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第三十話  三人の前に現れた勇者

「イリーナちゃん、目の前に居る二人を倒すから結界を解いて」


 怒りが限界に来ていたのであろう、氷壁が消えた途端にアリフィアが動き出した。

 しかしその動きはローラは勿論の事、鍛えられた兵士である人族の目にも映らないほど早く、相手は切られた事すら気付かぬまま手足を失い、地面に転がり悲鳴をあげる。


 この人族が自分達にしようと考えていた事を想像するだけで吐き気がする。

 もし自分ではなく、戦う力の無い魔族の女性が狙われていたらと思うと殺意が増していく。

 アリフィアは転がる人族に冷たい視線を向け、トドメを刺そうと剣を振り上げた。


「ちょっと待ってアリフィア! 他に何人の人族が居るのか、情報を聞き出すのが先よ」

「それもそうね、さぁ知ってる事を全部話しなさい!」


 アリフィアは人族の喉元に剣を突き付けた。

 プライドの高い兵士ならば口を割らせるのは難しいが、弱者だけを襲ってきた卑怯者は心が折れるのも早い。

 人族は助かりたい一心で仲間を売る情報を話した。


「そんな……村の中にもう三百人以上の人族が紛れ込んでるなんて……イリーナちゃんどうしたらいいの!」

「ローラさんが感じていた嫌な予感はこれだったのね」

「早く何とかしないと村のみんなが殺されちゃう!」

「分かってるわよ(どうすればいいの……考えろ考えろ考えろ!)」


 イリーナは必死に考えていたが、以前に街が獣に襲われた時とは状況が異なりすぎる。

 獣は群れで行動していた為にまとめて退治する事が出来たが、今回の人族は群れでは動いていない。

 自分よりも明らかに弱い魔族を相手にする為に、隊を成さなくても簡単に嬲り殺せると思っていたのであろう。

 少人数で行動をしている事が恨めしい。


 村を囲むように氷の結界を張ったとしても、すでに侵入されている今となっては意味がない。

 家を個々に結界で囲むとしても正確な位置などの情報が足りず、闇雲に張ってしまうと村人を巻き込む恐れがある。


「取り敢えず村中に人族の事を知らせて、それから暗闇に潜んでる敵を見つけ出して倒すのよ!」


 まずイリーナは手指の魔術を使い、自分の声を増幅させる事で情報を伝えようと考えた。


「イリーナ・カレリナです! 村に人族の兵士が侵入しています! 今二人を退治しましたが、まだ三百人以上が潜んでいます! 戸締りを強固にして絶対に外には出ないでください! 繰り返します!……」


 警戒を呼び掛ける声が村中に響き渡る。

 次にイリーナは別の手指魔術を発動させた。


【闇の中に広がる僅かな光よ、私の上空に集まり村全体を照らし出せ】


 次の瞬間、村は朝を迎えたかのように明るくなり、物影に潜んでいる人族の姿を炙り出していった。

 目の前で繰り出される信じられないような魔術の連続に、ローラは『イリーナは魔王の生まれ変わり』なのだと確信を持つ事となる。


「やっぱり敵はバラバラに散ってる……これじゃ一気にやっつける事が出来ない……」

「イリーナちゃん、考えてたって仕方がないわ! とにかく一分でも一秒でも早く退治していけばいいのよ!」

 

 アリフィアの決断は早く、一気に人影が見える方向へと走り出してしまった。

 残されたイリーナはローラの周りに強固な氷壁を作り語り掛ける。


「ローラさんはここに居てくださいね、この壁は魔王様と同じ手指の魔術で作っていますから、どんな魔術を使っても……どんな剣術で攻撃しても絶対に壊れません……だから安心してください」


 ローラを安心させる為に、イリーナは魔王と同じ魔術が使える事を正直に話し、その後は焦る気持ちを抑えつつ悲鳴の聞こえる方向へと走り出した。


 二人の攻撃は凄まじく、対峙した人族は声をあげる間もなく一瞬にして切り刻まれ、焼かれ、命を落としていった。

 それでも圧倒的な数の差がイリーナ達を苦しめる。

 どれほど強大な力を持っていたとしても、二人で守れる範囲には限界がある。


 同時に複数の方向から聞こえてくる悲鳴……。

 間に合わず、無残な姿で横たわる村人……。

 心が折れそうになるが、今は悲しんでいる暇はない。

 一人でも多く……一分でも早く……二人はその事だけを考えていた。


 戦闘が始まってから数十分が経った頃、イリーナはある違和感を感じていた。


(この人族の切り口は絶対にアリフィアの剣じゃない……それに打撲の跡や魔術での攻撃跡もあるし、アリフィアが攻撃したとは思えない……)


 横たわる遺体にアリフィア以外の者が攻撃をした痕跡を見つけていた。

 しかし、この村には攻撃魔術を使える者は居ない筈である。


(いったい誰が……ううん、今はそんな事を考えてる場合じゃないわ、他の場所へ急がないと)


 イリーナは振り返ると、再び人族の兵士が居る場所へと突入していった。


 そしてどれほどの時間が流れたのだろうか……

 人族は確実に数を減らし、残り十人ほどになっていた。

 このままでは全滅は免れないと考えた人族は、生き延びるための手段として魔族の子供を人質に取る行動に出た。

 生きて村を離れる事さえ出来れば、あとは国を捨てて逃げてしまえば生き延びる事は可能であると、そう考えての事だった。

 人族の一人が小さな子供の喉元に剣を突き付け、イリーナ達に向かって叫ぶ。


「そこの二人! 何かしやがったら子供の命は無いと思え! 俺達が村から出るまでそこを動くんじゃねぇぞ!」


 イリーナ達は人族に気付かれないように、小さな声で話し合っていた。

 アリフィアの早い動きならば、人族が子供に剣を振り下ろす前に切り倒す事は可能である。

 だが十人が一斉に行動に出たとしたら、子供に被害が出ないとは言い切れない。


 しかし手指の魔術なら十人全員を、反撃もさせないくらい瞬時に倒す事が出来る。

 子供の泣き声が響く中、イリーナは攻撃のイメージを思い浮かべていたが、その時どこからか聞きなれない男性の声が響いた。


「貴様ら! 絶対に許さんぞ!」

 

 突如現れた男は、他の兵士よりも大柄な人族だった。

 そして理由は分からないが、なぜか腕の中に、傷だらけの魔族の子供を抱いたまま兵士を睨みつけている。


「その子を離しなさい!」


 不意を突かれたアリフィアが慌てて剣を構える。

 イリーナはその前に立ちはだかるようにして男を睨みつけた。


「あなたがその子を傷つけたのね!」

「……君の知り合いなのか」


 イリーナは男に対して攻撃の意思を見せていたが、男は抵抗する素振りも見せずに羽織っていたマントを地面に敷き、その上に傷付いた子供を優しく寝かせた。

 その行動は慈愛に満ちており、この男が子供に手を掛けたとは思えない。

 イリーナ達には男の目的は分からなかったが、なぜかその眼には一筋の涙が流れていた。

 

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