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第十四話  アリフィア魔術を使う

 教会で魔術を学ぶようになってから二ヶ月が過ぎ、授業の内容も順調に進んでいた。

 イリーナは前世の記憶がある為にラウラの授業も難なく理解でき、魔術に必要なイメージも正確に思い描く事が出来ているようだ。

 それ故に教えられた魔術は他の誰よりも早く習得する事が出来ている。

 だが当然の事だが、他の子供にとって授業の内容は初めて聞く知識ばかりなので、覚えるのは容易ではない。

 皆は苦労しながらも理解しようと頑張り、練習を繰り返し、日常の簡単な魔術ならば使えるようになるまで成長していた。

 一歩一歩ゆっくりと進めていく授業はイリーナには物足りない部分もあり、授業の後でこっそりとラウラに質問をしに行く事が日課のようになっていた。

 ラウラも教えた事をこれほど早く理解し覚えてくれる生徒は初めてだったので、ついつい楽しくなって先へ先へと教える内容を進めていくのだった。


 前世のイリーナは高校生活において決して成績が優秀だった訳ではないが、この街にある書物は殆どが理解できる内容ばかりで、全く理解できないような事が書かれている本は見た事がなかった。

 それは七歳の子供への指導書だけではなく、八歳以上の指導書も含め、教会にある専門的な書物に対しても言える事だった。

 

(魔王様の研究をしてるお部屋にあった専門書でも、中学の時に習った化学とか物理の教科書と同じような事しか書いてなかったし、それ以上の事を知ろうと思ったらどこへ行けばいいのかしら……新しい魔術の為に調べたい事がいっぱいあるのに……)


 この事だけでも前世の義務教育が如何に優秀な内容だったかが分かる。

 しかしそれ以上にイリーナには魔術を習得するにあたり有利な部分があった。

 写真や映像が無いこの世界では文章だけで物理現象を理解しなくてはいけないが、イリーナは前世のテレビやパソコンでそれらを映像として見ている事が多かった。

 それ故に、この世界の大人が理解できないような物理や自然現象でも、イリーナは比較的容易に理解し、魔術に生かせてしまうのだ。

 

 生徒の中でも特に優秀な成績を残すイリーナに、ラウラが一つの提案を持ちかけてきた。


「この先イリーナさんには私のお手伝いをお願いしたいと思うんですけど、構いませんか?」

「お手伝い……ですか?」

「はい、私一人ではどうしても教える時間に限界がありますので、授業以外の時間でもお友達が困ってる事などを聞いて私に教えてほしいんです」


 イリーナは自分が役に立つならばと快く返事をした。


 それから数日経ったある日、アリフィアが少し落ち込んでいる様子で溜息をついている。

 その様子を心配したイリーナが声を掛けてみた。


「アリフィアちゃんどうかしたの? 今の授業で分からない所でもあったの?」

「ううん、そうじゃなくて」


 アリフィアはいくら練習しても魔術が使えるようにならない事を話してきた。

 どうやら一番簡単だと言われている水の魔術さえ使う事が出来ずに悩んでいるらしい。


(ん~……程度の差はあるかもしれないけど、適正さえあれば人族とか魔族とか関係なく魔術は使えるってラウラ先生は言ってたわよね? いったい何がいけないのかしら?)


