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第二十話  真実を求めて街を出る

「イリーナさんは何も間違ってはいませんよ……イリーナさんは魔王様の教えを守り、弱き者を救う為に力を使っただけなんですから」


 三人の使者に対する怒りを抑えられず、殺めてもよいと考えてしまった事を恐れるイリーナを、ラウラは優しく抱きしめていた。

 暫くして落ち着きを取り戻したイリーナは、アリフィアの姿が見えない事に気付き辺りを見渡した。


「アリフィアは! アリフィアは無事なんですか!」

「心配しなくても大丈夫ですよ、アリフィアさんは気を失っていただけですので、今は教会へ運ばれて眠っています」

「そうなんですか……良かった」


 安心して気が緩んだのか、イリーナの目は涙で潤んでいた。

 そんな様子をラウラは暖かく見つめていたが、暫くすると困惑した表情になり話を始めた。


「これからイリーナさんとアリフィアさんには大変な事が起きると思いますので、少しだけ覚悟を決めなければいけませんね」

「大変な事って……あの三人の使者を殺めそうになった事への罰ですか?……私はどんな処罰を……」

「いいえ、あの者達は教会で治癒の魔術を受けて回復し始めていますし、その事に関しては何のお咎めも無いと思いますよ」


 ラウラの考えはこうであった。

 使者の三人は全員が中央都市では名の知れた者であり、それなりにプライドも高かった。

 魔術と体術をたくみに操り、幾多の戦いの中で何百人と人族を倒してきた経歴を持ち、後の戦力を育てる為に尽くした実績が認められている。

 それほど優れた者が辺境の地に住むたった一人の少女に戦いを挑み、その結果成す術もなく、無様なほど一方的にやられてしまったのだとは口が裂けても言えない筈である。

 それ故に自分達のプライドを守る為に報告書には何も書かないと思われる。


「じゃあ、大変な事って何なんですか?」

「それはあなた達二人の実力が街中に知れ渡ってしまった事です……」


 今までイリーナは、文字の魔術も手指の魔術も決してアリフィア以外の前では使わずその存在自体を隠してきたが、今回の事件で街の者全員がその凄まじい威力を目にする事となってしまった。

 言葉を使わない伝説の魔術……それを操るイリーナの姿に誰もが魔王の再来を感じたに違いない。


 アリフィアにしても同様である。

 魔族では決して習得する事が不可能な体術を駆使し、単身で獣に挑み退治していったその姿は、街の者の目には魔王と同等の力を持つ英雄と映ったであろう。

 

 その事実はどんなに否定したとしても、魔王を崇拝する者から信仰の対象として見られる事は避けられない。

 信仰心と言うのは強く心の中に根付き、噂以上に広まるのが早い。

 それ故にイリーナ達の力が魔界全土に伝わるのは時間の問題だと思われる。

 

 多くの魔族から信頼を得られる力ならば、是非とも我が物にしたいと考える権力者は多い。

 それは中央都市に限った事ではなく、どの街の領主でも同じではないだろうか。

 

 今後は中央都市だけではなく、あらゆる場所から先を争うように使者がこの街へと流れ込んでくるだろう。

 そして今回のように、どんな手段を使ってでもイリーナ達を手に入れたいと考える愚者が現れ、悲劇が繰り返される事が懸念される。

 

