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第一話   未知の世界での目覚め

 (ここは……どこなの……)


 少女は自分が置かれている状況に戸惑っていた。

 そこはまるで濃い霧に覆われているかのように、全ての物が霞んで見えている。

 目の前で動いている物の影は何となく認識出来るが、黒と白以外の色は感じられなかった。

 慌てて上体を起こして周りを確認しようとしたが力が入らず、ほんの数センチ体を浮かせる事すら出来ない。

 手の先にだけ意識を集中させれば、辛うじて指を握ったり開いたりといった動作は出来ているものの、腕を自由に動かす事は出来なかった。


 (何なのよこれ……)


 少女は泣きそうになるのをグッとこらえ、可能な限り冷静に考えるよう努めた。


 (いつもお母さんが言ってたじゃない、困った時こそ焦っちゃ駄目だって……まずは深呼吸して落ち着かないと……ひっひっふ~、ひっひっふ~)


 少し動揺はしているものの、少女は周りの状況を探るために目を閉じて全身の感覚を研ぎ澄ませた。

 動く事は出来ないが、何かで縛られている圧迫感や痛みと言った不快感は無い。

 むしろ暖かい空気が漂う場所で、何か柔らかい物の上に寝かされているような心地良ささえ感じられる。


(何か今のこの状況になるような理由があった筈よね……例えばの話だけど、通り魔に襲われて拉致されたとか……でも拉致されたんだったら硬い床に放り出されてると思うから寝心地がいい訳ないし)


 その他にもあらゆる可能性を考えてみるが、これと言った決定的な答えが出てこない。


(まずは縛られてる訳じゃないのに体が動かせない理由って何が考えられるかしらね?……街のどこかで有毒なガスが発生してて、知らない間に吸い込んじゃったって可能性は……)


 浅い知識では専門的な分析が出来る訳ではないが、考えれば考えるほど最悪な答えしか頭に浮かんでこない。


(どうしよどうしよどうしよ! そんなに危険なガスを吸っちゃったら頭がおかしくなってるかもしれないじゃない!)


 少女は焦る気持ちを抑えつつ、一つ一つ記憶を辿りながら確認していった。


(私は薬袋咲也香みない さやか、女、十六歳……うん、ちゃんと覚えてる……

 七月十五日生まれの蟹座、血液型はB型……家族はお父さんとお母さんとお姉ちゃんの四人暮らし……聴覚支援学校の高等部二年で帰宅部、得意な学科は無し、苦手な学科は全部……好きな食べ物は苺のケーキと鯛焼き……それから、え~っと……)


 他にも欠けている記憶がないか必死に思い出そうとする。


(良かった、記憶はハッキリしてる……でも、だったら今のこの状況は何なの? 私はいつも通り学校へ行こうと電車に乗ったわよね? 最寄り駅に付いてからは歩いて……)


 少女は少しずつだが自分の身に起きた事を思い出してきたようだ。


(そうだ、私はその途中で溜め池で溺れている子猫を見つけたんだ……

 周りには誰も居なかったし、呼ぶ事も出来なかったから自分で助けてあげようと降りて行って、水面近くで足を滑らせて……)


 そのあとはいくら考えても思い出す事が出来ない。

 だが、それらの記憶から少女は一つの答えを導き出した。


(もしかして私も一緒に溺れちゃったの? でも今こうして生きてるって事は、意識を失った状態で誰かに助けられて病院に運ばれたのよね?)


 とりあえず危険な場所ではないだろうと予測できた事から、少女は少しだけ心に余裕が出来た。


(でも体の自由が利かないのはどうして? 何かの本で読んだ事があるけど『低酸素脳症』とか言う難しい名前の症状なのかしら?……意識はハッキリしてるのに何も出来ないなんて最悪! せめて手だけでも動いたら手話で意思を伝える事は出来るのに……)


 現状を嘆いている少女の身に、追い打ちを掛けるように最悪な危機が襲い掛かる。


(どうしよう……体を動かせないって分かったら急にお花を摘みたくなってきちゃった……

 いつまでも我慢できる訳じゃなし、このままじゃ漏らしちゃう! やだ! やだやだやだ! お願いだから動いて! せめて尿瓶でもいいから持ってきて! 看護師さ~ん!)


