第九話 たくさんお勉強しよう
「ラウラ先生~、おはようございま~す」
「はい、おはようございます、イリーナさんもアリフィアさんも随分と早起きなんですね」
「魔術の授業が待ち遠しくて早く来ちゃいました」
教会に通うようになって二日目、イリーナ達は他の子供達よりも早く到着していた。
「みんなが揃ったらお勉強をはじめますから、もう少しだけ待っててくださいね」
「は~い」
イリーナ達は席に着き、昨日習った魔術の事を話し合い復習をしていた。
次第に子供達が集まり始め、三十分ほどで全員が揃いラウラによる授業が始まる。
「今日も魔術についての基礎をお話していきたいと思いますけど、昨日お話した中で何か分からなかった所とかはありますか?」
ラウラの質問にイリーナが元気よく手を挙げた。
「えっと~、魔術で出したい物がある時は、それがどこに、どんな形で存在しているのかを理解するのが大切だって言うのは分かりましたけど、例えばここに居る全員が同じ知識を覚えて、同じイメージを頭に思い描けるようになったとしたら、みんなが同じ魔術を使えるようになるんですか?」
イリーナはアリフィアの母親が魔術を使えない為に悪い噂を立てられている現状を気にしていた。
アリフィア本人はまだ魔術について学んでいなかったから使えなかったのは理解できる。
しかし大人である母親が使えなかったのはどうしてなのか、その理由が知りたかった。
それが分かればアリフィアの母親も魔術が使えるようになるのではないか? そう考えていた。
「そうですね……同じ条件でお勉強をしても、同じ魔術が使えるようになるとは限りません」
ラウラの答えにイリーナの表情が少しだけ曇った。
「でも、それは使えない者が劣っているからとか、そんな理由ではありませんから安心してくださいね」
「それじゃあ使えない理由って何なんですか?」
「う~ん……例えばですけど、みなさんの前に数種類のお野菜と、何枚かの木の板が用意されたとしますね」
「……はい」
「今からこの材料を使って『お料理を一つ』と『木の貯金箱を一つ』作ってくださいって私がお願いしたとします……お料理は得意だから上手に作れたけど、工作は苦手で貯金箱は作れなかったお友達も居れば、逆に貯金箱は作れたけどお料理は作れなかったお友達も居る……それは決しておかしな事ではないんです……それぞれのお友達に得意な事や苦手な事があるのは当たり前の事なんですから、魔術も種類によっては使える使えないがあるのが当たり前なんですよ」
言われてみれば至極当然の事である。
前世の学校でも同じ授業を受けていてもテストの成績が違うのが当たり前だったし、スポーツが得意な子も居れば、物を作るのが得意な子も居た……だから魔術でも個人差があって当たり前なのだ。
アリフィアの母親が魔術を使えないのは、自分が得意な魔術を見つけられなかった……ただそれだけの事だった。
明確な理由が分かり、イリーナは少しだけ安心する事が出来た。
「じゃあ何が得意で何が苦手なのかは分かるんですか? 調べる方法とかはあるんですか?」
「う~ん、残念ですけど、それは経験を積み重ねる以外に方法はありませんね」
確かに現実世界はゲームなどの仮想世界とは違い『ステータス』と言った便利な物は存在しない。
それ故に自分がどんな可能性があるのか知らない事の方が当たり前だと思う。
絵を描く才能があって有名になれたかもしれない人でも、その才能に気付かず全く別の道に進んだ為に平凡な人生を送る事になった……スポーツに関しては天才的な才能があっても、興味を持てず別の道に進んだ……そんな例はいくらでもある筈だ。
だからこそ魔術の世界でも色々な系統の魔術を試してみて、自分にあった魔術を見つける事が一番大切なのだと思う。
「魔術を使う為にはあらゆる知識を吸収する事が重要で、尚且つ自分にあった魔術を見つける事が大切と言う所までは理解できたんですけど、あと他に……」
「イリーナさん、ちょっと待って下さいね……他のお友達は今までのお話は分かりましたか?」
「「…………」」
前世の記憶があるイリーナは学ぶ事に慣れているが、やはり七歳の子供が急に全てを理解するのは難しかったようだ。
イリーナは魔術の事を知るのが楽しくて、つい周りに合わせる事を忘れてしまい反省していた。
「大丈夫ですよ、まだまだ時間はたくさんありますからね、焦って分からないまま先に進んでしまうのが一番いけない事なんですから、一つ一つ順番に覚えていきましょうね」
「は~い」
「あとイリーナさんは分からない事や聞きたい事があった時は休み時間でも構いませんので、遠慮しないで来てくださいね」
ラウラはイリーナの理解力の凄さに感心しながらも、他の子供たちもキチンと理解出来るように気を使いながら授業を進めていった。
授業が終わり子供達が帰ったあと、イリーナはラウラの所へとやってきた。
「残ってもらってごめんなさいね、イリーナさんに少しだけ聞きたいことがあったから」
イリーナは部屋の中へと入っていき、ラウラの前に腰かけた。
「イリーナさんのお父様が申請書を出しに来られた時に、『私の娘は天才なので特別授業をお願いします』って仰ってたんだけど」
「ご、ごめんなさい! パパがお馬鹿な事言って困らせたみたいで、あのあとママと二人でしっかり叱っておきましたから」
イリーナは焦りながらラウラに謝った。
「違いますよ! 困ってるとかそんな事ではなくて、お父様の仰ってた事は本当だったんだなって……昨日今日の授業だけでも驚かされましたけど、イリーナさんの知識とか物事を理解する力って、同年代のお友達に比べると凄く優れてると思うんです」
ラウラの言葉にイリーナは戸惑いを隠せなかった。
「それにイリーナさんからは何か特別な波動を感じますしね」
「そ……そんな事はないと思いますけど……」
前世の記憶があると知られても困る訳ではないが、あまり友人達と掛け離れた扱いをされるのも好ましくはない……イリーナは誤魔化そうと言葉を濁した。
「あっ、別に変な意味で言ってる訳ではありませんよ、私が普段やっている占いで少し気になった結果が出たものですから」
「そうなんですか?……でもやっぱり私は」
「謙遜しなくてもいいんですよ、今日の授業で周りに合わせられなかった事を気にしているのかもしれませんけど、わざと前に進まないようにする必要なんてありませんからね」
「……でも」
「イリーナさんには優れた才能があるかもしれないんですから、何もしないで止まって居たら勿体ないですよ、それに私もたくさんの事を教えて、それを理解してもらえたら凄く嬉しいですから」
「ラウラ先生の魔術の知識をたくさん……ですか?」
「はい、もちろんイリーナさんが望めばですけどね」
イリーナは少し躊躇ったが、ラウラの提案は多少の悩みなど払拭してしまうくらい魅力的な事だった。
「分かりました! よろしくお願いします!」
「はい、お友達との授業が終わったあとで時間は少ないかもしれませんけど、頑張りましょうね」
「はい!」
他の子供よりも一歩前を歩いていく……。
それはまた父親の『俺の娘はやっぱり天才だ!』発言を加速させてしてしまうかもしれないが、今はそんな事よりも、魔術に関して多くの知識を得られる事の方が嬉しかった。