 暫く沈黙が続いた後、イリーナはある想いをラウラに伝えた。


「ラウラ先生……私、中央都市へ行って魔術の養成所へ入ろうと思うんです」


 突然の発言にラウラは驚きを隠せなかった。

 しかしイリーナの表情には決意が感じられる。


「もう私のせいでこの街に迷惑を掛けたくないんです」

「そんな……イリーナさんとアリフィアさんは教会が必ず守ってみせます、だから無理にこの街を離れなくてもいいんですよ」


 ラウラは必死に引き留めようとしたが、イリーナは静かに首を横に振った。

 教会がイリーナの味方だと言う事は十分に理解している。

 だが次に同じ事が起きた時に街全体を確実に守れるか……怪我をする者を出さずに対処出来るかと問われれば、可能性を否定する事は出来ない。

 自分が街から離れれば、少なくとも今回のような問題を一つ無くす事が出来る……イリーナはそう考えていたのだ。


 またその他にもイリーナには確かめておきたい事があった。

 もし街に訪れた使者のように大きな力を得た魔族がその力に自惚れ、自分の方から必要のない戦いを引き起こし、人族の弱者を虐殺して楽しんでいるのだとしたら……。

 魔族を救うと言った目的から外れ、他の街でも弱い魔族を傷つける愚行が行われているのだとしたら……。

 それは小さい頃に教会で話を聞いた『残虐な人族の所業』と何も変わらないではないか。


 自分に何が出来るのかは分からないけれど。

 どうするのが正しい事なのかも分からないけれど。

 何も知らないまま街で過ごす事だけは出来ないとイリーナは考えていた。


「この力を魔族の為に役立てる方法があるなら、それを知りたいんです」

「イリーナちゃんが行くなら私も行く!」


 その声にイリーナは驚いて後ろを振り返った。

 どうやらアリフィアはいつの間にか意識を取り戻し皆の話を聞いていたらしい。


「駄目よアリフィア、養成所に入って力が認められたら人族との戦いに参加する可能性が高くなるんだから」

「そんなの分かってるわよ、だからこそイリーナちゃんと一緒に戦う為には私も行かなきゃ駄目なんじゃない、それに私も中央都市には目をつけられちゃってるし、街に残ってたら迷惑を掛けちゃうもの」

「で、でも……」

「そもそも私から離れられると思ってるのが甘いわ! イリーナちゃんはもう私なしでは生きていけない体になってると言うのに、どうやら自覚がないようね、ふっふっふ……」

「ぷっ、なによそれ」


 アリフィアの明るい態度にイリーナが噴き出してしまう。

 二人はこの先の試練など微塵も感じさせない笑顔で笑いあう事ができた。


「二人の考えは分かりました……でもこれは簡単に決めていい事ではありませんので、お二人のご両親と相談をして決めましょうか」


 ラウラは後日、イリーナ達の両親を交えて話し合いの場を設けた。

 アリフィアの両親は娘が強くなって行く過程でこんな日が来る事を密かに覚悟していたようだったが、それに比べるとイリーナの父親の取り乱し方は凄かった。

 大きな街での危険性や家族と離れて暮らす事の大変さを熱弁し、戦場の恐ろしさを身振り手振りを交えて訴え、それでも駄目だと分かると、ついには泣き落としまで使い始めた。

 しかしその恥ずかしい態度がイリーナの気持ちを父親から離し、中央都市へ行く決心を更に強固なものにしてしまった。

 最後の最後まで父親は愚図っていたが、最終的にはイリーナに説得され、二週間後に出発する事が決まった。


 イリーナ達が住む街から中央都市までの道のりは遠く、かなりの日数を必要とする。

 まずは街を取り囲んでいる広大な森を抜けるだけでも五日間を要するのだが、その後は同規模の街と森をいくつも超えなければならない。

 イリーナの前世での単位を使うならば、目的地までは直線距離で約千五百キロメートルほどはあるだろう。

 魔界の者が使う馬車……と呼んで良いのかは分からないが、角の生えた大きな虎のような獣が引く台車を使っても三十日前後の長旅となる予定だった。


「そんな遠い場所に行って、娘は本当に大丈夫なんでしょうか?」


 食料など荷物の準備をしながらも、イリーナの父親は心配が尽きない。

 そんな父親にラウラが答える。


「大丈夫ですよお父様、今回は司祭様と私が同伴しますので安心してください」

「ほ、本当ですか!」

「はい」


 街で一番信用できる司祭様と、イリーナが信頼しているラウラが一緒に行くのだと知り、父親は安心した様子だった。


 …………。

 …………。

 …………。


 そして準備のための二週間はあっという間に過ぎ、出発の日の朝がやってきた。

 イリーナは父親に『恥ずかしいから絶対に泣かないで』と強く言い聞かせていたのだが、父親は我慢できずに大きな声で泣きだしていた。


「もう! 永遠の別れじゃないんだから泣かないでよパパ! 恥ずかしいでしょ」

「イリーナちゃん、しばらくは会えないんだから、そんな事言わないでハグしてあげなさいよ」

「イリーナ! 辛くなったらいつでも帰ってくるんだぞ! 生水を飲むんじゃないぞ! あとは……」

「分かったから台車から離れないと危ないわよ」


 窓から両腕を伸ばしたイリーナは父親の頭を抱きしめ、額にそっと口付けをした。


「それじゃいってきま~す!」

「イリーナ! 無理するんじゃないぞ!」

「は~い!」

「司祭様! ラウラ先生! 娘を宜しくお願いします!」


 こうして父親の泣き声が響く中、イリーナとアリフィアは大勢の街の住人に見送られながら、中央都市へ向けて旅経つのだった。

 

 

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