 身動ぎ一つ出来ないまま焦る少女に対し、無情にもその時がやってきた。

 恥ずかしがる間もなく誰かが近づいてくる気配が感じられたが、おそらくは看護師が後処理をしに来たのだろう。


(うぇ~ん、高校生にもなってお漏らしなんて……きっとこれは夢よ、そうに違いないわ、早く眼が覚めて!)


 現実逃避をする少女の願いも虚しく、それから三週間の時間が過ぎていった。


 …………。

 …………。


 この頃になると少女の目は次第にハッキリと見えるようになってくるが、その視覚情報は少女に今いる場所が現実なのか夢なのか分からないと言った混乱を与えていた。

 病院だと思っていた場所はお世辞にも綺麗だとは言えない部屋の中であり、見える範囲にあるのは今までに見た事がない物ばかりだった。


(目の前にあるこれって何? ちっちゃな縫いぐるみ? 誰が作ったのか知らないけど、そもそも何の動物なのよ? 蝙蝠の羽が生えた蛙? 別に何でもいいけど、チラチラと目障りね)


 少女は目の前で揺れる得体の知れない物を眺めながら何とか視界の外に追いやろうとしたが、その努力が報われる事はなかった。


 しかし、そんな事よりも少女の関心を奪い思考を混乱させたのは、看護師だとばかり思っていた自分の世話をしてくれている女性の容姿だった。

 服装は歴史の教科書などで見た事がある外国の農民のように質素な物で、日本の医療関係者が着ている白衣とは程遠い物だ。

 それに少女に向けられた顔や袖口から出ている手は淡い青色をしており、どう見ても人間の肌には見えない。

 更には肩に掛かるほどの長さの紺色の髪……。

 漆黒の眼球の中に怪しく光る真紅の瞳……。

 そして振り向いた時に見えた細く尖った尻尾のような物……。

 どれをとっても日本の病院で働いている看護師だとは到底……いや、これが気合の入ったコスプレではないのだとしたら、人間だとも思えない。

 少女は現実離れした光景に夢を見ているのだと思う事で平静を保とうとしたが、いつまでたっても目が覚める気配は感じられない。

 一日一日と過ぎていく時間とともに否応なしに”これは現実なのだ”と言う事を受け入れなければならなくなる。


(ここは病院でも、ましてや日本でもない……だったら私はどこにいるの?)


 部屋には女性の他にもう一人男性が居たが、不安に震えている少女を覗き込み口角を上げるその者の容姿も凄かった。

 褐色の肌の上には女性と同じように質素な衣服を纏い、そこだけを捉えるならば人間の農夫のようにも見えるが、銀色の髪に覆われた頭からは曲がった山羊の角のような物が生え、恐らくは微笑んでいるのだとは思うが、歪んだ口元からは鋭い牙が顔を覗かせていた。


(怖い怖い怖い! あなた達は何者なのよ!)


 そこにはまるで絵本や小説に出てくるような恐ろしい魔物の姿があった。

 訳が分からず目にいっぱい涙を浮かべている少女に対し、不意に男性が腕を伸ばしてくる、

 恐怖のあまりその腕を払いのけるように暴れ、必死にもがいた時に、ふと自分の腕が視野に入り少女は愕然とする。

 そこには赤子のように小さくプクプクとした……しかも淡い青色の手があった。


(え?……これって私の手?)


 確認するように淡い青色をした手を眺め、指を握ったり開いたりしてみる。

 指先が自分の思った通りに動く事で、少女はある確信を得た。


(私は……魔物の赤ちゃんになってるの?……)

 

 輪廻転生と言う言葉を本で読んだ事はあるが、どうやらその法則は地球の生き物にだけ当てはめられた事ではなかったらしい。※天生輪廻は輪廻転生ではなく、わざと作られた言葉ですか?

 少女は地球で命を失い、そして異形の物が生きる世界で『魔物の娘』として生まれ変わってしまったようだ。

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