものかもしれない。

 暴力による統制のような恐怖や反感もなく、気付かれず静かに大勢の支配ができてしまうのだから。

 悪い行いをしても、それを悪とは認識させない『常識』と言う名の洗脳。

 その常識から外れる者には容赦なく断罪を下し、排除する事に異論を感じさせない精神支配。

 権力に真正面からぶつかれば家族に害が及ぶのは明白である。

 当たり前だと信じてる者に、それが本当は当たり前などではなく異常な事なんだと認識させるには、より強力な思考の上書き……つまり信仰心が一番有効だと思える。

 魔王の言葉ならば何よりも正しいと無条件で信じてしまえる、そんな信仰心が……。

 

 一気に多くの事を解決出来ない以上、まずは中央都市への経路に近い魔族の村を全て救いながら移動する事にする。

 圧倒的な力で人族の兵士を退け、奇跡に近い力で村人の怪我を治し。

 中央都市の目には人族討伐に役立つ有能な駒だと匂わせ、煽てながら利用するのが一番の得策なのだと思わせながら、人々の心に魔王の再来と崇拝、憧れと尊敬の念を今まで以上に深く浸透させていけばいいのだ。

 

「村でイリーナさんは信仰する人の念の強さを知り、信仰する人の心に恐怖を抱き避けてしまいましたが、今度はそこに自ら身を投じなければなりません……その覚悟はありますか?」

「はい、それが魔族と人族の弱者の為なら」


 覚悟を決めたイリーナの目にはもう迷いの色はなかった。


「私はぁ、イリーナちゃんが辛くなった時に癒してあげますぅ」

「はいはいは~い! 私も私も私も~!」


 『人族を倒し土地を奪い返す戦い』から『人族との争いそのものを無くす戦い』へ。

 『魔族を救う挑戦』から『魔族と人族の両方の弱者を救う挑戦』へ。

 新たな終着地点を見出したイリーナ達は集落を後にし、再び中央都市へと向けて歩みだした。


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