 イリーナは授業の内容に分かりにくい所がなかったかを考えていた。


「アリフィアちゃんはしっかりとお水のイメージを思い浮かべてるわよね?」

「うん、ラウラ先生に教えてもらった通りちゃんと空気の中にあるお水を考えてるよ」

「じゃあ空気の中のお水ってどんな形を思い浮かべてるの?」

「そ……それは……」


 説明が難しいのかアリフィアは口籠ってしまった。

 しかしその事で分かった事がある。

 アリフィアは空気の中にどれくらいの水が、どんな状態で隠れているのかを明確に思い描けていないだけなのだ。


「お水が空気中に小さな粒で浮いてるって教えられても、実際には見えてないから上手く思い描けていないんじゃないの?」

「そうかも……見えないから『本当にあるの?』って気持ちがどこかにあるのかもしれないし」


 原因が分かれば対策も立てられる。

 イリーナはまず井戸に向かい、鍋に水を汲んで部屋に戻って来た。


「アリフィアちゃん、最初はこのお水を使って魔術の練習をしましょ」


 水のイメージを掴みにくいのなら、まずは見える形の水から始めればいい、それがイリーナの考えだった。


「今お鍋の中にはお水があるって分かってるんだから、それを手の下に集めてる所を思い描いてみて」


 アリフィアは言われた通り、鍋に入ってる水が吸い上げられて手の下に集まってくる様子を思い描き、それを言葉にしてみた。


「お鍋に入ってるお水よ、私の手の下に集まって」


 考えを声にしても何も起こらない、只々静かな時間だけが過ぎていく。

 それでもアリフィアは諦めずに目を瞑り、一心不乱に水が移動している様子を思い描き続けた。

 暫くするとアリフィアの手の下に数滴だが水が現れ床に滴り落ちた。


「アリフィアちゃん! お水が! お水が出てるよ!」


 興奮するイリーナの声に驚きアリフィアは床を見た。

 そこには確かに数滴だが水で濡れた跡が出来ている。


「本当に……本当に私が魔術を使ったの?」

「うん! そのお水はアリフィアちゃんが出したのよ!」


 二人は手を握り、踊るように喜び合った。

 どんな練習にも言える事だが、一度コツを掴めばそのあとは比較的容易に出来る場合があるものだ。


「アリフィアちゃん、もう一度同じ魔術を使ってみて」

「うん!」


 アリフィアは先ほどと同じ情景を思い浮かべながら言葉を唱えた。

 すると今度はすぐに小さな水の玉が手の下に現れ、ゆっくりではあるが大きくなっている。


「アリフィアちゃん頑張れ! もう少し! もう少しだよ!」


 時間にして五分ほどは掛かってしまったが、アリフィアは鍋に入っていたのと同じくらいの量の水を出すことが出来た。


「おめでとうアリフィアちゃん! じゃあ次は見えないお水の出し方ね」


 そう言うとイリーナはまた鍋に水を汲み、今度はそれを火にかけた。


「イリーナちゃん何やってるの? 休憩用のお茶を淹れるの?」

「ううん、ちょっとだけ見ててね」


 火にかけられた鍋はグツグツと沸騰し、どんどんと水が減っていく。

 そしてついには鍋の中の水はすべて蒸発して消えてしまった。


「ねぇアリフィアちゃん、今このお部屋の空気にはお水なんて全然見えないわよね?」

「うん」

「でもお鍋でグツグツお水を蒸発させたから、このお部屋の中には少なくてもお鍋一杯分のお水があるって事でしょ?」

「あ、そうか!」

「だからお鍋一杯分だけならお水を集められるって、そう思わない?」

「うん! やってみる!」


 アリフィアは何かに気づいたように目を閉じ、思い描いた事を言葉にした。


「お鍋から蒸発して空気の中に隠れたお水よ、もう一度私の手の下に集まってお鍋を満たして」


 イリーナの話で明確なイメージを描けたのであろう。

 マリフィアの手の下に水球が現れ、ゆっくりと鍋の中へ注がれ始めた。

 満たされた鍋を嬉しそうに見つめるアリフィアに更に指示が出される。


「じゃあ最後の練習ね」

「うん」

「今度はお鍋に水を汲む事はしないけど、少しだけ別の事を考えてほしいの」

「う、うん……」

「今お鍋一杯分のお水を出したけど、空気の中にはまだお水が残ってるかもしれないでしょ?」

「残ってるって?」

「例えばラウラ先生がお昼にお茶を飲むためにお湯を沸かしてたかもしれないし、司祭様がお花にあげたお水が蒸発してるかもしれないし」

「そうか……」

「どれくらいあるのかは分からないけど、もしかしたらさっき出したお水より多く隠れてるかもしれないでしょ? だから量は分からないけど、さっきと同じように小さな粒になって隠れてるお水を集めるように思い描いてみて」 

「うん! このお部屋にはお水が隠れてる、いっぱい小さな粒で隠れてる」

「そうよ! 湿度がゼロなんてあり得ないんだから! いっぱいいっぱいお水が隠れてるのよ!」

「お部屋の空気に隠れてるお水よ、私の手の下に集まってお鍋を満たして」


 今度は詠唱が終わると同時に魔術が発動した。

 アリフィアの手の下に現れた水は下へと流れ続け、ゆっくりと鍋を満たしていく。

 それはイリーナが水の魔術を使った時とは比較にならないほど時間が掛かっていたが、それでも確実に水は増え続け、ついには鍋から溢れるほどの量になった。

 それでもまだ水が止まる気配はなく、気が付くと床一面が大きな水溜りのようになっていた。

 

「やった~! アリフィアちゃん成功よ」

「私……何もないお部屋からお水を出せたのよね?」

「うん! アリフィちゃんは魔術が使えたのよ!」

「わ~~~! 魔術が使えた~~!」


 アリフィアは水浸しになった床に寝ころび、転げ回るようにして喜んでいる。


「このお水が私が出したのよ! 空気の中から私が出したのよ!」


 アリフィアは全身水浸しになりながら歓喜の声をあげている。

 やがてずぶ濡れになったアリフィアが床に仰向けになったまま涙を流し始めた。

 イリーナは驚いてアリフィアを抱き上げる。


「どうしたのアリフィアちゃん、どこか痛くなったの?」

「ううん、私嬉しいの……イリーナちゃんと一緒に居るために強くなるって約束したのに……なのに魔術も使えなくて……悔しくて悲しくて……」

「アリフィアちゃん……」

「でも魔術が使えるようになって、これでイリーナちゃんと一緒に居られるって……そう思ったら嬉しくて」


 イリーナは優しくアリフィアを抱き寄せた。

 いつまでもずっと……。


 …………。

 …………。

 …………。


「それはそうと……」

「どうしたのイリーナちゃん」

「この水浸しの床、どうしよう……」

「…………」

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