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記念館  作者: 辰野ぱふ
5/5

5.




 それにしてもヘンテコな日だった。

 わけがわからず、帰り道には少し不快になってきていた。


 それから数か月が過ぎ、忘れた頃に、少し厚めの定形外封筒が届いた。

 記念館の住所とは違うけれど、送り主名は「坂田理摩」となっている。

「あら、カタカナの名前じゃないのね」と一人ごちながら里子は封を開けた。


中にはレポート用紙が入っていて、『村上梨麻』と書いてある。

その名前が記念館で会ったあの学生さんだということはすぐにわかった。

そのほかに封筒に手紙が入っていて、表には何も書かれておらず、裏には送り主と同じ『坂田理摩』と毛筆で書かれていた。

『先日は母の記念館をお訪ねくださり、ありがとうございました。』

と手紙文は始まっていた。


 『三年前、母は駅の階段を踏み外し、大腿骨を骨折して数か月の入院生活を送りました。

その入院の間に、母の記憶は妙にねじれてしまったようなのです。

 退院後、母をあの平屋に一人で住まわせることが不安でしたので、私ども夫婦、娘と三人で住んでいるマンションに連れて来ていたのですが、母は家に帰りたいと泣くようにもなり、ときどきはあの、記念館とした家に連れて行っておりました。


畳の部屋にあった私が描いた油絵ですが、あれは母が気に入っておりまして、母は私にずっと油彩をやらせたいと望んでいたようなのです。

その絵を持ち出してきて、ある日、これを描いた娘がいなくなった…と言い始めました。それが私だと説明してもどうしても納得せず、あの娘はどこに行ってしまったのだろう、と言いまして…。

耳に虫が入ってどうのこうのと、あの時お聞きになっているような、根も葉もないような作り話をまるで事実であるかのように話すようにもなりました。

それは私自身のことでしたので、私もそんなウソを言われることでイラつきまして、何度か母に怒りをぶつけ、説明しようと試みたのですが、そうするたびに母はますます自分の言い分を主張するようになり、マンションでの生活がストレスの多いものとなってしまいました。


そこに風穴を開けてくれたのが、このレポートをまとめてくれた梨麻ちゃんです。彼女は娘の小学校からのお友達なのですが、以前から『リマつながり』と言っては私にもなついてくれて。母と話すことなども楽しんでくれるような子です。

母がマンションに来てからも何度か遊びに来てくれていたのですが、この夏、急に「私、おばあちゃんのレポートをまとめます」と言ってくれました。「ちょうど宿題にもなる」とも。

それで、娘も加わって、母の暮らしていた平屋をそのいなくなったリマの記念館にしようとか。他の人がお聞きになったら、まったく馬鹿らしいお話だと思うのですが、その架空の人を実在の人に仕上げる作業に皆で没頭しまして…。

そうなると不思議なもので、合わなかった話の辻褄も気にならなくなり、私自身、別の人生を歩んだ私の分身がいるような気持になってきました。

これがまた本当におかしいのですが、母はあの記念館の館長という役柄をすんなり受け入れまして、とても気に入っております。あの場所でお昼を食べて夕方また私が迎えに行くまで、自分は仕事をしているのだと思い込んでいるようです。

皆で創作劇をやった、と言ったらいいのでしょうか。

私もそれに乗ったことで気も晴れましたし、母との関係も俯瞰して見つめられるようになった気がしております。

近所の方も息抜きに訪ねて来てくれるようになっています。


 梨麻ちゃんが、母のアルバム、母の生い立ち、そして母の創作した坂田リマについてまとめてくれたので、よろしかったらお読みください。

本当に高校の自由研究として学校に提出するのだそうです。

最近の若い人の考え方には着いていけない、と日ごろ感じておりましたが、今回は本当に助けていただきました。

もう表に看板を立てることもないと思いますが、デイサービスに行かない日にはあの場所でランチを取ることにしておりますので、よろしければまたお出かけください』


  それは里子自身の仕事とも通じることなので、里子はその文章をおもしろく読んだ。

 その数日開かれた夏の日の夢のような場所に、自分も足を踏み入れたことがなんだかうれしかった。

 梅乃の架空の記憶を現実の記憶として定着させる作業に自分も加担しよう。

 人の言葉をまとめるという作業は、その本人を信用することから始めなければならないといつも里子は思っている。

 それでも相手の記憶はどこまで本当なのか、言っていることは本当なのか、自分の経験に沿った実感が疑いを生むことがしばしばある。

 それはいつまでも確かめられない謎なのだ。

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